24話 まだ戦える
狂人が、毒々しい色の吐息を発しながら不気味な笑みを浮かべている。
親友が、猛毒に侵され蹴飛ばされ、隅で死んだように倒れている。
自分は魔人の大爪によって肩を負傷し、そこからじわじわと感じる毒の激痛に耐えながらも何とか持ち堪えている。
そんな様子を見たシャグマは、首を不気味なくらい動かしながら腰を横にふるふると振っている。
「いんやぁ……なんッて面白んだ、心が踊る……魂が叫び出すゥウウ!」
「うるッせえ、踊ってんのも叫んでんのもお前だろこのハゲ! 変態大魔王! 鬼畜ゲテモノイーター!」
シャグマの狂人っぷりを見て腹を立てる響希は、またも顔文字のように単調な顔で怒り、低レベルな彼らしい暴言を吐き散らした。
──あぁクソ、麗翔も鬼畜な作戦考えるなマジで
片腕が無いとはいえ魔人は魔人。立ちはだかるその驚異的な壁と、魔法すら全く使えない上に毒に侵されている響希。状況からして最悪としかいえない。だが、こんな状況だろうと響希は──
「燃えてきたぜ」
勝利を信じている。それを疑う事は、彼なりに必死に作戦を考えた麗翔に対する侮辱だからだ。本当に響希がそこまで考えていたのかはともかく、絶望などは感じていなかった。
──全身が痛い、肩は血が出てて特に痛い。 でも体は動く、それなら戦える。 こんなの我慢すりゃあ……ちょっと痛いだけだ!!
やるべき事は一つ、シャグマと戦う事。痛みなど大した問題では無い。
だから響希は麗翔の残した棒を拾い、思い切り脚を踏み込みながらシャグマへ向かっていった。
「来るがいい……」
シャグマの大爪が及ぶ射程範囲に、響希は思い切り飛び込み──その瞬間、眼前の魔人はすぐに爪を振り回す。
だがしかし、その爪が響希の肉体を引き裂く事はなかった。
「ッらァア!」
響希は掛け声と共に腕を大きく振り抜いた。
そしてその手に握られた木の棒は、魔人の大爪をも弾いたのだ。そのままシャグマの放つ次の斬撃まで、研ぎ澄ました動体視力で見切り、弾く。
やがて、その腕を弾かれた狂人が大きく体勢を崩して怯んだ。響希は瞬間的に好機だと確信し、その隙を突こうと左手の拳を握る。
──チャンス!
そのまま響希は距離を一気に縮めた。
だがしかし、拳をぶつけようと響希が腕を引いた瞬間──
「が、ほッ……!?」
響希の腹部には、怯んだかと思われたシャグマの蹴りが深く入り込んでいたのだ。すると怯んだ事で今度は響希に隙ができ、シャグマもその隙を突こうと大爪を備えた腕を放つ。
響希は咄嗟に棒を振り抜いて防御するも、想定よりもずっと強い衝撃を受け、その身は扉の付近あたりにある壁に激突させられた。
肩口からぶつかったおかげで頭部は無事だが、予想外の威力に何も言えない。遅れてやってきた痛みと、口の中では舌を切って出た血の味がほんのりと浮かび上がっている。
だが、その顔には僅かに笑顔が浮かんでいた。
「爪と性格以外は別に大した事ないんだな、これくらいの奴、俺らの故郷にもわんさかいたぜ?」
「フフ……この状況で何を言い出すかと思えば、変わり者だな」
「変わり者はどっちだ変態奇食怪人! 100回くらい鏡の前で毒キノコとか虫とか食ってみろ、自分の直したいところは鏡見てやると直りやすいんだぞ!? お前みたいなキャラとか絶対ウケないし、いつか絶対黒歴史になるからやめとけ! 俺はなりましたぁ、黒歴史になったから鏡の前で中二臭い技名叫んでたら中二病直りましたぁ!」
明らかにそんな忠告と告白をしている場合と状況ではないが、それみ感情のままに思った事をいう響希らしい行動とも言えるだろう。
いつも通り振る舞えるという事は大して緊張もしていない、元気を露わにすればモチベーションにも繋がる。
響希がそこまで考えた上での行動かはともかく、現にまだまだ戦える体力は残っている。
「減らない口……道化者だなぁ、すぐに心をへし折ってあげよう」
「さっきから者とか心とか魂とかうるせえ奴だな、お前は語彙力のないポエマーかこの野郎……ッ!」
言葉を言い終えた瞬間にシャグマは向かってくる、ここで響希には一つ考えが浮かんでいた。ただ爪を弾くだけでは勝てないと、ならばどうすればいいのか、それがぼんやりと響希の脳内を漂っているのだ。
──このままじゃラチが明かねえけど……どうする!?
爪と棒、体と体をぶつけ合いながら考えるも、響希が押されているという事実は歪めない。ならば迷っている時間はないのかもしれない。
やがて二人の攻防における優勢はシャグマに傾くことになる。響希の振り回していた木の棒は掴まれてしまったのだ。
そして響希が魔人の手の内から棒を引き抜くより早く、そして呆気なく、唯一の武器だった木の棒はへし折られてしまう。
「あっ……!」
たかだか棒切れ一本、魔人の爪を弾くのにそう何度も使える代物ではない事を、流石の響希でもわかっていた。ならば次なる武器は何なのか考えてみる。
「武器はもうない、どうするんだい?」
シャグマは棒をへし折り、不快な笑みを浮かべる。
状況はこの上なく絶望的だ。何か活路を見出せなければこのまま何もできず自分は死ぬだろう。しかしそんな結末を麗翔が望まないことを、響希は知っている。
だから一か八か、賭けに出る。
「……る」
響希は顔を下に向け俯きながら、下に散らばる棒の残骸を見つめている。しかしそこで同時に、武器はないのか、戦いに役立つ物はないのかと、探し求めていた時間は終わった。
──奴の腕は1本、きっといける
「……ん?」
それはつまり、武器を見つけたという事。見つけたといえば語弊があるかもしれない。言ってしまえば響希は、既に自分に備わっていた武器を思い出したというだけだ。
見よう見まねだが多少の心得はある、だから響希は信じた。自分ならきっとできると、そして自分ならきっと勝てると。
「諦めたか……まあ無理もないねぇ」
俯いたまま動かない様子の響希を見て、何も知らないシャグマは戦いを諦めたのだと誤解した。そのまま歪んだ笑みを見せると無防備な響希へ向け、て無慈悲な大爪を背後に振りかぶる。
そしてすぐにその腕は振り回され、その手にある大爪という凶器が響希の元へどんどん近付いていった。
当たる、切れる、裂かれる、その未来が見えてくる。それどころか今あるこの状況──シャグマが凶器を振り抜く光景、それすらスローモーションに見えていた。
人間が死に際に見るというものだろうか、しかし脳がそう判断しようと、心はそんなものを信じない。
目の前にある絶望の全てを、そして失意の何もかもを否定して、響希は一つだけ心が思った事実を肯定する。
そう、武器なら──
「──まだ、あるッッ!!」
その瞬間、シャグマの身体は自由を奪われた。




