水無月咲也(29歳)の日常。
水無月咲也、29歳。東京の某有名大学院にて生命工学の勉強を進めながら、研究助手になりました。
頭脳明晰、運動神経も良し、人望も厚くさらに何回か死にかけているが、必ず戻ってくる生命力の強さを持っています。(悪運が強いともいう。)
個人的な趣味と利便性の為、ほとんどスーツの上に白衣を着て生活をしています。
フランス人とのクォーターとしてのポテンシャルは相変わらず高く、さらに持ち前のサービス精神から気を付けないと某事務所のアイドルと勘違いされたり、はたまたホストにスカウトされたりするあたりも変わりないのですが、最近は研究所から出ないことも多くなったので、女性トラブルを巻き起こすことは減ってきました。
かわりに、変な魅力から男性陣の人気が上がってきたとか来てないとかはまた置いといて、そんな彼ですがどんなに研究に没頭していても忘れないものがあります。
「咲也、なに難しい顔したままパソコン見てるんだよ?なんかデータにおかしいところでもあったのか?」
先輩がかれこれ数時十分パソコンの前で腕を組んでいる咲也君を心配して声をかけると、彼はとても切なそうな表情を浮かべて顔をあげました。(この表情が男性相手にも評判がいいとかよくないとか…)
「妹が…妹がお局様との戦いで苦しんでいるのに、何もしてやれないなんて…俺って駄目なお兄ちゃんですよね…。」
「…咲也、前みたいに妹さんのもとにすぐに駆けださなくなったのは成長したけど、妹のツイッターの呟きに一喜一憂するの直そうか。」
「イヤです。なんで離れ離れでなかなか連絡も取れなくなった妹の動向を探るのをやめられるんですか!やめられるはずがない!こうしている間にも泣いたり笑ったりしていると思うと………ちょっと仙台に帰らせてください!」
そのままおもむろに立ち上がった咲也君を全力で押さえつける先輩と同時に察知してそれぞれの守備位置につく他の研究員たち。さながら野球の攻守交代のような姿です。
ちなみに窓からも逃げたことがあるらしく、窓を抑える係もいます。
「おい!咲也の病気がはじまったー!みんな出口塞げー!」
「行かせてください!!男が廃る!!」
「廃らないから、落ち着け!妹ちゃん大人になったって喜んで見守るんだろ!?」
「いい加減妹ちゃんが急病レベル以外は出さないからな!」
「俺が気になって病気になりますー!」
「安心しろ、おまえはとっくに末期だ!」
余談だが、毎度定期的に妹のもとに飛んでいくと、彼の場合シャレにならない物理手段を使って文字通り飛んでいくのだが…この不毛なやりとりによって、この研究所の団結力はとても強くなったらしい。
いくら運動能力も良いとはいえ多勢に無勢、そして対咲也捕獲作戦を練られてからは抜け出せなくなり、結果として、落ち着くまで椅子に固定されることになった咲也君は、机に頬をつけながらうなだれています。
「…時代は便利になりましたよね、前は困ったことや楽しいことがあったらすぐに、兄さん、兄さんってメールや電話でその日の連絡やらがあったのに…今ではこうしてツイッターを覗き見る日々…決めました、俺、タイムマシンを作って妹がツイッターを始める前に戻ります!」
「壮大な野望をしょうもないことに使うな…そして、お前が言い出すとツイッターになにかやらかしそうで怖い!」
末恐ろしいのは、この男、理系に関してのポテンシャルがすこぶる高い。
さらに、やると言ったことはほぼ間違いなく達成する。
妹との連絡手段確保のために世界線さえ超えかねない男でした。
「あーーー!!!妹が、妹が『悪い流れを断ち切るためにすごく髪切った!』って呟いてるー!!パッツン前髪ショート可愛いけど、ツインテ七海たんがーー!!!」
「お、本当だショートも可愛いじゃん…そしてツインテって妹ちゃんお前の二個下だろ?そろそろきついだろ…」
「きつくない!七海は今でも高校生に間違われるロリ顔だから問題ないんだよ!ずっと黒髪ストレートだったのにこんなに切るなんて…七海たんがそこまでして断ち切りたかったもの、俺が断ち切る!」
いきり立って立ち上がろうとした咲也君のおでこの押されると立ち上がれなくなるツボを押して、とどめる先輩…本当に毎度苦労した結果この絶妙なタイミングを編み出したらしい。
「なんていうか、他人事ではあるが…もはや咲也のおかげでこの研究所の妹化してきた妹ちゃんだけど…自分で断ち切ろうって頑張りだしたあたり大人になったなぁ。はじめは本当に咲也が物理的に問題解決に行ってたもんな。」
しみじみとして頷く先輩の姿を目にして、はっとしたようにピースサインで自撮りをしている七海ちゃんの写真を見返しながら、なんとなく感慨深そうにする咲也君。
「確かに…頑張っているんですね…うん、ところでこの髪切った美容師って男じゃないよな!?って確認したくてたまらないんですが…電話だけさせてください…。」
「どうせ止めたら研究に集中できないんだろうから、電話して来い。」
「ありがとうございます!すぐ戻りますから」
走り去る咲也君を見ながら、なんだかんだとみんな肩をすくめます。
「とんでもなく、大切なんだろうな。」
「ある意味あそこまでだと羨ましいですね。」
人気のない喫煙場でスマホを片手に、前髪を真剣な瞳でかき分ける咲也。
コール数が重なるたびに、ため息が深くなっていく。
影が肩を落としていく。
「…もしもし、七海?あぁ大丈夫、元気だよ。さっきツイッター見たんだけどさ、髪切ったんだな。うん、似合ってる。可愛いよ。」
電話越しに照れ笑いをする妹の声に気が緩んで、なんだか泣きそうになる。
「…俺に助けてほしくないか?」
もし、助けてというのならすぐにでも駆けつける。
いつか就活を考えたときに「転勤は可能か?」と聞かれて悩んだことがある。
仙台を離れたら会う回数は少なくなる。その精神的な不安に耐えられるのか…。
そんな時震災があった。
あの時も妹と会う予定で仙台まであと少しの距離を車で運転していた。そこで被災し、自分のため、そして守れる範囲の人のためがむしゃらに走り…妹と会えたのは桜が散るころだった。
その時に思った。
距離じゃない。
たとえ国外にいたとしても、手段さえ選ばなければ下手したら、国内よりも早く帰ってこれる。
距離は物理的に目に見えるから不安になる。
遠いと感じる。
でも、本当に大事なのは「帰る」という気持ちなんだ。
その意志が強ければ、距離なんて関係ない。
俺は、すぐにでも駆けつけることができる自信がある。
だから、お互いのためにも東京に進学することを選んだ。
ー…もうちょっと、頑張れると思うの。ありがとう…心配かけてごめんね-
答えに胸が締め付けられる。その選択が俺のことも妹のことも強くしている。
泣きついてきた妹をいつも自分のそばに置いておきたいというのは俺のエゴでもあったんだ。
それなら、俺も成長した兄としての姿を見せなくちゃいけないよな…とニヒルに笑う。
「なぁ、七海…俺は今お前の仕事の内容も詳しく知らないし、会社に勤めるってルートの社会人になっていないって点においては俺はもうお前にアドバイスなんてできない。でもな、だからこそ七海、お前が今一番その仕事のことを知っていて、考えているんだ。
だから他部署やお前の仕事をやったことないやつに何を言われても、ちゃんと胸を張って仕事をすれば大丈夫だ。必ず誰かが見て評価している。
…よく、大学院生の時論文書くと言われたろ?『現場を知らずに綺麗ごとを語るな』って、それと同じだ。あはは、俺も言われてるよ。…でも俺は綺麗ごとを現実にしてやる。
もちろん相手に対してもだけどな、七海は人の仕事に対してただケチをつけるような子じゃないのはお兄ちゃんがよく知ってるから…お前らしさが認められるまで、無理をしない程度に…そして迷惑をかけない程度に自由にやりなさい。」
妹も一度は大学院で研究生として歩んだ道を「社会を知らなくちゃ、できない部分がある」と今年から就職という道を選んだ。
いつも自分の後をついてくるような進路をとってきた妹が、自分で選んだ道だ…それを誇らしく思う。
だからうまくいってほしい。
負けないでほしい。
背中を支えてやりたい。
受話器の向こうの声が震えながら、感謝を告げる。
大丈夫、離れていてもこうして心は繋がっている。
「あ…ところで七海、もう一つ大切な話があるんだけど髪の毛担当しているのって前の女性の美容師さんのままだよな?…え?今独立の開業準備で担当が変わった…あぁ…うん、いや確かに切り方ちょっといつもと違ったなって、いや、似合ってる!めちゃ可愛い…ただ大事なことを聞くけど、新しい担当も…女性だよな?」
ー今は女性なんですが、その方赤ちゃんできたそうで、髪短くしたから頻繁に切った方がいいねって、前シャンプーしてくれていた男性の方に引継ぎ中なんです。じょうずですよねー。-
その後、断末魔のような悲鳴とともに仙台に帰る、帰らせてください、3bですよ!?妹はちょろいところがあるんです!と支離滅裂にわめきまくり暴れだし、採取的には土下座しだす咲也が目撃されることになったのは言うまでもない。
それが涼風のブレないキングオブシスコン男、水無月咲也(29)の平和な日常である。