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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第1章   邂逅と離別
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15話    折衝


 部屋にスマートフォンの空しいアラームが鳴り響く。それを聞いた麗翔は、スイッチを入れられたように目が覚めた。

 響希も目覚めたのを確認すると麗翔は身体を起こし、アラームを止める。


 時刻は5時00分。前回のループで麗翔が無理矢理起こされた時間の、180分前だ。


 恐らくまだ兵士達が東西南北の各街に向かっていない頃だろう。

 

 どんな寝方をしたらそうなるのかというくらい響希の髪の毛が爆発しているが、それについてツッコミを入れるよりも先にやるべきことがある。


「行こう」


「あぁ」


 それだけを言い合って、彼らは立ち上がった。


 準備は既に済ませてあり、あとは実行に移すだけ。しかし、これが失敗すれば再びカノンを死なせることになってしまうのだ。


 カノンの時間遡行する謎の能力について、副作用や回数制限についての情報が全くないために、安易に彼女を死なせる訳にはいかない。


 そもそも、いくら過去へ戻る記憶がないからといって彼女が死んでいい理由なんてない。


 家族以外の女子にあれ程優しく接してもらえた事が、これまでの麗翔の人生であったかすら怪しい。だからカノンは救いたい。それ程までにカノンは、麗翔の心を動かしたのだ。



* * * * * * * * * 



「失礼します」


 最初にエリクと会話をした、小さな集会所らしき部屋へ麗翔達は入る。


「ん、2人揃ってどうしたんだ?」


 部屋には都合良く既に馴染んだエリクがいて、こちらに気付くとすぐに反応をしてくれた。しかしその奥には、やけに目つきの悪い男が1人、読書をしていた。


「あっ……」


 

 しかし、その男を見て麗翔の顔は蒼白になった。なぜならその男は、



──あの人は、あの時の



 麗翔が初めて兵団基地に来て「裏口」の文字が読めず、誤って正門ではなく裏口から入ってしまった際に、威嚇と思われる剣をぶん投げてきた男だ。


 文字を読めなかったこちらに非があるのは確かだが、やはり恐ろしさは感じてしまい冷や汗が出る。


「そういえば紹介をしていなかったな。あの人はレイヴァン副団長、呼ばれ方の通りこの兵団の副団長だ」


 エリクがレイヴァンを麗翔達に紹介すると、レイヴァンは一瞬鋭い目つきでこちらを見るがすぐに読書に戻った。


「まぁ少し無愛想ではあるがだが……これでも剣の腕は兵団の中で堂々と最強を名乗れる実力者さ」


「そ、そうなんですか」


「それで……随分と朝早いけど、どうしたんだ?」


 より一層恐怖が増した気はするが、今はそれよりも大切な話がある。下手したら街や自分達だけでなく兵団にも大きく関わる重大な問題だ。



「昨日お話しした例の組織の件ですが……もしかしたら今日この後すぐ、なんらかの暴動を起こすかもしれません」


「あぁ、その話か。こちらでも懸念はしているが、そう思う根拠を聞いても?」


 最も難解そうな「根拠」の説明。無論、時間を巻き戻って来たなんて言って信じてもらえる確証などない。つまり今すべきこととは──


「先日お話ししたのはその時に起こった出来事だけで、エリクさんには当時の会話などは深く伝えていなかったんですが……」



「その時に、今日この日に暴動を起こすような事を匂わせる発言をしていた、ってことか?」


「あ、そうです! 彼らの何らかの目的の1つに、街の破壊行為があるのは確かだと思います」


「どうして昨日ではなく今、そう思ったんだ?」


 勿論、今日の朝に暴動を起こすなんて会話は全くしていなかったが、麗翔は既にその事実を知っている。つまりその上で、作り話を使って口実を作ればいいのだ。


「実は僕らを殺そうとした方……アギロに、他言すれば殺すと脅迫されました。そこで殺される事を危惧してしまい、昨日その全てをお話しする事はできなかったんですが、やはり言うべきだと考えました」


 目を逸らし、被害者らしい弱々しさで話す。

 アギロ達が実際に破壊行為を行うという事は事実だ。被害者の麗翔が言いがかりをつけてしまえば、奴らが否定したところで信じられはしないだろう。


「そうか……それで街の破壊行為とは、具体的にいうと?」


 そう尋ねられた麗翔は席を立ち、壁に貼られた地図を指差して答えた。


「東西南北にある大きな街を破壊だと言ってました。恐らくエリシム王国の東西南北に位置し、商業的に栄えていて且つ人口も多い街、この辺りではないでしょうか」



「オスト、ヴェスト、ジュード、ノルドの4つの街かな。確かのこの街が破壊されるのは阻止したいところだな」


 麗翔はエリクの理解力に感服して、思わず笑みが溢れる。簡単に話が伝わった事に、肩の荷が下りたようにほっとする──かと思いきや、事はそう上手く運ばなかったのだ。



「しかし疑っている訳ではないが……不確定要素が多すぎる中で大勢の兵を各街に出動させていいものか……それに今日は大切な会議がある王都で何か事件が起こったらしい。俺も詳しくは知らされていないが、そのために多くの兵士王都へ出発してしまったし」


──やっぱり、根拠が弱すぎるか…?


「しかし暴動の起こる可能性が少しでもある以上、見過ごすというのも」


「苦悩の種はそこではないんだ、動かされる兵士達が果たして何も不審に思わず防衛に向かえるかどうか。かくいう俺も、兵士達を動かす立場として、正直これを信用していいものか悩んでもいる……」


 やはり出会って1日程度の仲でここまで大きな問題を話すには、すこし話の信憑性が足りなさすぎるようだ。いくらエリクが優しい人間でも、それは兵士達にも優しいということ。


 正体不明の人物の忠告を素直に受け入れるかどうかと考えてみれば、答えは明白だ。


──でも本当の事です、なんてゴリ押しも通用すると思えない、なら今は何を言うべきなんだ?


 張り詰めた空気を肌に感じる。この場を打開するのはそれ相応の明確な根拠が必要だというのに、麗翔はそんな根拠など伝えることができない。


 かくなる上は、もうこれしかないのだろうか──



「アギロは……」


「……?」


 麗翔は、小さく言葉の始まりをボソリと言いかける。不安で不安でどうしようもないこの状況を打開するには、腹をくくって最後まで突き通す他ない。


 右を見る。そこに座っていた響希は変わらない普通の表情でゆっくり頷いた。きっと彼は本当に全てを麗翔に託しているのだろう。

 

 そんな信頼を、あっさりと裏切る訳にはいかない。


──ダメ元でも足掻いてみろ、この大した事ない頭で、思いをぶつけてみろッ……!




 決死と共に麗翔は深く息を吸い、言い放った。


「僕の観察できた限り、アギロは常軌を逸する迄に異様な性癖を持ち合わせています。それは人の死体を視認する事で興奮を覚えるというかなり残虐で加虐なものです。この国における『罪のない人間が殺される』という罪に対する罰則がどのようなものかは存じませんが、奴は間違いなく快楽殺人者です。奴の属する組織がそういった人間の巣窟だとすれば、どちらにせよ彼らの言う『作戦』というのがどれほど危険なものかは明白だと思います。奴らを捕らえなければその街、最悪この国が大変な事になる可能性だってなくはないんです。取り返しのつかない事になる前に、対策……せめて街の巡回くらいはしても問題ないのではないでしょうか。さらに僕ら3人という、命の危機にさらされた被害者を作ったのは奴らであって、レクサスがいなかった場合──」



「──おい」


 自分でも何を言っているかわからないくらい、咄嗟に長々と意見を述べている最中だった。


 剃刀で物を断ち切るように口を挟み、突然声をかけたのは奥にいたレイヴァンだった。鋭い眼を麗翔に向ける彼は、偉そうに紅茶を飲み干した後に続けて言った。



「お前、何故そこまで怯えている?」


 麗翔は虚を衝かれたように眼を見開き、目尻を冷や汗が通過する。


「え……?」


「お前のそれはあくまでお前の憶測だろう。 早とちりの可能性を考えていない……というより既に確かな未来が分かっているような口ぶりだ」


「───」


 返す言葉が、思い浮かばない。

 確かに既に未来は知っている、だがそれを他人に証明する事は決してできないのだ。考えたくもない事だが、証明のためにカノンを死なせて時間を巻き戻しても、麗翔1人だけにしかそれを認識できないのだから。

 だがそのまま沈黙が続いていると、レイヴァンの方から口を開いた。



「レイトといったか……お前は記憶があやふやでこの国の歴史や地理、それどころか文字もわからないんだろう? なのにこの国について何故そこまで必死になる?」



「奴らがそれくらい危険な存在だから……」


──4つの街で大規模な破壊行為をする程度にはとんでもない連中だ、兵士以外には止められない、それにレクサスは異世界人にも関わらず僕や響希の何かを知っているような様子だった。何らか情報が得られるかもしれない。それと、



「奴らを……ぶっ潰したいからです……!」



「……そうか」



 麗翔は最後に、微かな笑みと同時に怒りを込めた言葉を吐き出した。少し度が過ぎた発言だったかもしれない、だが撤回するにももう遅い。開き直って、じっとレイヴァンを見る。


 そんな麗翔を見たレイヴァンは、疲れを吐き出すように溜息を吐くと、エリクに話しかける。


「エリク、大人数じゃなくても構わない、行けそうな兵を各街に送れ」


「──?」


 その言葉を聞いた麗翔は、キョトンと鳩のような顔つきになる。この状況でどうして、突然こちらの意見に賛成したのか、疑問でしかない。

 それはエリクも同じ様子のようで、彼も麗翔と同じ顔でぽかんとしている。


「勘違いするな、俺は得体の知れないコイツをそう簡単に信用したりしない」


「ではなぜ?」


「以前、ロベリアがこの国へ攻めてきた時、兵団はかなり多くの犠牲者を出したな。その上防戦一方で、もしも途中で突然ロベリア兵が引き返すなんてことがなけりゃ、兵士達は今頃、仲良く揃ってあの世だ」


「確かにそうですね」


「普通に考えて国民は不安になっただろう。国を守るはずの俺達がこのザマで、関係のない街の奴らまでもが多く死んでいったんだからな」


「──」


 エリクは、先程の麗翔のように何も言えなくなった。思い返す事すら拒みたいという程までの、拭難い敗戦の記憶なのだろう。



「これまでの敗北の歴史に比べれば、例えようもなく小せぇことだろうが……国民からの失った信頼を取り戻す為に、少しでも俺達に何ができるか考えてみろ」


「…………」


 するとレイヴァンは歩き出し、響希の隣まで行くと、響希の服の袖を強引に捲り上げてみせた。


「たかだか少数で街を巡回する程度、それができなくて国を守れるのか? ソイツの言葉が真実かどうかは別としても、そこの金髪の噛まれ傷を見りゃ魔獣が出現していることは事実だ。それでもお前は、何もせず呆然と今日を過ごすのか?」


 そう言われたエリクは数秒、俯いて考え込んだ末に、小さな笑みをこぼしながら顔を上げた。


「わかりました、兵を出しましょう。到着してから3時間ほど、東西南北にある各街の警備として巡回させます」


 エリクがやれやれと言わんばかりの表情で、そう言った時。麗翔は眩しいような深い喜びを瞼に浮かべた。


 そして喜びのすぐ後に麗翔の脳裏を掠めたのは、レイヴァンだ。反対派だと思った直後、なぜ突然賛同してくれたのだろうと、疑問が残る。


 ひとまず麗翔は、自分の意見に賛同してくれた感謝は伝えるべきだと考え、席を立ち、レイヴァン向かって頭を下げた。


「あの、レイヴァンさん、えっと……ありがとうございました」


 相変わらずの人見知りぶりだが、それでも自分なりに感謝を伝えてみる。


 するとレイヴァンは、最初から最後までブレる事のない、強く鋭い目でちらりと麗翔の顔を見た末に、部屋の出口へと歩いて廊下に出た。


「言ったはずだ、勘違いするんじゃねぇ。 お前の意見に賛成してやった訳じゃない、お前はあくまで俺の判断材料だ」



 最後にそんな偉そうな言葉を、言い残して。

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