27話 終わらない
「……コイツ、どうするよ?」
騒がしかった狂人を打ち倒し、その場に聞こえるのは風に揺れる草木の音だけだった。そんな中で響希はピクリとも動かないシャグマの元へ行き、麗翔にそう尋ねる。
「エリクさんが来るまで待とっか」
「俺らから行かなくていいの?」
「今の僕らじゃ足手まといだし……それに二体一でもなきゃエリクさんが負ける事はないと思う。 もしもの時は僕らも逃げるしかないけど、それこそエリクさんを信じよう」
「うーい」
響希は間抜けそうな声で返事をするとその場にゆっくり座った。
そしてぽかんとしながら、なんとなく視界に入り込んできたシャグマの方へ目を向ける。その目はまるで不快なものでも見るような目だが、響希はほんの僅かに好奇心を感じていた。
「コイツ……」
「あの、それあまり触らない方がいいんじゃ……」
「もしかしたらとんでもない物隠し持ってるかもしれねぇ……気がする、まぁ戦利品くらい受け取りたいし」
この魔人が本当に意識を失っているのか、倒れている毒の魔人に触れるとどうなるのか、衣服に何か隠していないのかなど、彼に興味はなくとも自然と知りたくなってしまうものらしい。
そんな無意識の内に心の中で芽生えた好奇心が、カノンの心配も気に留めずいつの間にか響希の手をそっと動かしていた。
そしてゆっくり、ゆっくりと。
ごつごつした逞しい響希の右手がシャグマの方に近づいた瞬間──
「うッッ!?」
響希の右腕は、倒したと思われていた狂人に、凄まじい勢いで強く握りこまれた。
身体はうつ伏せになっているにも関わらず腕だけが生物のように動く、奇妙すぎる様だ。
「響希ッ!!」
麗翔は急いで響希の元へ走って行こうとするが、その力すら出すことができなかった。毒の発生源を倒しても麗翔の体内に入り込んだ毒は消えないらしい。
そのまま麗翔は動けず地に膝をつける。
「が、てめぇ、まだこんな馬鹿力……ッッ!!」
響希は強引に腕を引き剥がそうとするも、疲れ果てた彼の身体でそれを行うのは不可能だった。そうしてだんだんと魔人の爪が響希の腕の肉に食い込み、血が川のように流れ出てくる。
響希も勢いよく汗を流しながら歯を食いしばって全力を出すが、それでも引き剥がすことはできない。
やがて、響希の腕が取り返しのつかないことになる──その刹那。
血飛沫が飛び散る。
とても正常な人間のものとは思えない黒ずんだ血液が、響希の視界に映ったのだ。
唐突に飛び込んできた鋼の刃とともに。
「え…………?」
しかし唖然とその状況を理解しようとする響希だが、それよりも先に自由を奪われたはずの右腕が開放されていることに気づく。
鋼の刃──鉄剣はシャグマに深々と突き刺さり、その機能を停止させていた。よって響希は間一髪、解放されたのだ。
──そして鉄剣が放たれた方へ顔を向けると、そこにいたのはエリクだった。
* * * * * * * * *
がたがたと、そんな静かな音を立てる室内に彼らはいた。あれから少し時が過ぎて、そこは帰りの馬車の中。
エリクが御者台で手綱を引き、荷台では端っこでカノンが小さく体育座り、麗翔はその反対側で空を眺め、響希は難しい顔で蹲っている。
「なんか疲れた時にコレ乗るとアレだな、ちょっと酔いそう」
「馬車でも酔うの!?」
麗翔は驚いた様子で何か袋になるものを探すがこの場にそんなものはない。それを見た響希はニヤリと猛獣のような笑いを見せると震えた声で言い放った。
「さぁ、派手にぶちかますぜ……ッ!」
「セリフだけ聞けばカッコイイけど、全然カッコついてないからね」
相変わらず素晴らしいボケを披露する響希だが、彼が乗り物に酔いやすいというのは事実だ。
昔、ブランコで調子に乗った響希が、立った状態でアクロバティックな乗り方をしたことがあった。結局その後、目を回してバランス感覚を失い、地面に落ちて怪我をする羽目になっていた。
と、麗翔はそんな記憶を思い返してみる。そんな様子を見た響希は、小馬鹿にするような笑みを浮かべると麗翔の肩を叩いて言った。
「おーっと、そりゃ麗翔にだけは言われたくない話だぜ? なんだっけか……『弾けろ、フレイム──ッッ!!』だっけ、そんなセリフいつ考えてたんだよぉ」
怪しい微笑みと笑に震えた声と共に発せられた爆弾発言、まさかそれを掘り起こすとは麗翔も思っていなかったことだ。
動揺を隠しきれない麗翔は目をそらしながら言い逃れしようとする。
「え、えっと、魔法って技名叫ばないと出ないみたいなルールなかったっけ……ホラ、火の玉出す魔法はフレイムって言うし、僕の見たアニメはどこも何かしら技名叫びながら技決めてたんだけど……」
「アモネさんとか無言で炎出してただろぉ? 異世界来たからってそんなお約束を忘れねえなんて流石じゃねえかよぉ、アレか、確かラウロスも技名呟いて魔法やってたよな、ラウロスと戦って中二病が移ったんじゃねえか?」
──コイツ煽りにきてやがる!!
「そういう響希こそ変態と戦って変態がうつったんじゃないか?」
「うつると思うかいぃ? 愚か者ォ」
「ちょっと似てる!?」
モノマネが割と似ていたので少し引きながら結局馬車の外を眺めて全てを忘れる麗翔。
その時カノンが下を向きながら微かに微笑んでいる事に気付いた者はいなかったが、少し会話に間が空くとエリクが御者台から振り向いて声をかける。
「でも……本当に驚いたよ、まさか君達がそこまで戦ってくれて、二人も敵を倒すなんて。早く基地に戻って毒を治療しないとね」
あれからエリクが駆けつけた事で響希は開放され、シャグマも今度こそ動かなくなったのだ。
やがてエリクの呼んだ兵団基地からの増援が駆けつけて街の調査が始まり、同時にシャグマ達の身柄は確保される。さらに姿を消した街の住民たちは、街中にある巨大な教会にて拘束された状態で眠っていたという。
彼らは駆けつけた兵士によって無事解放されたが、そこでエリク達4人は詳しい報告のためにもすぐに帰還する事になったのだ。
それを聞いて僅かに虚ろな顔をした麗翔は、視点を外の平地から前のエリクに移すと、静かに尋ねた。
「これで解決、したんでしょうか」
「きっと大丈夫だ、街とこの森の両方に、多くの兵士が来てるからな。これも全てお前達のおかげさ。お前達がいなければ被害の報告だけが届いて、組織とやらにも逃げられるところだった。消えた街の人達もすぐに調査するつもりだよ、これで妹も再び俺を好きになってくれるだろうな」
「最後に欲望が漏れてますよ……っていうかいつになったら妹さんを紹介してくれるんですか」
「無事に帰ったらな」
しかしそれを聞いた麗翔は、どこか複雑な心境になった。最後に言われた「消えた街の人達」という単語を聞いてからだ。
しかしそれは今考えてもわかる事ではない。そうして、そこで話は断たれる。
それから麗翔は、馬車から見える大空を呆然と見上げていた。抜けるように澄み切った青い空、純白の陶器のようなつやを放つ白い雲、ぎらぎらと大きな光を放つ太陽。麗翔の心境とは対照的に、その大空は眩しいくらい明るく架っている空だったのだ。
建物がなかったり濁った空気がなかったりする分、それは日本で見る青空よりもずっと綺麗な景色だった。
そうしているとやがて疲労が込み上げ、車の後部座席で眠くなるような感覚になってきた。
そのまま麗翔はゆっくりと、ゆっくりと目を閉じ始める。
とりあえずひと段落つき、やっとまともな異世界生活が送れるかもしれないと、楽しい異世界ホームドラマのようなものが送れるかもしれないとそんな事を考えていた。
麗翔が夢見た異世界召喚。今はそのファンタジーを楽しみたい。きっとまたすぐ、家族とも会えるだろう。
麗翔が理想にする異世界ものとは、ハッピーエンドだ。この辛かった経験を乗り越え、明日にはきっと楽しい毎日担っているだろう。
麗翔はそんな事を考えていた。
──この残酷な世界で。
「おいッ!!」
「……ん?」
半目になっていた麗翔を、不意に大声を使って起こしたのは響希だ。彼も毒を食らっているのに何を騒いでいるのかと、麗翔はゆっくり響希に目を向ける。
先程まであんなに浮かれていた響希が、これまでに見せたことのないくらい絶望的な表情で馬車から遠い後ろの方を見ていた。
「響希? 何が──」
見えるのかと、そう尋ねようとした麗翔の顔は一瞬で凍りついた。悍ましい、恐ろしい、その存在が視界に映って。
それに乗じて何も知らないカノンとエリクも後ろの様子を見るため振り返った。目を細め、よく見てみるとすぐに全員の心境と表情が一致する。
きっと誰しもがそうなるだろう。
その時見えたのは、他でもない。
全身が毒々しい色に染まり、化け物のような奇怪すぎる姿に成り果て、馬車以上の速度で麗翔達を追いかける──
「……行カァ、セルッ、カアアァァアアッ!」
怪物のように変形した、シャグマの姿だった。
──この戦いは、まだ終わらない。




