side:A
side:A と side:B の二話構成です。
(side:A)
教室がある三階から二階に降りる階段の途中だった。
階段が折り返す踊り場で、俺の顔を見るなり寄って来て進路を塞いだ。そして、赤い包装紙にピンクのリボンが掛けられた可愛らしい箱を差し出す。
「先輩、好きです!」
差し出された赤い箱は小刻みに揺れていた。
俺がどんな素晴らしい言葉を並べても、彼女は傷つき俺は傷つける――
* * *
――四年前
「ねぇ、正志。今年のバレンタインはどんなのがいい?」
二月の初旬、理沙と付き合い始めてから二度目のバレンタインがすぐそこに迫っていた。去年は、理沙手作りのチョコレートを貰った。ココアパウダーのやつが美味しかった記憶が蘇る。
「んー、そうだなぁ。ココアパウダーがかけてあるやつは?」
去年と同じものでも構わない。理沙が作ったものであれば何だって美味しく感じるし、実際美味しかった。
「それじゃ、去年と一緒じゃん!」理沙はふくれっ面をしてそう云った。
「じゃあさ、理沙がこれ以上のやつはないって云うスペシャルなやつ」
俺にとっては、理沙が作るもの全てがスペシャル。理沙は満面の笑みで“わかった”と云った。
バレンタインまで三日。理沙のスペシャルなチョコレートってどんなのだろうと期待は膨らんだ。
理沙にリボンを付けて、“今年は私がプレゼント”なんてことを想像し、あまりにもチープな想像に笑いが出た。もうすぐだ。俺は踊る心を抑えきれず、その日が来るのを指折り数えて待った。
――朝から上機嫌で家を出た。いつもと変わらない通学風景。冬の寒空がどこまでも蒼く突き抜けていた。そこに、自分の吐いた白い息が吸い込まれていく。そんな白い世界でも、学校へと続く道にはしっかりと色が付いていた。
住宅街を抜け、少し大きな交差点に差し掛かると人だかりがあった。何かあったのかと気になったが、遅刻ギリギリだった俺は学校へ急いだ。
いつもと変わらない風景。いつもの仲間。違うのは、朝から義理チョコが飛び交っているところだろうか。其々が気軽に渡し気軽に受け取る。そんな感じだった。本命である人へ渡すチョコレートは後でゆっくり渡すのだろうか。そんなことを考えながら席に着いた。
席に着いた俺は違和感を覚える。二つ斜め前にいるはずの理沙の席が空席だったからだ。いつもは俺よりも早く席についている理沙。昨日頑張ってチョコレート作って寝坊したのかと思っていた。俺は始業ベルがなるギリギリに駆け込んで来る理沙をどうやっておちょくってやろうかなどと考えていた。
――そして、理沙が現れないまま始業ベルが鳴った。
いつもであれば、担任がベルと同時に入ってくる。音沙汰のない教室がザワつき始めた時、ドアを開けやっと担任が入ってきた。
いつもと変わらない風景。出席を取る担任が、理沙がいないことに触れる事はなかった。風邪か何かで休みの連絡を受けているのだろうか。その時は思っていた。
ショートホームルームが終わり、一時限目が開始になる前の休み時間、隣のクラスの女子が慌てて俺の名を呼んだ。理沙と同じ部活の子で、理沙と付きあってる事も知っている。
「正志君! 大変! 理沙が……、学校近くの交差点で――」
その言葉を聞いたあとのことは良く覚えていない。ただ、学校を飛び出したと云うことだけは微かに記憶にあった。
薄暗く電気の点いた廊下の長椅子に理沙の両親が腰を掛けていた。しんと静まり返った所に、俺の歩く音だけが響いている。
「正志君……」
彼女の母親が俺に気づき声をかけてくれた。
――彼氏が出来たら家族に話す決まりなの。と、彼女と付き合い始めてすぐに両親に紹介されていた。お陰で親公認の付き合いだ。
「理沙……、理沙がね――」それ以上は言葉にならなかった。
俺は、身体の力が一気に抜け落ちたように、長椅子に崩れ落ちた。そんな俺に、母親が一つの包みを渡してくれた。
「これ――、これね。潰れているけどあなたのよ」
俺はそれを受取り膝の上に載せた。
赤い包装紙に、黒いタイヤの後が付いていた。
開けてみると、箱と共に潰されたチョコレートが四粒入っていた。
『ピンク、オレンジ、茶色、紫』
とても、美味しそうなチョコレート。個々にハートや星などの飾りつけがしてあり、彼女の俺に対する気持ちが十分伝わってくる手作りのチョコレート。心臓が握りつぶされているのではないかと思うほどの痛みを感じた。綺麗にラッピングされ、可愛いリボンまで付いた箱の上に大粒の涙が落ちる。心に溜まった涙が、締め付けられて出てきているみたいだった。
理沙……。理沙――。
俺はこの時からチョコレートを食べることが出来なくなった。
* * *
――ごめん。
俺はチョコレートを渡す彼女に心の底から詫びた。
「他に好きな子いるんだ――。だから、ごめん――」
「そう……だったんですか……」
彼女は、今にも泣き出しそうで逃げ出しそうな、そんな顔をしている。そして、何かを決心したかのように俺の目をみた。
「それでも構いません! 先輩の為に手作りしたんです。貰ってもらうだけでいいのでお願いします!」彼女はそう云いながら、更に箱を前に出した。
正直、受け取っても食べることが出来るか分からない。しかし、彼女の一生懸命さに押され受け取ってしまう。
「ありがとうございます」と、彼女は階段を駆け降りて行った。
家に帰って彼女のくれた箱を開けると、中には四粒のチョコレートが入っていた。
『ピンク、オレンジ、茶色、紫』
どれも綺麗に飾りつけされている。それは、理沙があの時に渡してくれるはずだったチョコレートのようだった。箱の蓋裏にメモのような紙が二つ折りになって貼り付いていた。俺はそのメモを手に取り広げてみる。
ピンクは苺――『尊敬と愛』
橙はオレンジ――『愛らしさ』
紫はグレープ――『信頼』
茶色は、普通のチョコです。他のチョコがダメだったら食べてください。
そう書いてあった。
普通のチョコレートが入っているのは、彼女の気遣いだろうか。一個でもいいから食べて欲しいと言う彼女の願いなのかもしれない。
俺は四年ぶりにチョコレートを口に運んだ。
――苦い。
四年前は甘く感じたチョコレート。
理沙が苦言を呈しているように苦かった。
“私の事は忘れて、前を向いて歩いて” と。




