17話 突撃
爆発に紛れて姿を消したラウロスとアギロを追うため、麗翔達4人は馬車に乗っていた。
麗翔は御者台で馬の手綱を引くエリクにアジトの位置を教えて案内し、カノンは端っこで静かに座っている。
ちなみに響希はというと──
「クソッ……! って痛ぇぇッッ!?」
「なにやってんの!?」
今のところ何もできていない自分が悔しいのか、響希は悔しそうに馬車の壁を右腕で叩いた。
しかし思ってたよりも頑丈で硬かったらしく、殴った直後に悲鳴をあげる響希。なんともダサいとしか言いようがない。
──連れてきて良かったのかコレ
流石の麗翔も、幸先が心配になるくらいのドジさだ。しかし、今はそれどころではないというのが現状。
街からアジトまでの距離はそこまで遠くない、つまり馬車で森に沿って進めば大して時間もないのだ。その間に麗翔は既に作戦を考えていた。
「アギロって人はわからないことばかりで、何とも言えないからエリクさん頼りになるかもしれないけど……ラウロスの方なら僕たちでも対策できると思う」
「あんな頭おかしいくらい派手な爆発使う奴だぜ? マジでいけるのか……」
「勝算はむしろ、そこにあるかもしれない」
「どういうことだ?」
響希はそう尋ねた。当然ラウロスを見たのは今のが初めてなのだから、他に情報などないだろう。
しかし麗翔は知っている、既に終わる事がわかった世界で、既に終わる事がわかった麗翔を相手に、ラウロスが漏らした大切で有益な情報。
『コレ魔力燃費悪ィし……』
──魔力の燃費が悪い上にあんな魔法を街で連発したんだ、きっと勝てない敵じゃない
「一つ、作戦を考えました」
ようやく考えに至った麗翔は、手綱を引くエリクにそう言い放った。
* * * * * * * * *
「ここが例のアジトか」
小さな古い建物を見たエリクが呟く。
アジトを目指すこと数十分、馬車に揺られた後に森をしばらく歩いた4人は、ようやくアジトの前に辿り着いたのだ。
「じゃあエリクさん……お願いします」
戦いの場となるであろうその小屋を前では、麗翔達の戦前の張り詰めた緊迫感が満ち始めていた。
馬車で麗翔は考え付いた作戦を話し、場に整った4人のコンディションは万全だ。
唯一大きな心残りは、この場において麗翔しか知らないシャグマの存在。
ラウロス、アギロ共に倒した後、4人がかりで戦うつもりではあるが、そこまで都合よく進むとも限らない。
ここにきて都合任せの何とも頼りない麗翔の考案ではあるが、変にシャグマの事を口走って敵と内通していると疑われる訳にもいかない。
息を殺し、心を落ち着けて、全員がその時を待っている。
その時とは、言わずとも知れた突撃の合図が出る時だ。エリクが全神経を集中させて、小屋から発せられた魔力を持つ物体、いうなればラウロス達の動きを感じ取っている。
その動きが少しでも気の抜けてゆったりとした瞬間が、狙い目だろう。
エリク以外の3人は、止める必要もないのに呼吸を止め、草を踏む音すらもなにかに影響を与えてしまうのではとばかりに、音を殺して時間が過ぎるのを待ち望む。
太陽光が風に揺れる森の木によって何度も遮られる。その光が再び顔に当たる度に、まさか敵も気配を消しているはずのこちらの接近を察知して、襲ってきたのではないかと恐怖が唆る。
それ程までに警戒心を呼び込んでいるのだ。
とは言ったものの、やけに長い沈黙が続いていた。何となく微かな違和感を覚えた麗翔はちらりとエリクを見る。
するとエリクは、息を吸った。
深く、静かに。
それを見た麗翔は、そろそろかと一瞬にして精神を研ぎ澄ませ──
「今だ──ッ!!」
動揺をかき消すようなエリクの号令がかかり、エリクは小屋に向かって飛び上がり剣を引き抜いた。
そして、猛る彼の姿を見た後ろの3人は、反射的に応じて走り出す。
今、この瞬間。
彼らは満を持して、反撃への嚆矢を放ったのだ。
空中で抜刀したエリクは、もう片方の手で瞬時に燃えるように真っ赤な魔方陣を展開する。
「ふ──ッ!」
直後にエリクは、人の頭くらいの大きさをした火球を生み出し、滞空したまま小屋に向けて放った。
火球はめらめらと火の粉を散らして、真っ直ぐ飛んでいく。
それが小屋にぶつかる──ほんの一歩手前。
「危ねえなぁ……」
聞き覚えのある声が聞こえると共に、瞬時にして火球の行く先は青白く染まった。
色が塗られた訳ではない、氷によって小屋は分厚く覆われ、包まれたのだ。
火球が氷に直撃し、煙と火の粉を撒き散らして火球は消えた。同時に分厚い氷の壁も消え去り、全てが相殺される。
そして直後に吹いた風によって煙は消え去り、本来火球が直撃するはずだった場所には、赤髪を肩の下より伸ばした澄まし顔の男、アギロが立っていた。
「あと少しでも気付くのが遅れたら黒焦げに──って、うおっ!?」
アギロが口を開くも、その言葉を言い終えるまで待ってやるゆとりはどこにもない。瞬時にしてそれを判断したエリクは、直後に抜刀した剣をアギロに向けて振り下ろす。
しかしアギロは間一髪のタイミングで回避したのだ。そしてすぐさま崩れた体制を回転しながら整え、滞空したまま魔法で空気を凍らせて氷の剣を造形した。
「面白ェじゃんか、来やがれ……!」
爽快そうで不気味な笑顔を向けたアギロは、そう言って氷の剣を振りかぶり、地を蹴り上げてエリクの元まで走り出す。
そしてアギロは、エリクへ向けて剣を振った。
エリクはそれを下から振り上げた鉄剣で弾く。
さらに甲高い音が耳に響いて鳴り止むと同時に、もう片方の手で既に用意してたかのような火球を再び足元に放ち、飛び上がった。
「いや、来るのはお前だ」
付近の大きな樹木の枝に着地し、アギロを高々と見下ろしながらエリクはそう言い放つ。
そしてそのまま視線とは別の場所へ跳んだ。
「逃がすかよ……!」
小さな舌打ちをしながらも、アギロは強く地面を蹴り、突如逃げ出したエリクを追って行った。
仲間を呼ばれて複数人で挑まれては分が悪すぎるということを考慮したのか、エリクを追うアギロの脚はまさに獲物を逃がさんとする猛獣のそれだ。
その様子を後ろ目で見るエリクは、小さく微笑みながら、独り言のように呟いた。
「あぁ、それでいい──」
ラウロスとアギロを引き剥がす事こそがエリクの役目なのだから。
* * * * * * * * *
エリクとアギロが視界の遠くに消えたのを瞳に映した麗翔は、少し離れた距離から乱雑に開かれたドアの隙間を覗いてみる。
その瞬間、ドアは強い衝撃によって破られ、吹き飛んだ。
「4人……か、まさかこんなすぐにここまで来るなんてな」
ドアは蹴り破られたのだ。他の誰でもない、小屋の内からゆったりと出てきた橙色の乱れた髪をした男、ラウロスに。
「作戦はさっき説明した通り単純だけど……やろう。保護者みたいなアギロがいなければ、頭の悪そうななあいつ1人くらい、きっと勝てる」
麗翔はラウロスの目を強く睨みつけながら、カノンと響希にそう呼びかける。
そして心臓が大きく強く、高鳴る。当然だろう。
つい最近までだらだらと学校生活を送っていた2人と記憶喪失で何もわからない少女が、街1つ破壊できるような人間と戦おうとしているのだから。
しかし、それ相応の勇気を、麗翔は響希からもらった。
──きっと、戦える!
麗翔は心の中で無理に決心を固め、響希と共に木の影を越えて、ラウロス目がけて走り出す。
ラウロスは右手を前に出し、その掌を麗翔たちに向けると、そこから溢れ出る熱気を3人は感じた。
繰り返す世界で、何度もその手を見てきた麗翔にはわかる。それは魔法を発動するための手だ。
すぐさま爆炎を生み出し自分達を灰にしようとしている事など百も承知、しかしそれでも麗翔と響希は走り続ける。
「感情任せに殴りかかるだけじゃ──」
ラウロスが呆れ顔で言葉を言い終える前に、次の一手を決める。まずはカノンから。
「フレイム……ッ!!」
その刹那、ラウロスはすぐさま麗翔に向けた手を別の方向、カノンの方へ変えた。
幼さと愛らしさを残した少女の声で、フレイムという単語が彼の鼓膜へと伝わった瞬間、ラウロスの瞳に映ったのは巨大な火球だったのだ。
「くそが……」
反射的にラウロスは、火球が直撃する手前で爆炎を発生させる。そして炎と炎がぶつかりあった。
その結果、魔法は相殺されてその場には巻き立つ煙が発生。そしてあちこちに火の粉がばら撒かれ、その光と煙によってラウロス自身も目を細めた瞬間。
「だらァ──ッ!!」
猛烈な掛け声と共に煙を越えて出てきたのは、腕を大きく振りかぶった響希だった。
ラウロスとの距離は大股一歩分、それは響希の強烈で重い拳の射程内だ。そしてここにいれば爆発の魔法をラウロスは使えない。
そんなゼロ距離で爆発を起こせば、ラウロス自身にも大きなダメージが生じるからだ。そうでないとしても、感情的になりやすそうなラウロスなら近接戦闘に応じるだろう。
直後に響希は、怒号を放ちながら大振りの右フックをぶつけた。
筋肉と筋肉が強く衝突する、鈍い音が大きく鳴り響く。
響希の拳がラウロスの顔面を捉える前に、ラウロスは寸前で左腕を眼前に出して咄嗟に防御をしていたのだ。
そして響希を殴り返そうと、ラウロスも右腕を体の後ろへ振り被ろうとする──が、その猶予が与えられることはなかった。
響希の片腕を防いだために生じた間、ラウロスはその隙に腕を振りかぶって殴ろうとしたのだろうが、そこに隙など存在しない。
「が、あッ……!」
響希はラウロスが腕を振り被った瞬間に、彼の腹部めがけて強烈な左ストレートをぶち込む。
響希の渾身の一発が止められて動きが固まったように見えたのは、次の一発をノーモーションで繰り出す為の溜めだったのだ。
拳が腹部にめり込み、苦しそうな表情を見せたラウロスは即座に後ずさりをして距離を離す。
しかし彼が後ずさりをする間に、麗翔が響希の背後からラウロス目がけて煉瓦くらいの大きさを持つ石を投げつけた。
煙で全く姿の見えなかった麗翔からの不意打ちに、ラウロスは虚を突かれたような顔を浮かべながら咄嗟に回避する。
またも生じたラウロスの隙を見て、響希は再び近接戦闘に持ち込もうと走り出すが──
「くそ……ッたれがァァアア!!」
ラウロスはすぐに、けたたましい咆哮を放ちながら左手で腹を抑えつつ、右掌を前に向けた。
その時に右掌から生み出されたのは、三重にもなった赤錆色の魔法陣。
響希も危険を察知したのか、脚を前に出して急ブレーキをした後に、ラウロスに背を向け即座に走り出す。
「逃げても無駄だ、街でぶちかましたヤツの3倍の規模はあるぜ……?」
三重になった魔法陣は、幾つもの建物を破壊したあの魔法の3倍の威力を示していたのだ。
しかしそれを聞いても、響希は動じることなく走り続ける。そして、その隣で並走している麗翔は微かな笑みを零しながら言った。
「根拠はないけど──信じてる!」
「はい……!」
無我夢中で走る響希の、声かけの届く先はカノンだ。この場でラウロスに対抗できるような魔法を使える者がいるとすれば彼女しかいない。
そして木の陰から出てきた彼女は珍しく大きな返事をしながら、麗翔と響希が近付いた瞬間、ついさっきも見た厚い氷でその場を覆う。
ラウロスの三重魔法陣のように、その厚い氷は何重にも彼らの周囲に張り巡らされ、硬く包み込んだ。
そして、それを見たラウロスが不敵な笑みを浮かべたまま後方に飛び上がった瞬間。
「防いでみろよ……三倍の、コイツを──ッ!!」
重々しい地響きと共に、その場は噴火の如く巨大な爆炎に呑まれた。




