急がば急げ
「急がば回れ」——ことわざ通りの慎重な男が、タイムリミット30分という極限状態に叩き込まれた時、どのような決断を下すのか。
勢いだけで駆け抜けるショートショートです。気楽にお楽しみください!
とある中堅IT企業で、開発チームのリーダーを務める佐藤の口癖は「急がば回れ」だった。どんなに納期が迫っていても、確認作業を怠らず、丁寧に迂回して慎重に進める。それが彼の信条だった。
しかし、今回のプロジェクトは違った。納品期限は今日の17時。現在の時刻は16時30分。
「佐藤さん! クライアントのシステムに深刻なバグが見つかりました! あと30分で修正コードを本番環境に反映させないと、損害賠償ものです!」
部下の部下が青ざめた顔で叫ぶ。
「落ち着け!」佐藤は机を叩いて立ち上がった。「こういう時こそ……急がば回れ、だ。まずは仕様書を最初から読み返し、手順書を3重にチェックして――」
「佐藤さん、回ってる場合じゃないです!!」
別の部下が割り込んだ。「今から手順書通りに承認プロセスを回したら、最低でも2時間かかります! 今日ばかりは『急がば急げ』で行くしかありません!」
「い、急がば急げ……!?」
佐藤はその未知の格言に慄いた。しかし、画面に表示されたカウントダウンタイマーは無情にも刻々と数字を減らしている。背に腹は代えられない。
「よし……分かった! 今日だけは特別だ!『急がば急げ』作戦を開始する!」
佐藤の指示のもと、チーム内に怒号とキーボードの打鍵音が響き渡った。
「承認プロセス全スルー! 課長と部長の印鑑は僕が同時に両手で押します!」
「修正コード、テスト環境を通さず本番へ直投げします!」
「エラーが出たらどうしますか!?」
「出ないことを祈れ!!」
普段の慎重さが嘘のように、佐藤は超人的なスピードで指示を飛ばした。廊下を走って役員の部屋へ飛び込み、土下座の勢いで承認用のワンタイムパスワードを聞き出す。もはや「回る」どころか「直線コースを壁をぶち破りながら突き進む」ような猛進ぶりだった。
16時59分45秒。
「……コード、反映完了しました!」
部下が叫ぶと同時に、メインモニターの警告メッセージが消え、正常な緑色のステータスに変わった。奇跡的に、バグは完全に解消されていた。
部屋全体に大きな歓声が上がる。佐藤は肩で息をしながら、椅子に深々と腰掛けた。額の汗を拭い、誇らしげに呟く。
「フッ……見たか。『急がば急げ』の威力を。時には安全な回り道ではなく、リスクを取って最短距離を爆走する勇気も必要なのだよ」
「さすが佐藤さん! 見直しました!」
チームが感動に包まれたその時、佐藤のデスクの電話が鳴り響いた。社長からだった。
「佐藤君! 今すぐ社長室に来なさい! 君がさっき暴走して本番環境に直投げしたせいで、セキュリティアラートが鳴り響いて全社システムが緊急ロックされたぞ! なんだこの無茶苦茶な承認ルートは!!」
佐藤は受話器をそっと置くと、青ざめた顔でスッと立ち上がった。
「佐藤さん、どうしました……?」
佐藤は深呼吸をし、静かに言った。
「急がば回れ……いや、急がば逃げろだ」
そう言い残すと、彼は風のような速さで非常階段へ向かって走り出した。
オチの「急がば逃げろ」にクスッとしていただけたら幸いです!
仕事でのドタバタ感とスピード感を意識して書きましたが、現実のシステム運用でこれをやると佐藤さんのように大変なことになるので、皆さんはどうか安全に「急がば回れ」でお仕事なさってくださいね(笑)。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!




