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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第1章   邂逅と離別
19/50

18話    撃沈



 壮大な爆発音が、遠くから海鳴りのように鼓膜へと届いた。



「なんだ……?」



 森の奥でアギロと交戦中のエリクは、その不穏な音に気付くと巨大な樹木の枝に着地し、その方角へと顔を向けた。


 兵士ですらないあの3人が、あんな規模の魔法を食らってしまったのかと心配が重く心にのしかかる。



「よそ見してていいのかァ!?」


「くっ……」



 しかし、そんな猶予は兵団の精鋭であるエリクにすら存在しない。少しでもアギロを視界から外せば、彼はその隙を突こうと氷の魔法で造形された剣を振り回し、エリクの体を貫こうとするのだ。



「それだけの実力を持っておきながらどうして兵士にならない……!? この国は今、危機的状況なんだ……海の向こうのロベリアがこの国を征服しようとしているんだぞ!」



 そう言ってエリクは鉄剣を大きく振り、アギロの振り下ろす氷の剣を粉砕する。そして回転しながら遠心力の付加された蹴りをアギロの腹におしこんだ。


 吹き飛ばされたアギロは瞬時に空中で氷の魔法を使い、背後に壁を作って遠くまで吹っ飛ぶのを防いだ。



「あぁ知ってるさ……だからむしろ、どうせ滅ぶ国の街一つくらい、壊したっていいじゃないかァッ!!」



 アギロは怒号を放ちながら手を広げ、空気を凍らせ、自分の頭上に無数の氷の槍を造形する。


 しかしエリクは臆する事なく剣を構えた。



「黙れ、彼らには彼らの生活があり、命がある、なのに何故こんな事を!? それらを脅かしていい理由なんてない!」


 温厚なはずのエリクの心の中には、アギロに対する大きな怒りが少しずつ動いていた。


 アギロに対すると言えば語弊が生まれるかもしれない。むしろ、全ての悪に対する反感が、次第に強さを増してきたのである。



「こんな場所に思い入れなんてない。 だから逃げるんだ、だからこの組織にいるんだ! その内ここが地獄になる頃、俺達は楽しく過ごしてるだろうな、俺は俺が楽に生きられればいいんだよォォ!」


 

 そして次の瞬間、アギロはエリクめがけて同時に、十数こにも及ぶ氷の槍を全て放った──しかし、



「この国のどこに逃げるっていうんだ……力があるなら戦えばいいだろう!」



 同時にエリクの放った無数の風の刃が氷を散らし、その場には砕け散った氷の粒がキラキラと日光を反射しながら緩やかに舞う。



 アギロは、小さく舌打ちをすると飛び上がり、樹木の太い木の枝に脚を付けた。



「戦う? ハッ、無理だね……こっちから願い下げだ。この弱肉強食の残酷な世界で、ロベリアに勝てる訳がない、ご立派な兵士が俺相手に苦戦してるような今の兵団じゃあな。俺は俺の幸せを求める、レクサスやラウロスみたいに、中途半端な気持ちでこの組織にいねえんだよ!」


 木の上から複雑そうな顔をするアギロ。その心の内は何もわからないが、その考えはあまりにも自分勝手だ。



「ならお前達の目的は……なんなんだ?」



 思い切ったエリクは、脳内で乱舞する大きな疑問を尋ねる。それを聞いたアギロは、憂鬱そうな影を漂わせた笑みを浮かべると、静かに答えた。



「俺達が求めるものは単純だが、国だなんてそんなちっぽけなものじゃない。俺達は知ってるのさ、他の誰も知らないであろう、もう1つの存在にな……。今回はそれを手に入れる準備、というより幕開きに過ぎねえのさ」




「もう1つの存在、準備? 一体何がもう1つあるっていうんだ……?」



 エリクにはもちろん、その言葉の真意は愚かなぜ街を襲ったのかすらも何もわからなかった。したがってそれをどう受け止めればいいかもわからない。

 しかしエリクにとっては、街を破壊し人々を脅かすその行為が、それだけで既に許すべからざる悪であった。


 

 そこでエリクは、両足に力を入れて、木の上に向かって行く。そうして白い鋼の色をした鉄剣に手をかけながら、木を大股に伝ってアギロの前へと進んだ。

 


 するとアギロは一目エリクを見て、まるで弩にでもはじかれたように、飛び上がった。



「来いよ、兵士……ぶっ潰してやるからさぁ……!」



 するとアギロは土の上に着地したかと思うと、すぐに地を蹴り飛ばし、凄まじい速度で上に向かって跳んだ。

 そのまま空中で右手を後ろに振りかぶり、またも蒼白の魔法陣を展開。そこから生み出されたのは先程と同じ、氷の剣だ。


 その様子を見たエリクもまた、アギロに鋼剣を向け跳んで行く。



 お互いがお互いの方へ飛びながら剣を向け合い、他人が見れば総毛立つような白人の刃は、両者の首めがけて進んでいき──




 そのまま耳を刺すような鋼の音が響き、剣と剣が火花を散らして交錯した。




 しかし、魔法と共に剣の鍛錬を続け、ずっと兵士として生きてきたエリクの方が剣術は格上だった。その上、アギロが造形した剣は、あくまで氷でできたもの。突き刺す事はできても斬る事はできない、そして何より脆い。


 力任せに放ったようなアギロの一撃は弾かれ、氷の剣も次々と粉砕されては造形し、それを繰り返す。そして崩れそうになる体制を空中で回転しながら整える。


 エリクはそれを見て機を逃すことなく、すかさず再び剣を振り抜いた。

 するとアギロは歯を食いしばり、険しい顔のまま咄嗟にその剣を回避して、後方に飛び退く。



 両者の間合いは大股8歩あたりだ。

 辛うじてエリクの連撃から逃れたものの、アギロの額は滲み出た汗が濡らしていた。



 状況だけ見れば、僅かにエリクが優勢だろう。



「降参するつもりは……ないんだな」


 言葉の後半から声のトーンを落とし、エリクも静かにそう言い放つ。



「ねぇよ、ったくイラつくぜ。生まれてから何不自由なく生きてきた金持ちの兵士ごときが……今すぐ俺が──」



 アギロそれを言い終える前に、エリクは地を強く蹴り上げ、アギロの眼前で剣を振り回す。



「自由なんかじゃない。これまでだって何度も死にかけた、何度も仲間を失った、それでも命ある限り兵士は……戦い続けるんだ!」



 エリクは、これまで積み上げてきた剣術の鍛錬を全て披露するかのように、様々な剣技でアギロを攻撃する。



 アギロもそれに応じて、次々と向かってくる剣を無理矢理に弾き続ける。


 しかし、その剣を弾く度にエリクはまた次の剣撃、また次の剣撃とひたすら剣を振り、一向に隙が現れることはなかった。

 その剣を必死に弾くも、そのまま少しずつアギロが息苦しそうな顔を浮かべた瞬間──



「……降参だ」



 そうしてアギロは、悔しそうな顔で歯を食いしばりながら氷の剣を放り投げる。

 その瞬間エリクは動きを止め、アギロが両手を上げたのを確認した後に、ため息をつきながら言った。

 

「本当に──」




 しかし、エリクがそれを言い終えることはなかった。



「あぁ、バカだな」



 エリクの右脚には、数秒前にアギロが放り投げた氷の剣が突き刺さっていたのだ。



「な……」



「遠隔操作だよ。勿論すぐに信じるつもりはなくて、どうするべきかで頭を使ったんだろうが……そこに頭を使ったせいで、放った剣に注意を向けられなかったな」


 

 エリクはその痛みのあまり、立っていられなくなりうずくまる。


 険しい顔で刺された脚を見ると、しっかりと鋭利な氷が脚を貫通していて、1秒ごとに多くの鮮血が飛び散っていく。



「く……そ」


 

 そしてアギロは目を見開き、不気味に笑いながら近付くと、氷の槍を造形した。

 そして一言、その槍を持ってうずくまるエリクの首を突き刺そうと腕を上げながら、静かに呟く。



「──お前の負けだ」





* * * * * * * * * 




 大音響が空気をかき混ぜ、何重にもなった氷の壁の中でも、猛烈な爆裂音が耳の穴へとなだれ込んでくる。



 そして、1分ほどの緊迫感漂う沈黙が続いた頃だった。

 気が付けば氷の壁は消え去り、辺り一面は霧のようにたなびく煙に囲まれていた。



「みんな……?」


 あちこちに煙の広がるこの場で、麗翔は咳き込みながらカノンと響希の安否を確認する。


 前回のループでは、爆発に巻き込まれた直後に辺りをよく見渡した時、響希の死体が転がっていたりもしたが──



「痛てて……」



 少しボロボロになった様子の響希は、多少痛がっているようにも見えるが何とか無事そうだ。両腕両足どこかが欠けていることもなければ、内臓が溢れている事もない。


 それを見て麗翔は一瞬、安堵の息を漏らす。しかし、



「はぁ、はぁ……」



 麗翔の目に映るカノンは、明らかに疲れ果てていて重病人のように座り込んで息を荒げている。


「大丈夫……?」


 苦しそうな様子の彼女を見て、麗翔はすぐに駆け寄り、顔が見えるようしゃがみ込んで問いかける。



「はい、多分、ちょっと……一気に魔力を使い過ぎたみたいです」


 肩で刻むように息を荒らげ、喋るのも辛そうな様子だ。まさに麗翔が初めて魔法を放ち、全ての魔力を使い果たした時の症状に近いのだろう。

 しかし3人とも大きな怪我がないようで、麗翔は少し緊張を緩めた。


──エリクさんの方は大丈夫かな



 子供っぽそうなラウロスと、正面戦闘では役に立たないと味方に言われていたシャグマと比べれば、その中で最も強いのがアギロかもしれない。


 だとしたら大変な役目を任せてしまったかもしれないとは思うが、ともかく今はエリクが善戦してくれていることを信じて、この場の事を考える。



 そして次第に、渦巻くような煙が薄くなってきた。



「響希、辺りを見渡して。 あいつの魔法は燃費が悪いから向こうもカノンと同じような症状になってるハズだ」


「おう。っておい、アレは……」


 響希は根拠のないようにも思える麗翔の発言を、一瞬の疑いも無しに即答するも、薄くなった煙の奥で見える何かに、すぐさま驚きの声を出した。



「ん?」



 気になった麗翔は無意識に響希が顔を向ける方角へと目をやった。

 そこに見えたのは、人影だ。



 同時に煙は消え始め、その謎の影もだんだんと姿を見せ始める。この時点で既に予想はついていたが、結果はやはり──



「生きてんのには、驚いたけど……もうヘトヘトじゃねぇか」


 息を切らしながら、まだ生きていた事が不服なのか不満げな顔を浮かべるラウロスが、そう言いながら歩いてきた。


「あんだけ魔法かましといて、まだ体力残ってんのかよ……」



 燃費が悪いと自分でいうくらいの魔法を、街でもこの場でも発動しまくったというのに、響希はそう言って焦りを見せる。




「さて、どうしてやろうか。アレを使う訳にもいかねぇし……あ、その前にお前らもう終わりだな」




「はぁ、何言って──」



 麗翔が疑問を口にしようとした時、彼ら3人はその存在に気付いた。ラウロスに当てた視線の右から、ゆったりとマイペースに歩いてくるその人物に。


 そしてそれに気付いた3人の中で、麗翔が最も大きな恐怖を感じ、戦慄が走っていた。



 その恐怖を簡潔に表すとするならば──それは拭いがたい、死の記憶。



「お前は……」



 名前はわかっている、しかしその名前を呼ぶ勇気が出ない、もっといえばその名、そしてその存在を思い出すだけでも恐ろしい。

 それくらいの恐怖が、視界に映るだけでこみ上げてくるのだ。


「あぁ……ゾクゾクしてきたなぁ」



 何故なら──



「心が、踊るようだッッ!!」


 麗翔にとっては数時間前に自分を殺した男──シャグマが、毒々しい色のキノコを食べながら、万遍の笑みで歩いてきたのだ。

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