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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第1章   邂逅と離別
26/50

25話    信じてる



「まだ、あるッッ──!!」



 響希がそう言い放った瞬間、シャグマは斬撃を放っていた。響希は既にそれを視野に入れている、つまりその強力な一撃を受け止める気なのだ。



「ぐ……ッ」



 魔人の大爪による鋭い斬撃が、右腕の上腕二頭筋あたりを掠める。するとすぐに、勢いのまま鮮血が吹き出した。

 だが響希は、歯を食いしばって激痛を堪える。自分の攻撃だけに意識を向けて出血から意識を逸らす。


 かなりの血液を失ったが、貫かれるよりはずっとマシだ。その僅かな幸運を感じながら、全身の筋肉に最大の力を込めて響希は前に出た。


「なん……だとッ」


 肉を裂かれようが彼の意思は止まらない。そのまま、そんな意思の猛威に驚愕するシャグマの眼前まで入り込み──



「ッあァアアアアッ!!」



 響希は獅子の如く怒号を発しながら、その左腕でシャグマの右腕を強引に掴んで固定する。攻撃し終わって無防備な状態にあった一瞬の隙をついた掴みだ。


 そのまま激痛の迸る右腕を無理矢理前に出し、今度は右手でシャグマの襟元を乱雑に掴み上げた。



「────!」


 先程まで狂ったように笑っていた狂人は声を上げる暇もない。当然であろう、ここまできた今、もはやシャグマの身体を支配しているのは彼ではなく響希なのだから。



「んだらァァアアアッ!!」



 それでも響希は一瞬の隙を与える事もなく即座に次の行動へ移す。

 前屈みになっていた事で後ろにあった右脚を、狂人の腕を鉄棒のように使いながら思い切り上げて、同時に左足で地を蹴って勢いよく飛び上がった。



 唐突すぎる行動に、その狂人すらどう抵抗すればいいのか考えついていない様子だ。

 そしてシャグマの頭くらいの高度まで上がった右脚は、すぐさまシャグマの首元に絡みついてがっしりと固定する。



 ここまで来ればあとは単純だ。前方から勢い良く絡みつかれて身体の自由を奪われた狂人は、重心を激しく変えられてそのまま重力の進むままに、響希の身体ごとずしんと床に倒れこんだ。



「うッッ──!?」



 響希の背中から強い衝撃が伝わって鈍い痛みを感じるが、わかっていた痛みだ。それよりも予期せぬ攻撃──というよりも絞め技を食らったシャグマの方から情けない驚いた声が聞こえてくる。



 だが、まだ終わらない。

 響希はすぐに左脚もシャグマの首に絡めてがっちりと固定する。そして両腕で強引にシャグマの右腕を抑え込み、小鳥でも絞め殺すのかというような力で狂人の腕を握る。


 こうして、ここに完全な三角締めが成立した。



「な……こ、この、暴れ者がァ! はッ、はな離れ、離れろォッ!!」


「暴れてんのはお前だろッッ、クッソ……がァァアアッッ!!」



 頚動脈を締め上げられ、苦しさのままに喘ぐシャグマだが、響希の力が尽きぬ限りそれが離れる事はない。そのままお互いが歯を食いしばり合い、睨み合う。


 だが響希の全身は毒に侵されていて、体力も残り少ない。それどころか失血量もかなりのものだ。


「この、馬鹿力も……いつまで持つ、ンンのかなぁ……!? 私ッ……がぁ意識を失うまで、君がこれを、維持ッできるのかいぃ!?」


 シャグマはその苦しみが伝わってくるくらい必死に言葉を吐き出すが、それもそうdsろう。確かに三角締めは完璧に決まれば相手の頚動脈をも締め上げ意識を失わせることができる。


 しかし今の響希が持つ体力と技量では、そもそも意識を飛ばすまでの境地に達することが出来ない。現に今でこそ響希は少しずつ、締めが緩くなってきているのだ。



 状況は再び絶望が近くなってくる。シャグマも勝利を確信し始めて、苦しんでいた表情が一転、不敵な笑みが溢れる。

 だがしかし、場所は小屋の扉の少し手前、僅かに開いた扉から漏れる日光が、響希の顔を照らした頃、響希の顔からは自然と笑みが溢れていた。



「急に笑い出してぇ……気でもおかしくなったのかい!?」



「……うっせ、おかしいのは、お前だろうがッ」


 全身の力が限界を迎え始めて筋肉が悲鳴を上げだし、響希は喋ることにすら苦労している。だがそれでも響希の笑みは消えない。それが何の笑みなのか、シャグマにはまだ理解できないだろう。



「天国でも見えて幸せな気分にでもなったかィ、今すぐ連れて行ってあげるよぉ!」



「……天国見るのもお前だ、変態大魔神」



「なんだと……?」



 何故なら、響希は──



「俺は信じてるんだぜ……お前の作戦も、お前の力も……お前の根性もッッ!!」



 その時、扉の前で力をぶつけ合う響希とシャグマを見つめていたのは、他の誰でもない──



「あぁ、知ってる……!」



 響希が見上げた直後、右手から真紅の魔法陣を展開させる──麗翔だった。




「そんな、まだ生きて……!?」



 毒で侵され完全に戦闘から除外され、シャグマの意識からも外に追い出されていた存在──麗翔が、砂で汚れた黒いジャージと生まれ持った黒髪を靡かせながら、静かに歩いてくる。


 流石のシャグマもこれは予想していなかったらしい、その表情がそれを物語っているのだ。




 響希は信じていたぜと言わんばかりの笑顔を浮かべ、小屋の前で麗翔が作戦を伝えた時を思い返して見る。



『僕は一旦あいつの意識から消えてみる』


『意識から……ってそんな事できるのか?」


『最初はできるだけ戦うけど……もし毒を受けたら端っこで倒れて死んだフリをする。 そのまま死んだフリの途中でダウンしないよう頑張るけど……そのあと響希と戦って油断させたところで、急に出てきた僕が火の魔法であいつを吹き飛ばす』


『なるほどなぁ、それでその後──』




 そんな会話をした末にこの状況に至るわけだが、響希も麗翔が絶好すぎるタイミングで来てくれたなと安堵していた。

 麗翔が毒霧をゼロ距離で受けた時は響希自身も多少の絶望を感じていたのだ、それでも信じていたからこそこの瞬間が嬉しい。



「一瞬で全魔力を出すと体の負担が大きい………でしたっけアモネさん。 すみません僕、不器用だから……魔法に関しても扱いが下手なんです。 でも、だからこそ……」


 小さな声で、薄い笑みを浮かべながら魔法陣の展開された右手を見る麗翔は、そんな事を呟いた。


 横目でギリギリ視界に入れて、それに気付いた様子のシャグマは目玉が落ちそうなくらい目を見開いて驚く。そのまま踠き暴れようとするも響希は最後の力を振り絞り、がっちりと固定して離さない。



 それを見て安心した様子の麗翔は、一気に真剣な目つきとなり、すぐに真紅の魔法陣を後ろに構えた。


「これが僕の持つ一番の武器だ」



「待て、待ちたまえぇッ! 君は友人ごとやる気かいィ!? そもそもそんな魔力では私は死なない、せいぜい吹き飛んで多少の怪我をする程度だぞッ!!」


「あぁ……知ってる、だけど僕も信じてるんだ。 僕の魔力じゃあ威力はせいぜい対象物を吹き飛ばす程度、きっと響希も耐えられる!」


「とんだ茶番劇だなぁ馬鹿者め、私を吹き飛ばしたところで逃げられはしないぞ、必ず追いついて君を食い殺してみせる! 必ず、必ずだァッ!」


「あぁ……だといいな」


 それだけ言うと麗翔は、その身に漂う全ての何かを解き放つ気持ちで、腕に力を込めた。そこから言葉では説明のしようがない不思議な力を感じ取ると、一気に体外へ放出してみる。


 その瞬間、火の粉を散らしまくる乱暴な火球が生み出された。


「出た……」


 二度目となる魔法を経験して尚、自分でも驚きが隠せない魔法という概念に再び唖然とする。だがファンタジーを楽しむ時は今ではない、今すべき事はシャグマにこれを当てる事。


 しかしその炎から逃れようとシャグマは限界を超えた力を振り絞り、段々と態勢を上げて立とうとしてきた。


「クソ、なんだコイツの馬鹿力……ッ」


「甘く見る、なッよぉぉ……!」



 シャグマはそう言って、ついに立ち上がる寸前までたどり着いた。響希はシャグマの恐ろしい執念と馬力に驚くが、恐れている場合ではない。



──逃すかァアッッ!!



 響希の拘束から逃れよう態勢を起こしたシャグマに対して、響希は無理やり自分の体をねじってシャグマごと地面に叩きつける。

 これで完全に魔法から逃げることは不可能になった。



 そしてその先にある麗翔の炎は、響希やアモネ、エリク、そしてカノンを殺した運命や世界に対する果たしようのない恨み。

 さらには事情を知ってラウロスを本気で恨めなかった麗翔が今最も憎んでいる、シャグマへの純粋な怒りが豪炎として体現されたかのようにも見える。



 そんな火が生み出された瞬間、麗翔はシャグマを睨みつけ、これまでの無念と怒りをぶつけるように、しっかりと狙いを定めて──



「いけ……弾けろ、フレイム──ッ!」



 麗翔はすぐさま、その燃え盛る炎をシャグマに向けて解き放った。



 炎が、火球がぶつかる。

 その瞬間でも響希は笑ってみせた。そのまま固定したシャグマを強引に盾にして、多少の熱と衝撃だけが伝わるようにする。



 そうして──



 火球はシャグマに直撃し、その場は爆散する真っ赤な火の粉と煙の渦に包まれた。

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