涼風式2017年新年会
あの時、どんなに泣いたことも、笑ったことも、怒ったことも…時がたてばすべて私たちの身となり糧となる。
劇団「涼風」、家庭や学校、社会でうまく生活できない子どもたちを団長が「スカウト」という名のある種の誘拐を行って集めて、作り上げた大きな家族。
年長者は自分たちの知識を教え、年少者も自分たちの得意なことを年長者に教える。
そして、感情を表現するすべを失ってきた子どもたちは「劇」を通じて、どんどんと自分らしさを見出していった。…少々過剰ともいえるほどの個性を身に着けて。
ただ、もともとが事情を抱えていた彼らには、時として予想外で非常ともいえる試練がのしかかる。
一人ならば折れていたであろう試練。
それらを一緒に乗り越えられるのが「涼風」という家族。
そうして彼らは辛さも涙も笑いもすべてを糧にして、大人へと成長していった。
そして、2017年…当時最年少だった「菱沼七海」が27歳となり社会人の一員となった現在。
「お疲れ様です!お先に失礼しますー!!」
足早に更衣室を後にして、調子はずれな鼻歌を歌いながら会社を後にする姿はいまだに高校生と見間違われる少女(27)。お気に入りのふわふわ猫耳帽子が揺れるたびに幼さへの執着が見られる。
片手に持った紙には「涼風、2017年新年会のお知らせ」の文字。
どうやら劇団の新年会へ向かうために、ご機嫌で歩いているらしい彼女だが…主催者は重要なことを忘れていた。
何を隠そう、七海ちゃんは一歩目から逆に進める超OL級の方向音痴だ。
今回も例にもれず丁寧に地図を見ているわりには、真逆に進んでいる。
「あ!!」
そして、何の前触れもなくストップする。
とてとてという効果音がぴったりな感じに彼女が走り寄っていったのは、巨大なねこのぬいぐるみが飾られたクレーンゲーム。
そのまま吸い寄せられるように、ふらふらと足を踏み入れ…
「ねーこー、ねーこー!ふふふ…みんな驚くぞぃ!」
クレーンゲームという貯金箱にお賽銭を入れていく。
ところ変わって新年会会場。
昔は共同生活を送っていたけれど、それぞれに仕事についたりしたため久しぶりの再会を喜ぶ団員達。
「それにしても、咲也のチャラさ相変わらずだな。」
「チャラくねーし、そういうくーの硬さの方が異常なんだよ。」
10人いたら9人は振り返る甘いマスクに、長身、明るい小麦色の少し長めの髪、やや日本人離れした顔立ちの青年、水無月咲也が、自己流に着崩したスーツの襟を正しながら、同じく長身ではあるが、正反対に黒髪で教科書通りにスーツを着こなすくーこと黒崎一護に食って掛かる。
ちなみに咲也が前団長、黒崎が現団長であるせいか年上のわりに黒崎さんは咲也に敵わない節がある…というか口の達者さから咲也に勝てる男性団員は少ない。
「そんなんだから、弁護士になったのに彼女もできないんだぜー、黒崎ーいちー…」
いたずらっ子のように瞳を輝かせる咲也の口を必死に抑えにかかる黒崎さん。
「フルネームはやめろ!マジで!」
彼はフルネームにとんでもないトラウマを抱えている…その点に関してはわかる方は察してやってください。
「はぅぅ…相変わらず二人の絡みはおいしいよーー!」
「はいはい、落ち着いてあいにゃ、それよりななはまだ来ないの?咲也と一緒かと思ってたのに!」
「…七海さんと就職してからお会いできていなかったので楽しみにしていたのですが…。」
かしましい三人娘、BLと美少年大好きゆるふあお姉さん、葉山藍音、細い三つ編みにツンデレの元気なお姉さん、小波亜水弥、クーデレ…デレたところは相当レアな男嫌いが行き過ぎて男は近寄ると命にかかわる黒髪ポニーテールの小野原渚仲良し三人組がやってきました。
「そうだ、俺も咲也とくるんだとばかり…」
そう呟いた黒崎さんは、暗い顔をしてぶつぶつつぶやいている咲也君を目にすることになったのでした。
「…もぅ、ななだってお子様じゃないから一人で行けるもん…いつまでもお兄ちゃんがいないとなにもできないななじゃないの…ってななが!!俺の七海たんが!!兄離れなのか!?ついに兄離れなのか!?いやだーー!!七海は俺がついていないと生きていけない七海じゃないとダメなんだー!!」
血の涙でも吹きかねない勢いで、黒崎さんの肩をつかみ前後に振る、ブラコンコンビ兄。
それこそ、咲也君が東京の大学院に進まなければならばくなった数年前までは、ブラコンコンビ妹七海ちゃんがべったりとくっついて離れないことで有名でした。
「久しぶりにこの病気も見たわ…でも、やっぱり遅いし連絡も付かないから様子、迎えに行った方がいいんじゃない?」
「…でも、こちらに向かっている途中だと行き違いになってしまうかもしれませんよ…」
「まず、まず手を離してくれ!!」
「青くなっている黒崎さんも可愛いよー!」
話が一向にまとまらないのも変わりなしでした。
「なー、七海の就職先ってこの近くなんすよね?なら俺、会社まで走って…」
「俺が行く!」
「いや、だって…咲也は仙台離れてたじゃないっすか?駅前はだいぶ変わったすよ?」
「俺は七海の居場所なら、においでわかる!」
気を効かせて口をはさんだ元祖体育会系の青木太陽、わんこのように表情豊かなしっぽが見えるような可愛らしさがあります。そして、まさに今そのしっぽがしょんぼりしています!
そうして団員たちを軽く「やっぱこいつヤバいよ」と引かせて、咲也君の七海ちゃん探しが始まりました。
「七海の会社からここまで、徒歩で10分…や、七海の歩き方なら17分か、定時17時30分でどうせ余計なことして18時に会社を出たとして、今は18時45分さすがについていいはずだ。…ということは、どこかでひっかかっている…そしてこの近辺で七海が気をひかれるとしたら…あそこだ!!」
真実はいつも一つとでも言いたげに、軽やかに走り出す咲也君。
むかった先は件のゲームセンター。
そしてそこには、ぴょこぴょこ猫耳帽子を揺らしながら、ガラスにへばりついている七海ちゃん。
「いた!七海、まったく…みんな心配しているんだぞ!?」
兄としてここは、強く叱らなければならないとその肩をつかむと、七海ちゃんはふにゃふにゃと今にも泣きだしそうな表情で振り返りました。
「な、どうしたんだよ!?なな、いじめられたのか?会社でなにかあったのか?」
「ふぇぇ、咲也兄さん…ねこさんとれないよー…ねこさんもふもふしたいよー」
「ね、猫?あぁ…わかった、お兄ちゃんに任せておきな!」
妹の敵は兄がとる!!とばかりに腕まくりをして、胸元にしがみつく妹の頭を撫でながら、見事にミイラ取りはミイラになった。
「いいか、七海、こうなった時には重心を見るより、まず動きそうな場所を探すんだ。例えばあのひっかかってる奥の足…ここをおすっと、ほら!」
「わ、持ち上がってるーーすごいすごい、はまっちゃって詰んでたのに!!」
真剣な瞳で兄を見つめる姿に、嬉しそうに兄は調子に乗っていく。しっかりと叱らなければならないという心は妹の喜ぶ顔見たさに遠くに飛んで行っていた。
ちなみに七海ちゃんをゲーセンマニアにしたのはほかならぬ咲也君が、ぬいぐるみをとると喜ぶ七海ちゃんに対して過剰なまでにクレーンゲームの楽しさやら極意を教えてしまったからである。
なんでもかんでも兄の真似をしたいお年頃だった頃があるのだ。
「あとは、このまま首のとこにアームを入れて横にずらして…よし!」
「ねこさんだー!ねこさんが大体半分落ちてきたー!さすが咲也兄さん!」
「最後に後ろから押し込めば!」
「…押し込めば!じゃない…このアホ兄妹!集合時間とっくにすぎてる…」
がこんと猫が落ちる音とともに、振り返った二人の前に立つ青年。
「おー!信也兄さん、お久しぶりです!」
「お、信也久しぶりだな!」
「…スマホチェックしろよ、みんな待っている。」
「兄さん、大変です!この猫さん非常にふかふかです。クオリティぱなぃです!」
「あー、猫を抱っこしているはずなのに、猫に抱かれているような七海たん可愛い、可愛い過ぎる!からお兄ちゃんもぎゅーする!」
「きゃーー!もふもふー」
「この抱き心地最高!七海たんぱなぃ!」
「きゃー、セクハラちっくー」
猫耳帽子の女の子(27)が大きな猫のぬいぐるみを抱っこし、それをスーツ姿の男がまとめてさらに抱っこする異様な光景を前に、もはや蚊帳の外にされた神山信也君。
ただ、年齢順に言うと咲也→信也→七海の順に一つ違いで並ぶためなんとなく真ん中に入れないのも寂しさを覚えつつもクールを気取って「関係ないね…」とつぶやきながらその様子を見つめているのです。
道行く人たちが遠巻きに見つめるようになってきたのに気が付いたころに、とりあえず落ち着くシスコン&ブラコンコンビ。
「…いい加減に新年会に行くぞ…」
「あり?咲也兄さんがななのこと探しにきてたどり着いたのはなんとなくわかるんだけど、信也兄さんはどうしてゲームセンターにいるの?」
「そういや会場にいなかったよな?なんだー、信也ナニしてたんだ?」
昔から兄に絡まれると勝ち目のない信也君は「なんでカタカナ発音なんだよ…」とつぶやきながら顔を伏せるのでした。
「およ?その大きな袋、なに?」
そして後ろに隠していた大きな袋を妹に指摘される瞬間。
28歳にしてエロ本を家族に見られた中学生のように慌てる信也君を咲也君が見逃すわけなく、あえなく袋は開封されたのでした。
「あ、これ、ななが欲しかったけど取れなかったやつ!こっちは亜水弥姉さんが好きなアニメのぬいぐるみ、これは黒崎さんがハマってたブランドコラボの時計だー!すごい、すごい!!」
つまるところ、久しぶりに会う家族のために、それぞれの好きなものをお土産に準備していた健気な信也君。途中で七海ちゃんを見つけたので声をかけようとしたらなんだかんだと声をかけそびれて、今に至る…非常に不器用な青年(28)。
その健気さに気が付いたお兄ちゃんは感動から、思わず彼を抱きしめたのでした。
「信也ーごめんな、おまえは相変わらずいいやつだな!よしよし!」
「ちょ!やめろ…恥ずかしい!」
長身のスーツの男性二人がわちゃわちゃとしている中、一人そっと距離をとった猫耳帽子の七海ちゃんは周りからこそこそと言われている兄たちに向かってスマホのカメラをむけ二人の姿を連写して…
「えっと、兄さんたちが感動の再会を終えたらむかいます…っと!送信!」
何事もなかったかのように、会場で待っている他のお姉さまたちに向けてラインを送ったのでした。
彼らの新年会が始まるのは、まだもう少し先になりそうなのでした。