戦い続けた男勇者の話
昔々、ある城下街に一人の男がおりました。彼は街一番の剣の使い手で、その噂を聞き付けた王様が彼を城に呼びました。
「そなた達は、剣や魔法に心得があると聞く。そこで頼みがある。現在、魔王たるものが世界を征服しようとしている。その存在は皆も知っているであろう」
当時、この世界には魔王という恐ろしいものがおりました。魔王は世界征服を企み、その手下の魔物達が世界で暴れておりました。
人々は魔物を恐れ、村や街の外へでることを怖がっていたそうです。
「そこでだ。魔王を倒してきてはくれないか? もちろんそれ相応の礼はする」
王の言葉に男は躊躇いました。
「わかりました。必ず魔王を倒しましょう」
そんな彼とは対照的に、隣にいた女は即答しました。彼女もまた王様に選ばれた存在で、街一番の魔法の使い手でした。
「あなたが嫌なら、私は一人でも行くわ。行かないの?」
彼には仕事があります。だから魔王を倒しに行くことに、最初は抵抗があったそうです。
「あなたの店のパン、私は好きよ。でも魔物がはびこるせいで思うように材料が届かず、生産数は減り値段は高くなってる……このままではパン屋どころじゃないわ。どんどん生活が脅かされる。その原因が魔王にあるなら、どうにかしなきゃいけないと思うの。違う?」
男と女は勇者と呼ばれ、旅立ちました。途中で魔物に襲われましたが、深い傷を負うこともなく進みます。
今日は小さな村に立ち寄りました。そこでは森に魔物が住むせいで木の実が取りに行けないと村人が歎いておりました。
男は魔王を倒すことだけを考えていました。それを告げると、女は有り得ないと白い目を向けました。
結局、女に逆らえず森に行き、魔物を倒しました。その死体を土に埋め、女は言いました。
「知ってる? 魔物って魔王がいなければ生きられないんですって。魔王のような魔力の強い存在が現れると世界の魔力バランスが崩れ、そのせいで魔物が生まれるって書物で読んだわ」
「じゃあ魔王はどうやって現れるんだ?」
「確か……現在は多くの魔王が封印されてて、何かの拍子で封印が解けると現れるはずよ」
「どうやって解けるんだ?」
「さあ? ただ封印もいつかは解けるから、時間の問題だと思うわ」
「そうか。とりあえず魔王がいなくなれば、魔物は消えるんだな?」
「ええ。それは確かよ」
ならば魔物を倒す必要はなかったのではないかと、男は考えました。
二人は村に戻り、カゴ一杯の木の実を村長に見せました。
「おお、ありがとう! 勇者様、おかげで助かりました」
感謝の言葉。男は照れ臭いような嬉しいような、そんな気持ちではにかみました。
村の中でも人に会う度に、次々と礼を言われます。
「ちょっと照れ臭いわね」
村のレストランで食事をしつつ、女は微笑みました。
「でもよかったわね」
「ああ。役にたって感謝をされて……初めての感覚だけど、悪くないな」
男は満たされた気持ちで飲み物――砕いた木の実の香がする――を飲みました。
「役にたつことが、感謝されることがこんなに嬉しいとは……知らなかった。もしまた何かあったら、出来る限り手を貸すのもいいかもな」
男と女は旅を続けました。男は剣で、女は魔法で戦いました。
ありがとうございます。助かりました。ありがとう勇者様。またお外で遊べるね。わーい、ありがとう。これでひとまず安心です。
助ける度に、色々な人が喜び感謝します。それが嬉しくて、二人は魔王を捜しながら人助けをしていました。
ある日、魔物にさらわれた子供を救いました。今は子供の村に戻り、母と再会しています。
「魔物がいなければ起こらないような事件ばかりね。一刻も早く魔王を倒さなきゃ」
女はぽつりと呟きました。
「そうだな」
大丈夫だった? うん、お兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれたの! 無事でよかったわ。あのね、お兄ちゃん達すごく強いんだよ!
幸せそうな母子を見ながら、男は強く女に同意していました。
ようやく二人は魔王のいる城にたどり着きました。城に入り、魔王を目指します。
色々な場所を捜し、ある扉を開けました。そこは広い部屋で、背もたれのついた立派な椅子が奥に置かれています。そこに人間ではない何者かが座っています。
何者かは男と女を見ると、ゆっくりと立ち上がりました。
「噂の勇者とはお前達か。私を倒そうとしているらしいが、無謀なことだ。消えるがよい」
何者かが手を高くあげると、そこに赤黒い光が集中します。赤黒い光は球となり、二人に向かって放たれます。
二人は避けました。そして目の前の相手こそが、魔王なのだと悟ります。
魔王と二人の勇者の戦いが始まります。魔王は次々と赤黒い球を生み出します。女勇者は光を集めた白い球で対抗しました。魔王が避ければ、その隙を狙った男勇者が剣で攻撃しました。
戦い続けること数十分、男勇者は右腕に大きな傷を受けました。
女勇者が使えるのは攻撃魔法だけではありません。小さな結界をはると、二人の勇者が入ります。そして女勇者は優しい声で呪文を唱え、男勇者の傷を癒しました。
二人の勇者は傷ついていました。それと同様に魔王にも目に見える傷があります。
女勇者の魔法によって、かまいたちが魔王を襲います。魔王はそれを防いでいますが、防ぎきれません。
男勇者は魔王目掛けて走ります。魔王はそれに気がついたらしく、手を振り上げました。手に集まる光は男勇者に向けられた――というのは勘違いだったようで、女勇者を直撃します。女勇者はその場に倒れてしまいました。
魔王を襲うかまいたちが消え、男勇者を向きます。男勇者は焦って倒れた仲間に駆け寄ろうとしましたが、魔王が阻止します。
激しい攻防が繰り広げられます。魔法によって回復していた身体は、新たに傷をおいます。
男勇者は足元をふらつかせ、ついに転んでしまいました。それを見逃すはずもなく、魔王は男勇者の剣を遠くへ投げてしまいました。
「私の勝ちだな」
魔王は勝ち誇ったように笑うと、男勇者の背を踏みました。
その時です。魔王が突然浮かび上がり、地に叩きつけられました。男勇者は立ち上がると、辺りを見回します。そして女勇者が魔法を使ったのだと理解すると、急いで捨てられた剣を拾いに行きます。そしてその剣で――。
魔王は倒され、世界に平和が訪れました。二人の勇者は大勢から感謝されました。王は褒美をくれようとしましたが、二人は断りました。平和になった世界を見れただけで、よかったのです。
二人が帰ってから、二ヶ月がたちました。男勇者と女勇者はそれぞれ普通の日々を過ごしております。
この頃、平和はすっかり日常のものとなり、感謝を態度に表す者はいなくなっておりました。
男勇者は物足りなさを感じるようになっていました。平和な日々の中、仕事でパンを焼いて売る……それだけの日々。特別感謝されることのなくなった生活。
ある日女勇者がパンを買いにきました。彼女はふわふわの食パンをつめた袋を受け取ります。
「怯える事のない生活、素敵ね。やっぱりこれが一番よ。もう二度と魔王が現れないといいわね」
女は満足そうに笑い、手を振りながら来た道を戻っていきました。
次の日、男勇者は店を休んで街をでました。その一ヶ月後、かつて魔王のいた城に到着しました。なぜかは分かりませんが、妙にここへ来たくなったのです。
何もいない城の中はとても静かでした。前来た時に比べると、床には埃がつもっていました。
ある部屋に入りました。そこも最近何かが入った様子はありません。
机の上に本が広げられているのを見つけた男勇者は、それを手にとりました。そこには色々な魔王の名前があり、それぞれの名の下には様々な特徴などが書かれています。
古い本であるらしく、シワがあり黄ばんでもいましたが、それを除けば落書きもなく綺麗でした。
男勇者は黙って本をめくっていました。するとあるページに目が止まり、赤いペンで何かを書きました。
時間がたちました。久しぶりに男勇者はパンを売り、女勇者が客としてやってきました。
「やっと再開ね。長い間店を休んでたから心配してたのよ。あら、このパンは新作?」
「ああ。サルタナの果実を使ったんだ」
「それって……嘘。あの森まで行ったの?」
サルタナの果実はこの街から三週間は歩かないと辿り着けない森の木にしかならない果実です。森の周辺にある街や村でなら売っています。しかしこの辺りで口にすることは滅多にできません。
「まさか。買ったんだよ」
「サルタナの果実を買うために店を休んでたの?」
「そうだ。まあ、気分転換がしたいってのもあったけど」
「そう……じゃあ一つ頂くわね」
久しぶりに店主として働いていると、城の者が息を切らして走ってきました。
「二人が揃っているとは都合がいい。今すぐ来て下さい。王様がお呼びです!」
「まさか、こんなことが……」
王の話を聞いた後、女勇者は呆然としていました。
「別の魔王が現れたなんて」
「予想外だな」
「ええ。信じたくないけれど……現実なのよね」
「そうみたいだな」
「サルタナ洞窟……あなた、森に行った時何か感じなかったの?」
「洞窟には入ってないし、俺は魔力とかは分からないからな」
「そう……準備を整え、明日出発しましょうか」
話しているうちに男勇者の家の前に来て、二人は別れました。
「さあ。準備だ」
男は一人、なぜか口角をあげました。自室に入ると、すぐに剣の手入れを始めました。
男の机の上に、一冊の本が開かれたまま置かれていました。色々な魔王について記された本のようです。恐らく、魔王の城から持ち帰ったものでしょう。
ある魔王の名が赤い丸で囲まれています。その下には説明文がありました。
『この魔王は人型をしている。現在はサルタナ洞窟の奥にある壷に封印されている。サルタナの果実を四十個、壷にいれると長い時間を経て、封印がとける』
男は剣を元の場所に置くと、次は鎧に触れました。
「明日から忙しくなるぞ」
再び危機の訪れた世界。
魔物を倒し、人々を助ける二人の勇者。
人を助けては、感謝されました。
色々な魔王が、一年おきに復活したそうです。
魔王が現れる度、あの本には赤い丸が増えていったという話もあります。
これは一生のうちに何度も戦い、魔王を倒し続けた勇者の話。
今回は雰囲気を変えてみました。童話とか語り話のようにしたつもりです。
最初は台詞が少ない予定だったのですが、意外と多くて驚いています。
そもそも勇者は一人の予定が、二人になってるし……
女勇者、本当はいなかったんですよ(笑)
*勇者が出てきますが、「操り人形」とは無関係です。