10話 魔法のすヽめ
「え……わ、わたしですか……?」
唐突に魔力が高いと絶賛されたカノンは、困惑したような表情だった。
するとエリクはゆっくり近付き、補足するように言う。
「魔力を感知できる力もまた人それぞれでね、アモネは特に魔力感知能力に長けているんだ。 彼女の言葉は真実だろう」
「はい、アンタは不敵に笑いながらその子に近付かない、戸惑ってるでしょ……まぁ一見、その子の魔力容量は全然使われてなくて退化しているけど、それでも並の兵士を上回るレベルだね。 ちゃんと使い続ければ、兄さんだって越せるくらいの魔法が使えると思うよ」
「あの、すみません。マギアというのは……?」
さらに謎の専門用語で賞賛されるカノンは、より困惑してしまう。褒められる事に慣れておらず、カノンは照れているのだろうが、麗翔もひとまずアモネの話を聞いてみる。
「まずは単語からだね。 大気中にはエーテルっていう目には見えない粒子のようなものが溢れているんだけど、マギアはそれを吸収、貯蔵する役割を担うんだ。そして体内に貯蔵されたエーテル、つまり完全にその人のものとなったエーテルを、私達は魔力と呼んでいる。」
「何というか、すげえ何言ってるかわかんない」
隣の響希はぽかんとしながらそう返すが、それも響希らしいといえば響希らしい答えだろう。むしろそれが当然なのかもしれない、ライトノベルが好きな麗翔自身も頭が混乱しそうなのだから。
それはそうとして、マギアを褒められたカノンは普通の兵士よりも強大な魔法を使え、貯蔵量まで多いとなると、そんな大魔法までポンポン連発できるという事だ。つまりは──
「怒らせたらぶち殺される……!?」
「そっ、そんなすぐ殺しませんし怒りませんよ!?」
麗翔の恐れをなした言葉を聞いたカノンは、反射的に首を振って九九を間違えた小学生のように、急いで打ち消した。
「とまぁ、カノンだったかな? あなたはそんなところだね。次に黒髪の君、レイト君のマギアだけど…」
本の一章を捲るような興味と期待で胸を高鳴らせながら、言葉の続きを待つ麗翔だが──アモネは申し訳なさそうな苦笑いを浮かべながら呟いた。
「うーん。兵士としては少し頼りないというか、一般人くらい……かな?」
「うっそ……!?」
期待に背負い投げをかまされ、若干傷つく麗翔。 異世界ものといえば主人公が実は才能溢れる人材だったパターンが多いはずなのにと、理不尽な世界を恨んだ。
するとアモネは、何かに気付いたように眉のしわを寄せて、じっと麗翔を見ながら補足した。
「あれ、レイト君は……もしかして生まれてから一度も魔法を使ったことがないの? 普通は子供のうちに遊び感覚で魔法を使う事が多いハズなんだけど」
「えっ、いや、全く使った事ないというか魔法の存在すら知らなかったんですが……」
「あ、敬語は使わなくてもいいよ。 それにしても君のマギアはカノン以上に退化してるね……。 でもただ退化しているだけだから鍛えれば兵士の水準レベルの魔力は身につく、心配はいらないかな」
努力さえすればきちんと魔法が使える事に麗翔は安堵の息をつく。大して褒められたような魔力ではないが、異世界にきておきながら魔法が使えないという最悪のパターンではなくて安心したのだ。
そしてその次にアモネは響希をじっと見るが、どこか難しそうな顔をしていた。
響希も違和感に気付いたのか、首を傾げてじっとアモネを見るが、すぐに彼女は疑問を口に放つ。
「おかしい……」
「え、何が?」
アモネは再びじっと響希を見つめた後に顔を上げて響希を見て、はっきりと言った。
「ヒビキ君、君からは全く、一滴たりとも魔力を感じない」
「え──?」
一般人なら誰でもあると言われ、同じ人間である麗翔にもあった魔力が、響希には一滴もないと言うのだ。
「誰でも体内にあるはずのマギアが、君の身体からは存在すら感じない。 稀にそういう人間もいるって聞くけど、実際に見るのは初めてだよ……」
「えーと、つまり魔法は……?」
ひきつった苦笑を浮かべながらも響希は最後の望みをかけて問うが──
「これはちょっと無理かな……」
「まじかよおおお!?」
むずかる子供のように響希は地団駄を踏む。剣と魔法の異世界に来ておいて、麗翔ですら使える見込みのある魔法が使えないとはとても悔しいだろう。
するとアモネは宥めるように言った。
「でも落ち着いて! レイト君もヒビキ君も、今までの人生で全くと言って良いほど魔法に頼らなかったからなのか、筋力はそこらの兵士を普通に上回ってる!」
「ってことは素手のタイマンなら無双できるってことか!?」
「うーんと……魔力は魔法として放つだけじゃなく、身体能力増強もできるから…結局は魔力がないと近接戦闘も難しいかな……」
「お……おう」
響希は心が細くなってそうな表情で、しょんぼりとなっていた。顔文字みたいな顔をしているが毎度毎度素晴らしい顔芸だ。
「でも魔法だけが兵士じゃないんだろ!? 例えば剣とかそんなの! 大丈夫だって!」
いつも明るい響希が珍しくしょんぼりしているので、一大事だと思った麗翔はそう言って無理矢理明るさを取り戻そうとする。
「おお、それもそうだな!」
すると響希は万遍の笑みでそう答えたのだ。何というものだろうか、この男は単純、というよりチョロすぎると麗翔は呆れてしまう。
だが、そんなところも人見知りの麗翔が親友として心を許せる理由の1つなのだから、きっと悪いことではないだろう。
そんな彼が、唯一の親友なのだから。
* * * * * * * * *
それからしばらく経ち、アモネと共に麗翔、響希、カノンは敷地外の平地まで進み、周りに何もない事を確認した上で──
とうとう魔法を練習する時が来た。
「魔法といっても人それぞれ適正がある。 そして火、氷、土、風とある属性の中で、人によって使える属性が違うことがあるの、多くの人は1つの属性しか使えないけど、2属性3属性と多く使える人もいる。 死ぬ気で頑張れば自分に合わない属性の魔法も使えたりするけどね、まずはどの属性の魔法から試したい?」
「やっぱ最初は火でしょ! 攻撃魔法といえば火でしょ!」
そう子供のようにはしゃぎながら言うのはカノンでも麗翔でもなく──響希。
「えっと、なんで響希が一番はしゃいでるんだ……?」
「ホラホラ俺なんて気にしないでとっとと魔法うっちまえ!」
──いや、気になるわ
当事者より傍観者の方が凄まじく高いテンションとはどういうことだろうかとは思うが、それもまた響希らしい。
そしてアモネは仕切り直して説明をする。
「まぁよし、火でいこう。 火はあまり得意分野ではないんだけど……」
そういうとアモネは手を前に出し、人差し指の先を天へと向ける。その指先に第六感としかいえない何かが反応し、何かしらの言葉に表せないような力がこもっているのを感じとる。
その刹那、人指し指先の少し上あたりから小さな光が灯り、弾けるような音と共に小さな炎が点火された。
「すっげえ……」
感動のあまり麗翔は唖然とその小さな炎を見るも、アモネはすぐにその炎を消し、言った。
「今のは物を燃やす魔法イグニス、マギアから放出したエーテルは温度を高めたり低めたりもできるんだけど、それを……といっても難しいよね。ともかくこれは熟練するとそこらの木一本くらいすぐに燃やせる魔法よ。ひとまずやりながら覚えてみましょう」
「といっても、魔法ってどうやって……」
今まで魔法の存在を信じなかった自分が改めて魔法は実在したのだと知ると、何だかできそうな気はしてくるが、いざやろうとしてもやり方が全くわからない。
「内心で魔法が出ないと思っていたら一生出ないよ。まずはちゃんと魔法を信じること、そして想像力、エーテルを自在にコントロールするには想像力も大事になってくるの。そこから自分の中にある魔力を出そうとして出せばきっと魔法は使える……って説明が下手でゴメンね」
確かに曖昧すぎる説明だが、例えるならば唐突に唾の出し方なんて聞かれても説明は難しいだろう。異世界人からすれば、出そうと思えば出せるものなのだ。
「指先で着火させるだけだから、力は入れすぎないように、それでも全力でやってごらん」
だから麗翔は、手のひらを前に向け、この世界に来た時から何となく身体中に存在していたような気がする何かを、全身の力を使って体外へと思いっきり出す。
しかし、何も出ない。白けた空気だけがその場を漂う。段々と恥ずかしさが込み上げてくる麗翔だが、そうしていると、アモネは呆れた笑みを見せながら口を開いた。
「火の魔法はちょっと向かなかったみたい……かな、それなら氷でも試してみる?」
「は、はい……」
気を使ってくれた発言に感謝しながら目をそらす麗翔は、ぎこちなく笑って頷く。
「それじゃあ次は氷ね、本質は炎と同じ、氷を出すってイメージが大切なの」
「イメージ……」
それを聞いた麗翔は、思い切り氷をイメージしてみる。冷たくて冷たくて、熱を奪う絶対零度の氷を。
気付けば、身体中に燃え盛る炎が行き渡ったような熱を強く感じていた。全身に迸るその全てを、右手からひねり出し──
「なんとなくわかったような、気がする──ッ!」
瞬間、手のひらからバスケットボールくらいの火球が出たかと思うと、火球は鋭い火の粉を撒き散らしながら手から少し離れた位置で浮き上がり、その場に留まる。
「なんで炎が出るの!? て、熱ッ……!!」
「放って!」
氷を出そうとしたのに火球が出るという不可解さはあるが、恐らくは自分が不器用なだけなのだろうか。
ともかく放ち方など知らない。ただそれでもともかくアモネの声に従い、ボールのようなそれを、思い切りぶん投げる感覚で。
目線の先にある岩へと、身体中に漂う得体の知れない何かを全て、をぶつけるように放つ。
すると火球は凄まじい速度で真っ直ぐ進み、岩に叩きつけられる。
岩の欠片と火の粉がそこら中に飛び散り、体温のような熱風が広がるが──
「ぶがぁ──!?」
同時に麗翔は火球を放った反対方向へと吹っ飛び、坂道を転げる果物のようにゴロゴロと転がりまくる。
「あ、え……」
あれ、と言おうとする声すらまともに出せない。身体中の力全てを外に放ったようにもう立ち上がる気力すら起きなかった。
──全力すぎた、っていうか全力であの威力なのか
「全力とは言ったけど、本当に全部出し切っちゃうとは思ってなかった……いやまぁ初めてだし仕方ないのかな?」
──火球の大小を調整とかどうやるんだよ……あぁ、ホント不器用だなぁ
「今のは物を燃やす魔法のイグニスじゃなくて……火球を生み出すフレイムって魔法かな……? それに威力が弱いとはいえ一瞬で全魔力を放出したとなると身体の負担も大きいだろうね。 ヒビキ君、あとでレイト君を兵団基地まで運べるかな?」
「え? あ、おう」
「うーん、まぁレイト君は仕方ない、休んでていいよ。 とりあえず次はカノンちゃんに魔法を教えるね」
「あ、ハイ! お願いします」
いつも目立たない位置にいるカノンが、気迫を込めたような声を出す。そんなカノンを遠い目で見ながら、ヘトヘトの麗翔はだんだんと目が虚になり始める。
やがて響希が気が付いた時には、静かに眠りについていた。




