20話 捉え切れない謎
「う……ぐ……っ」
火の粉が飛び散り、ジャージにはところどころ焼けたような穴が発生していた。さらに爆風によって吹っ飛んだことで砂まみれ、体の数ヶ所には早速傷ができている。
いわば麗翔は、ボロ雑巾のような状態だ。
視線の先で息を荒げながらもニヤリと笑うラウロスは、してやったといわんばかりの表情。ラウロスもバテているとはいえ状況からして最悪だ。
しかし麗翔は痛みに喘ぎ、息を切らしながらも喋り始めた。
「でも、いいの……かな。こんなところで光と音が派手な、火やら爆発やらを連発して」
「……あぁ?」
ラウロスにはきっと何を言っているのかわからないだろう。麗翔が倒れていてラウロスは立っている、これだけで勝敗は決まったようなものなのだから。
だが、それでも麗翔には敗北したつもりなど微塵もなかった。それは戦いの命運すら左右する、とある気配に気付いたからだ。
──まだ、負けてない、だって
その存在が麗翔の視界に入った時、先程までの引きつった演技の笑みが、本当の笑みへと変わっていき、そのまま同時に言い放つ。
麗翔はその心強さを知っている。決して味方とはいえないが、麗翔にある恐怖の記憶が、何よりそれを知っているから──
「この森、魔獣がわんさかいるよ」
「──ッッ!」
それについてラウロスが何かを言う前に、その背後から肉を食いちぎらんとばかりに飛びかかってきたのは、昨晩に麗翔らを襲った狂犬のような魔獣達。それもその数は3頭だ。
虚を突かれたラウロスは咄嗟に左腕を盾にするも、その腕は強靭な魔獣の顎門によって肉を突き破られ、骨ごと噛み砕かれてしまう。
そのまま魔獣の重さによって仰向けに倒れこみ、全身を貪り食おうとする魔獣を殴り、蹴り、必死に抵抗する。
「邪魔だァアアッ!!」
しかし、攻撃をやめない魔獣を見たラウロスは、すぐに怒りの咆哮を放ちながら、ゼロ距離からの爆炎の魔法で吹き飛ばす。
3頭の内、2頭はその身を粉々にされて生き絶える。──だが、残りの1頭は下半身を吹き飛ばされながらも腕に噛み付いたまま離れなかったのだ。
「ウソだろ……ッ」
魔獣は本能のままに、下半身を失ってでも噛み付いた、ラウロスの血肉を食いちぎろうとしてくる。
彼の鮮血が飛び散り、ただの拳をぶつけても離す気配すら感じられない。
「離れろ! クソッ、このゴミがァア!!」
しなしラウロスは、魔獣が噛み付いている左腕を地に置いて固定すると、炎を纏わせた拳で魔獣を殴る。
体毛が風に舞う葉のように散り、地肉も噴水みたいに勢いよく飛び出て、頭蓋骨は砕け目玉もどこかへ飛ぶ。そのまま上半身だけで数秒悶えた魔獣はすぐに動かなくなった。
「どう……だよ」
ラウロスは爆発によって発生した煙を纏いながら、ゾンビのような血塗れの姿でのろりくらりと歩いてくる。しかし、彼にとって一つ不可解な点があった。
「あ……? どこに……」
彼がいくら辺りを見渡しても、麗翔の姿は見えなかったのだ。見えるのはただの草木だけ、目を凝らして木の影を見ようが草の隙間を見ようが、その姿はどこにもない。
そんな中で、その沈黙を切り裂くように届いたのは──
「これで……最後だッッ!!」
いかにも登りやすそうな形状をして緩やかに伸びる木の上から飛び出し、こちらに向かってくる麗翔の声だった。
声に反応してラウロスが振り向くよりも早く、突如として頭上から現れた麗翔が飛び蹴りを炸裂させる。
咄嗟にラウロスは右腕を盾にして顔面直撃を防ぐが、その右腕は先程魔獣に深く噛み付かれた箇所だ。それを盾にせざるを得ないほど、彼は不意をつかれていた。
「が──ッッ!」
そのまま二人は大胆に倒れる。
しかし麗翔は地面が柔らかい土だった事に救われたてダメージがあまりない。対するラウロスは瀕死状態だ。
とはいっても、麗翔はもうヘトヘトで動くことすら苦痛に感じる。だがラウロスは倒せたと──そう思った瞬間。
「こりゃ、効いたぜ……骨、折れたかもなぁ……でもまだ……」
それでもラウロスは、歪んだ笑みを見せながら再び立ち上がったのだ。そして痛々しく筋肉を震わせながら、ゆっくりと脚を前に差し出して歩き出す。
麗翔は、その根性に心から驚き、さらに絶望どころか恐怖すら感じた。どこまで耐えれば気が済むのか予想もつかない執念だ。
「あ……?」
──が、4歩ほど歩いたところで、彼は脱力したように膝を地につけた。すぐに両手も地につけ、肩で息をしながら歯軋りをする。
そうして、ボロ雑巾のようになりながらも立っている麗翔を見ると、目をそらして大きく、何もかもを吐き出すような溜息をついた後に、仰向けにぐったりと寝転ぶ。
そして脱力した顔の虚ろな瞳で、呆然と青空を見上げて言った。
「あーあ、もう魔力ねぇな……」
街で大規模な爆発を数回起こし、響希の強力な鉄拳を食らい、再会時により強力な爆発を起こし、逃げ回る麗翔を追いながら何度も火球を放ち、石で頭を殴られ首を絞められ、魔獣に噛まれて流血、そしてその魔獣を最後の力で爆散させた。
彼の行動を整理してみるとわかる。
もはや麗翔以上に、誰が見てもわかるくらい弱っていたのだ。
「────」
しかし、兵士でもない麗翔が瀕死のラウロスを前に、とるべき行動がわからない。
縛って捕獲するのか、もしくはこのまま殺すのか。前者は捕獲する体力も時間も縄もない、かといって後者に関してはそれをする勇気も覚悟も出ない。
それどころか別の世界線で響希やカノンを殺した人物だというのに、この世界ではまだ誰も殺していない事から、こうして血塗れの彼を眺める事にも罪悪感を覚えてしまっている。
ならば別の行動に移すしかない、響希やカノンの状況がわからない以上ここに長居もできない、つまり何かをするなら決断は早くしなければならないのだ。
そこで麗翔は、瀕死のラウロスから様々な情報を聞き出し、その場をすぐに離れるという決断に至った。
「お前達の目的は、なんだ?」
まだ誰も殺していないとはいえ、怒りは感じる。それでも怒りを抑え、感情を噛み殺し、静かにそう問いただす。
するとラウロスはじっと麗翔の瞳を数秒見つめて、拗ねるように言った。
「知らねぇよ……」
シラを切った様子のラウロスを見て、麗翔もだんだんと苛立ち始めていた。なぜ答えないのか、答えられないほどとんでもない事を考えているのか、それはわからない。
「お前達のせいで街がめちゃくちゃになって、人が死ん……死んでたかもしれないんだぞ!? なんでこんな事した、何考えてる、どんな大義があって──」
「知らねぇって言ってんだろうが。 俺は良いように使われるだけの捨て駒、詳しい話なんざ知らねぇ」
それを言われて麗翔は返す言葉が見当たらなかった。自分を捨て駒と言ったという事は、ラウロスは絶対悪ではなく、何らかに服従している中途半端に作られた悪であったというのだ。
そんな風に無言でいる麗翔を見ると、ラウロスは続けて、無気力に言い放った。
「だが、これでもう終わった、俺はこの作戦で人殺しになるかもしれなかったんだ。だが俺はもうすぐ牢屋にブチ込まれて、ようやく安心できる。きっとしばらくすれば……組織も目的とやらを達成してこの国からいなくなるだろうな」
「牢屋で安心、この国からいなくなる? なんの話を……」
「魔力がなくても、俺はまだお前を含めて向こうにいるお前の仲間まで、全滅させられるくらいの力は持ってる」
「──!?」
それを聞いて麗翔は身構える。あの爆発をまた起こされてしまえば次こそ麗翔の体は粉々にされるだろう。しかしラウロスにはそのつもりすらないように見える。
ぐったりと仰向けになり呆然と空を見上げる彼の姿からは、遠い何かを悲しげに見つめる彼の姿からは、戦意なんて欠片も感じられなかったからだ。
「そう身構えんな、その力が組織にバレでもしたら俺まで奈落送りにされちまう。結局のところ俺は、お前に負けたのさ……」
ラウロスのいう言葉の意味の大半が理解できない。知らない単語を当然のように出され、組織についての情報も特に知らないのだから仕方のない事だろう。しかし時間の限られてる今、それだけを知ろうとしても、それこそ仕方がない。
「……よくわからないけど、街の人はどこに?」
「多分、奈落行きだよ。 可哀想だが俺には止められねぇ。 そんで俺の仕事は誰もいなくなった街を適当に荒らすだけ、その意味はすぐにわかるだろうが、今言ってももう遅ぇな……」
「奈落? それはどういう……いや、それよりまさか死んでたりしないよな?」
「生き物としては死んでない、でも人間としてどうなるかはしらねえがな……とまぁ俺の知る全てはこんぐらいだ、わかったらさっさと行けよ。 今ならまだ街の奴らを救えるかもしれねえぜ?」
ラウロスはそう、言葉で突き放そうとする。奈落、その力、俺の仕事、問いただすべき点はいくつもあった。しかしそれでも、響希やカノンの安否が気になる。時間が戻っていないということは存命しているはずだが、今にどうなるかもわからない。
よって、今すぐにでも彼らの元へ急ぎたい麗翔はその場から立ち去ろうとラウロスに背を向ける。
ただ、最後に気がかりだったのは──
「……どうして教えてくれた?」
背を向けながらも顔だけを微かにラウロスへ向け、そう問いかける。すると空虚な表情で空を見上げていたラウロスは、それを聞いて麗翔をじっと見つめる。
お互いがお互いの瞳を見合い、数秒の沈黙が続く。
そして、やがて答える気がないのかと思った麗翔が再び振り返ろうと考えた時、ちょうどラウロスは口を開いた。
「レクサスはいつも俺を気遣っていた、生半可な気持ちで命じられた悪事を働く俺の事を。鬱陶しくてムカついたよ、マジで。今頃他の街を救ってたりしそうだが……そんなバカな奴が、この不穏で異常者ばかりの組織で、唯一心を許せる存在だったんだからな」
「え……?」
返って来た答えは、麗翔の求めるものとは違っていた。それが自分に情報を渡す理由にはなってない、その違和感に一瞬だけ麗翔が硬直した時だった。ラウロスは続けて言う。
「そんなお人好しのバカにお前が似てた。理由なんざそんなもんで、全部俺の気まぐれさ。あいつに何にも、返せてなかったからな……」
「……そう」
そのあまりに適当な理由に、尋ねた麗翔自身も呆れを見せる。しかしそれは、良い意味での呆れだ。
結局のところ彼も1人の人間だったのだ。快楽のために人は殺さない。育ち方さえ違えばもっと他人思いの性格になれたろうに。
──いつかもう一度、違う形で会えればな……
友人になれたのかもしれない。現に麗翔とラウロスがお互いに笑顔を浮かべている図を想像してしまっている自分がいる。
そんな叶いようもない妄想の未来を思い浮かべながら、静かに麗翔は顔を前に戻す。そして、響希やカノンの元へと走っていった。




