これが愛じゃなかったら、なんだって言うの
## これが愛じゃなかったら、なんだって言うの
### ラズベリーピンクのネイル、剥がれる(雫)
「ラズベリーピンクってええよなあ」
「その色、赤じゃないの?」
「ちゃうねん、赤なのに、ピンクのフリしてんねん。かわいいやろ?」
読書は好きだ。自分の世界に没頭できるし、一人でいても読書が言い訳になってくれる。読書は私の世界の全てだった。
今日も教室のすみで1人、本を読む。誰にも喋りかけられないように。寂しさを紛らわせるように。
今日もいつもと変わらない1日が始まるのだ、と、そう思っていた。彼女に話しかけられるまでは。
「ねえ、いっつも本読んでてさ、つまんなくないの?」
突然、非日常が降りかかってきた。
心臓が強く握りしめられて、血がいつもより速く流れている気がする。本が、小刻みに揺れる。
「あの、読書が、好きなので」
「へえ、すごいなあ! 私本読むの苦手やねん。じっとしてられないっていうか? なんか初心者オススメの本ある?」
感情が波のように襲ってくる。
そんな早口で喋らないでほしい、恥ずかしい、怖い、一人にさせて、私としゃべってていいのかな、……嬉しい。嬉しい、嬉しい。
彼女が頭を傾げたので、私はハッとする。とにかく何か紡がなければ。
「あの、どんなジャンルが好きかに……よると思います。ミステリー好きとか、感動する話が好き、とか」
彼女は、少し目を見開いて、口を開いた。
「へえ。あんたええやつやね。自分の好きな本言わずに、私の好み考慮してくれんの?」
……え?
景色が、世界が、何もかも変わったようだった。
花が色づいて眩しいと感じるような、風船が膨らんでいくような、それでいて雪のように冷たいような。……チョコレートのように甘い、ような。
それが、彼女との出会いだった。
私と彼女はよく話すようになった。……いや、彼女が話しかけてくれるようになった。
「なあ、今日はなんの本読んどるの?」
「えっと、最近太宰治賞をとった作品で」
「太宰って授業で習ったやつ? あいつまだ生きてんの? ウケる」
「いや、流石に生きてはないんだけど」
「ふーん。じゃあまずは太宰治から攻略しますか! おすすめの太宰作品ある?」
……読んでくれるんだ。彼女は奇跡のような存在かもしれない。
次の日も、次の日も話しかけてくれた。視界の端では、鳥が飛んでいるのが見えた。私の気持ちみたいに、綺麗に飛んでた。
「なあ、このネイルかわいいやろ? このお花の模様、自分で塗ったんよ。綺麗にできたやろ?」
彼女は意外にも手が器用らしい。ネイルも華やかだが、彼女はもっとカラフルだ。
「すごい綺麗。でも、先生に怒られないの?」
「今さっき怒られてきたんよ! あの松原のじじい。ネイルの良さわかんねえなんてちっぽけなやつやな」
ネイルは流石に怒られるだろう。でも、確かに彼女の良さがわからない松原先生は、ちっぽけかも。
「なあ、ネイル塗ってみる?」
「いや、私はいいよ。似合わない。それに、先生に怒られたくないし」
「ははっ。そりゃそうやな。でも、足にネイルはどうや?」
私の世界も色づかせてくれるらしい。こんなことってあり得るんだ。こんな奇跡みたいな人、本当にいるらしい。私は息をのんで、ようやっと声を出せた。「塗ってくれるの?」と。
彼女の家に行った。足にネイルを塗ってくれた。それらがどれほどのことか、彼女にはわからないだろう。人生でいちばん煌めいているのは今だと断言できるほどに、奇跡だ。
そこから、彼女は私に足のネイルを塗ってくれるようになった。彼女とお揃いのネイルだ。
彼女のカラフルな色が、私にも移ったみたいだ。
私は、何度も何度も、そのネイルを眺めた。それはもう、何度も、何度も。
毎日私は鳥になったようだった。とっても軽い。今なら、スキップもできる気がする。いや、飛べるかも。
そう思っていた。でも突然彼女は私の世界を壊した。
「なあ、私、翔太のこと好きになったかもしれん」
景色が、世界が、ぐちゃぐちゃに壊れた。
花が枯れ、風船が割れたようだった。火の中にいるようだった。劇物をたべてしまった、ようだ。
「……へえ。翔太くん、ケーキ屋目指してるんでしょ? 夢を追ってて、かっこいいもんね。お似合いだと思う」
声が聞こえてたどうかもわからないぐらい小さな声で吐き出した。それ以上大きな声は出なかったと言っていい。
ネイルを剥がしたくて剥がしたくて仕方がなかった。
私はそこから地獄のような日々を過ごした。ご飯も喉を通らない。学校に行くのさえ億劫。
それでも彼女に会いたいと思った。私はなんて愚かだろうか。ただ、それだけのために学校へ向かった。
ああ、今日も彼女は本当に綺麗だ。彼女はいいニュースがある、そう言って学校帰りに私を家に招いた。
「最近テンション低い? どないしたんよ」
「ええ? そんなことないよ。元気。でもそうだなあ。ちょっと疲れてるのかも」
「そうなん? 無理矢理誘ってすまんな。それでな、いいニュースってのは、翔太と付き合うことになったんや!」
これ以上ないほど悪いニュースだ。もう息ができそうもない。
「あれ、どうした。あの、ほんまに気分悪いか?」
「今日で会うのやめにしよう。私、あなたのことが好きだから」
言ってしまった。もう、戻れない。
「は? 何ゆうとんの?」
思いもしなかったようだ。そりゃそうか。女同士だ。そんなこと考えもしなかったんだ。それが余計に私を惨めにさせた。
「……本当だよ。本当にあなたのことが好き。……ねえ、私のこと殺してくれる?」
「なにゆうとんの。冗談でもそんなこといわんとって」
「そうだよね。ねえ、じゃあキスしてくれる?」
「なにゆうとんの。ちょっと待って」
「ははっ。そうだよね。ごめん、なんでもない。ごめんね、急に」
彼女は全てを理解したようだった。私の目を見た後、涙が落ちる。
涙すら、光り輝いている。……綺麗。
「あの、手、でも繋ぐ?」
「それはいいや。ねえ、最後にネイル塗って欲しいな」
これが最後のネイルだ。ほんとに、ほんとに最後。
嗚咽が漏れないように、震えないように、彼女の手をずっと見つめた。今この瞬間を、一生忘れないように。ネイルを塗る彼女を見つめ続けた。
……ああ、ラズベリーピンクだ。
「素敵なネイルだ。ほんとにありがとう。彩花ちゃん、好きだよ」
彼女は、美しい。
しわくちゃな顔でも、こんなに美しいんだなあ。
「ごめんな、ほんまにごめん。雫、ありがとう」
願わくば、このネイル、ずっと剥がれませんように。
### お寿司ケーキで仲直り(翔太)
お母さんと一緒にケーキを作った。ふわふわで、甘くて、ケーキはとっても美味しい!
お母さんの手にかかれば、ケーキはどんどん可愛くなる。僕のお母さんは魔法使いだったんだ。僕も、魔法使いになりたい。これから、僕の夢はケーキ屋さんだ!
そうだ、僕の決意を、ゆうだいくんに伝えにいこう。僕は隣の家のインターホンをならしに急いで靴をはく。
「翔太、どこへ行くの?」
お母さんだ。僕はお母さんが大好き。でも今は忙しいんだ! ごめんねお母さん!
「ゆうだいくんのとこ。いってきまーす!」
「あ、ちょっと、待ちなさい、何かお菓子でも持っていきなさいよ!」
僕はお母さんを無視して、玄関を開ける。そんなの待ってられないよ。すぐ伝えなきゃ。最初に僕の夢を伝えるのはゆうだいくんなんだ!
ゆうだいくんのじいちゃんが庭にいた。木切ってる。かっこいいなー。
「じいちゃん、ゆうだいくんいますか!?」
「おお翔太、なんじゃ、雄大なら中におるぞ。インターホン押しなさい」
「ありがとう! ゆうだいくんに僕の夢はケーキ屋さんになったって一番に言うんだ」
しまった、じいちゃんが最初になってしまったぞ。じいちゃんは首を傾けた後、豪快に笑った。
「はっはっは、すまん。じいちゃんが一番に翔太の夢を聞いてしまった! 翔太にも今から言ってやりなさい」
まあ、じいちゃんなら一番でもいいや。ゆうだいくんはニ番目だ! 僕はインターホンを押す。
ゆうだいくんはじいちゃんのお寿司屋さんを継ぎたいと僕に伝えてくれた。僕もゆうだいくんに夢をつたえよう。
玄関のドアが開いた。
「おう、しょうた。ゲームしにきたのか?」
ゆうだいくんの家にはゲームがいっぱいあるから、よく遊びにくる。でも今日はそんなんじゃない。もっと重要なことだ。
「ゆうだいくん、僕の夢、決まったよ! 僕ケーキ屋さんになる」
僕は胸をはって大きく宣言する。どうだ! でもゆうだいくんは顔をくしゃっとした。
「はあ? 男なのに変なの」
「雄大、なんてことを言うんだ!」
後ろから大きな声が響く。じいちゃんが怒ってる。僕は、最初は何をいわれたかわからずぽかんとしていたが、だんだんと言われたことがわかった。僕の夢を馬鹿にされたんだ。
「なんでそんなこというの? ゆうだいくんのばか!」
ぼくは泣きじゃくった。涙が永遠と出てくる。
「雄大、謝りなさい」
ゆうだいくんはじいちゃんの方を横目に見て言った。
「ごめん」
絶対に本気で思ってない。僕の涙は止まらない。
するとお母さんがやってきた。
「あら、いっつもお世話になってるからお菓子でもと思ってきたのだけれど、何があったのかしら」
「すみません。うちの雄大が翔太くんに大変失礼なことを言ってしまいまして。本当に申し訳ない。手土産は受け取れない。後日改めて謝罪しに伺います。今日は雄大に厳しく言いますので」
じいちゃんはお母さんにそう言った後、僕の肩に手をおいて、僕の目を見た。
「翔太。翔太の夢は素晴らしい夢だ。笑顔を届ける仕事だ。気にするんじゃない。自分を誇りに思いなさい」
僕は悲しいがいっぱいで、じいちゃんが言った意味はその時はわからなかった。
家に帰った後、お母さんに何があったか聞かれた。ケーキ屋になりたいとお母さんに言った。何があったのかお母さんは分かったようだった。
「翔太ならきっとなれるわ。お母さんにも教えてくれてありがとう。今日は気が済むまで泣きなさい」
そう言われて思いっきり泣いた。お風呂に入っても、夜ごはんでも、涙は止まらなかった。
次の日、ゆうだいくんとじいちゃんがうちに謝りに来た。ゆうだいくんは目が赤くなっている。
「しょうた。ごめん」
僕は許すことができない。むしゃくしゃする。何も言わないで、僕は階段を駆け上がって部屋の中に閉じこもった。
「翔太!」
お母さんが叫んでいるが、僕は部屋から出たくない。じいちゃんの声が聞こえてきた。
「雄大はそれほどのことを言った。一回謝るだけじゃあ許せないでしょう。また、明日来ます」
また明日も来るだって? 謝らないでいい。僕はもうゆうだいくんに会いたくない。
本当に次の日もニ人はうちに来た。僕は部屋からでない。お母さんがじいちゃんに謝っている。
「すみません。部屋から出たくないようで……」
「大丈夫です。本当に申し訳ない。ニ日続けてお家にお邪魔してしまいまして。また明日も来ます」
もう、来ないで欲しいのに。僕の気持ちはもう悲しいじゃない。怒っているんだ!
次の日もインターホンが聞こえた。僕は部屋からでない。
「しょうたぁ! ごめんなぁ」
大声で玄関から声が聞こえる。
「なんだよ、また僕を馬鹿にしに来たんだ。もうこないでよ!」
「本当に謝りに来たんだ。俺、ケーキ作ったんだよ!」
え、ケーキ? ゆうだいくん、本当に僕と仲直りしに来たのかな?
おそるおそるドアを開けると、ゆうだいくんの手に大きなお寿司があった。
「なにそれ。ケーキじゃないじゃん」
「お寿司ケーキだよ。材料はお寿司でも、見た目はケーキだろ? だからお寿司ケーキ」
「ケーキは甘いんだよ。お寿司のケーキなんて変だよ」
「変じゃねーよ。じいちゃんが、お寿司もケーキも食べた人を笑顔にする仕事なんだって言ってた。おんなじなんだってよ。だから、お寿司ケーキ作ってみようと思ったんだよ」
「ゆうだいくんが作ったの?」
「そうだよ。わりいか」
「悪くない。食べてみていい?」
ケーキなのは形だけ。
でも、これもキラキラしてて可愛いから、ケーキなのかも。
「ははっ。お寿司じゃん」
「ケーキだっつってんだろ」
まあ、仕方ない。仲直りしようかな。
お寿司も、ケーキも、同じなら。
## メロンソーダは恋の味(翔太)
俺はこいつに恋してる、らしい。
らしいというのは確信が持てないとかではなく、なんで俺がこんなやつに、という気持ちからだ。
考えてもみてほしい。まず教科書はよく忘れて「見せてほしい」とか言ってくる。これだけでも腹立たしいが、この間俺の弁当「一口ちょうだい」とか言ってきたのであげたら、どう考えても一口ではなかった。人の母さんの愛のこもった弁当よくもそんなに食べれるな。極めつけは「学級委員は翔太くんがいいと思います」とか言って勝手に学級委員にされたことだ。学級委員なんてめんどくせぇ。なんというか台風みたいなやつだ。こいつのせいで明らかにこちらは被害を被っている。
でも、俺はこいつに恋してる、らしい。
「あ、今日こそは許さんぞ、俺の弁当はわたさんからな」
「ええやん! 一口ちょーだい。翔太ママが悪いわぁ。こんな美味しい弁当食べたくなっちゃうやんけ」
「母さんが俺のために作った弁当だぞ。お前が食べていいと思うか?」
「なんや、翔太マザコンだったんか?」
「失礼なやつだな。1番の好物は母さんの弁当と言えるぐらいにはマザコンだよ」
「私の1番はメロンソーダかなぁ」
「聞いてねぇよ」
……とか言いつつこいつメロンソーダ好きなんか。こいつと喫茶店とか行ってみてもいいかもな、などと妄想してみる。
「あ、今日翔太暇だったら喫茶店いかん? おすすめのメロンソーダがあるんよ!」
妄想は1秒で現実になった。
「……いいよ」
俺は相当嬉しかったらしい。
だって、いつもの俺だったら俺がメロンソーダ嫌いだったらどうすんだよ、とか一言言ってたはずなのに。
喫茶店はこいつに似合わず純喫茶っぽい。とりあえずメロンソーダを2つ頼む。
なんだかいつもと空気が違う。こいつは騒がしいのに一切騒がないし、俺も空気に飲まれて何も言えない。
メロンソーダが届く。
メロンソーダを飲んでるこいつをみて、俺は頭がどうかしたのか、なんと告白していた。
「あの、好きなんだけど」
「ああ、わたしも翔太のこと好きやで」
こいつ本当にわかってんのか? 告白が成功したのかわからないまま、また数十秒の時間が経つ。メロンソーダってこんな弾けてたっけか。とりあえず、もう一回勇気を出すことにした。
「あの、お前の好きってどんなの?」
「愛してるって意味だけど」
前言撤回。告白成功どころか愛の告白された。どういうことだ?
「え。あの、プロポーズですか?」
「んなわけないやろアホかお前は」
「いや、でも、いま愛してるっておっしゃいましたよ」
「なんで敬語なん? プロポーズは男から言うもんちゃうの」
「あ、愛してます」
「早ない? もうちょっと付き合ってからだろ普通は」
「お前にだけは言われたくないね」
こいつは規格外だ。でも、これからもきっと、楽しませてもらえるだろう。
## 化粧水の必要性(彩花)
化粧水って、ほんまにいるんか?
ある日ふと思う。
今までなんとなく肌にいいと思ってつけてきたけど、私の肌がワンチャンめっちゃ強い可能性もあるし、この化粧水が私の肌に全然あってない可能性もあるし、つけるのめっちゃ面倒やし。……やめようかな、化粧水。
化粧水を開けて勢いよく洗面台に全てを流す。
うん。うんうん。なんかこころが軽くなった気ぃするわ。
「何やってんの、ついに頭おかしくなったか?」
なんやこいつ。今日も休みの日やからって十時まで寝てゴロゴロしやがって。こっちはその間洗濯してたっていうのに。
「化粧水試しにやめるんや」
「なにいってんだこいつ。また始まったよ。絶対必要だろ、勿体な。先にそのネイルやめたら? いい年なんだし」
「ネイルやめるわけないやろ、ふざけんなよ!」
「はあ? まあそれはいいわ。それより歯磨きできないからどいてくれ」
「はいはい。どきますよー。どけばいいんでしょどけば」
待てよ。こいつも、洗面台に流した方がええんちゃうか?
そう考えるとどんどんそんな気がしてきたな。なんでこいつと十年も一緒におるんや? こいつ必要なんか? 何でこいつのために洗濯しとるんやろ。何でこいつのためにご飯三食も作っとるんやろ。うーん、うん! そうやな、試しに全部やめてみよう!
「なあ、翔太、今週一週間洗濯やってくれん? あと、昼ごはんと夜ごはん外で食べてきてくれ。朝ごはんはついでやし私が作るからさ。あとあと、おやつにラズベリーケーキ作って!」
「はあ!? 急になんだよ」
「急にやあらへんよ! もう十年もこんな生活、懲り懲りやねん、一週間ぐらい休ませてほしいわ」
「百歩譲ってなんでケーキも作る必要があるんだよ! ケーキは金出せや」
「まあまあ。今までの十年考えてみいや。お釣り出るやろ」
なんか考えとる。…….あ、諦めたな。
「はあ。本当に一週間だけなんだよな?」
「ほんまに一週間や」
知らんけど。
「わかった。一週間おれが洗濯するし、外でご飯食べてくる。この機会やし豪遊するぞ! ケーキも作るわ。お前俺のケーキ何円か分かってるんだろうな?」
「ふふっ。ありがとう、ありがとう」
よっしゃ、これで一週間化粧水と旦那なし生活や。ケーキはあるけどな。めちゃめちゃ楽やったら、離婚しーたろ。後ろでぶつぶつ言ってるけど、無視無視!
「待てよ、ラズベリーケーキ? 作ったことねえな」
今日は記念すべき化粧水と旦那なし生活一日目や。朝は気持ちよく私を迎えてくれとる。鳥さんが歌っとる。旦那は洗濯中。こんなええ一日あるんやぁ! 清々しいわ。
「ああ、洗濯めんどいわあ!」
なんかゆうとるわ。ははは、愉快愉快!
今日は化粧水と旦那なし生活ニ日目! 幸せやぁ! 趣味の読書もずっとできるし、夜ご飯を何作ろうか迷わんでええ。お弁当も作らんでええから、朝早起きしなくてもいいんや。自分の時間があるってこんな楽しいんやなあ。ええなあ、ええなあ!
「はっ、楽しそうだな。こっちも弟子と焼肉行ってやったわ。それに、奢ってやった。すっっっげぇ美味かったなあ」
旦那も楽しそうで、なによりなにより。
化粧水と旦那なし生活三日目。ついにラズベリーケーキや! さすがケーキ屋やな。これ店に出してええんちゃうか? それに、お寿司も買ってきてくれたわ。不思議な形のでかいお寿司だけど、味はうまい。時々は旦那と食べるお寿司もええなぁ。
……あれ? 旦那なし生活のはずがなにを考えとるんや私は。
「ラズベリーケーキ作るのめちゃ楽しかったわ。それにケーキも、寿司も、笑顔届けなきゃいけねえから、本気で作らねえとな」
なんや、こいつ。急にどうしたん。
でもちょっとかっこええな。
化粧水と旦那なし生活四日目、ちょい肌荒れてきたか。気のせいか? いや、なんかガッサガッサやわ。ケーキのせいか。いや、化粧水、か? やっぱ化粧水っているんか。
「おい……おい、彩花! お前の料理恋しくなってきたわ」
「はあ? 今まで美味しいの一言もゆうたことないのに、どういうつもりや?」
「今気づいたんだから、仕方ないだろ」
はぁ、まぁしゃーないな。旦那も、化粧水も。
化粧水と旦那なし生活は今日でしまいや。どっちもあり生活が明日から始まるわ。ああ、大変大変。
ふふっ。私の料理うまいんや。
## ラズベリーケーキと共に(雄大)
俺は今日、告白をしようと思う。俺のお寿司ケーキを週一で買っていく女性に。
三回デートに誘った。全部楽しかった。きっと彼女もそう思っているはず。このままいけば付き合えるのではないか、なんて。ちょっと期待している自分もいる。
彼女は、読書好きでお淑やかなタイプだ。俺の正反対。
彼女は、ラズベリーが大好きらしい。ただラズベリーを食べるだけじゃない。三回目のショッピングデートの際、ラズベリーの化粧水を見かけた途端一気に5本も買っていた。そんなに潤さなくてもいいだろ。
彼女は、いつもネイルをする。おしゃれなんて興味のない顔をしてるが、ネイルだけは欠かさない。いつも赤色だ。「三回とも赤色のネイルされてますね」と言うと、「これはピンクのフリなんです」と答えになってない答えが返ってくる。訳わかんねぇ。ラズベリー色じゃねえのかよ。
まぁ、彼女にも秘密があるんだろう。俺が寿司屋のくせに売れねえお寿司ケーキを作り続けてるのときっと一緒だ。
そんな彼女に、俺はついに告白しようと思う。計画は、彼女にサプライズでラズベリーケーキをプレゼントして、告白の流れ。親友の翔太にラズベリーケーキを作ってくれと頼んだら、「最近流行ってんのか?」とか言いながらも承諾してくれた。翔太のケーキ屋は少しイートインスペースもあるから、そこで告白する予定だ。
いよいよ、告白当日だ。なんだか緊張してきた。待ち合わせ三十分前。ソワソワしてしょうがない。いつもより一分一秒が長え。
三十分後、ようやく彼女が待ち合わせに来た。時間通りだけど。薄い化粧に、白いひらひらとしたワンピース。それに、いつもの赤のネイルだ。綺麗ですね……と言いたいところだが恥ずかしさが勝って声にはならなかった。そういうところだぞ、俺。
ケーキ屋までの会話は、緊張でうまく弾まなかった。彼女も、この緊張感が伝わっているだろう。表情が、いつもより固い気がする。
ケーキ屋に着いた。「俺のおすすめのケーキ、もう予約しといたんで」と言うと彼女は、「ありがとうございます」とだけ言った。手、震えてないか? 俺も、彼女も。
席に座ると、翔太がラズベリーケーキを持ってきた。ウインクしたぞこいつ。きめえ。親友の気色悪いエールを受け取って、勇気を出す。
「付き合ってください!」
店内が一瞬で静かになった。他の客の視線が痛え。頼む、なんでもいいからなんか言ってくれ!
「……これ、ラズベリーのケーキですね」
返ってきたのは告白の返事ではなかった。
「え? ああ、あの、ラズベリーがお好きなようなので」
「翔太くんとお友達なんですね」
「え? 知り合いですか?」
まさか、昔翔太のことが好きだったとかじゃねえよな?
彼女は顔を手で覆った。
「お寿司ケーキでよかったのに……」
俺は頭にはてなマークだ。ラズベリーが好きなんじゃねえの? 混乱の果てに、訳わからんことを言ってしまう。
「あ、あの、お寿司ケーキなら、毎日でも作ります!」
彼女はキョトンとした後、少し笑ってくれた。
「はは……。毎日作ってくれるんですね。あの、お友達からでもいいですか?」
まだお友達以下だったのかよ。でも、なんだか前に進んだことは分かった。
「もちろんです、お友達から始めましょう! あの、いつぐらいに付き合えますか?」
「おい、雄大! バカかてめえは、空気読めよ!」
翔太の声が店内に響き渡り、彼女が初めて声をあげて笑う。その後、彼女がこちらをちらっと見て俺の袖を引っ張った。
「ねえ、雄大さん。お寿司ケーキって、ケーキのフリしてるんですか?」
「いや? ケーキもお寿司もおんなじだからですよ。どっちも笑顔届けなきゃいけないんで。合体させました」
「ははっ。そっか、おんなじか。確かに、雄大さんからいつも笑顔貰ってるかも」
嬉しいこと言ってくれる。俺は勇気をだして少し慣れない言葉を言ってみる。
「ねえ、雫さん。雫さんの笑顔、これから俺が独り占めしていい?」
彼女の顔が真っ赤になった。はは、ラズベリー色だ。可愛い。
「やっぱり、私たち付き合いますか?」
え、予想もしていない一撃をくらった。あの、めちゃめちゃ嬉しい、ですと言葉にしたいが何故か口がぽっかり開いて喋れない。だから、そういうところだぞ! 俺!
「ははっ、顔が真っ赤。可愛い。……ああ、なるほど。これが、恋ってやつですね。愛と恋って同じようで、同じじゃないですね。やっぱり、恋のフリしてたのかな?」
「え、同じじゃない? どっちも、愛してるんでしょ?」
なぜかスラリと言葉が溢れた。
そしてなぜか彼女は大爆笑だ。
「はははっ! そうです、愛してます!」
そんでもってなぜか店内は拍手喝采だ。
「よ! ラブラブカップル! 末長く幸せに、やな」
## ラブレター、書きましょう(雄大)
雫さんは本を読んでいる姿が世界一美しい。でもその世界の中に僕も混ざりたい。つまり僕は本に嫉妬していた。
「雫さんは読書好きですねえ。なにかおすすめありますか?」
「そうですねえ。どんな物語が好きですか? ミステリー好きとか、恋愛小説好きとか」
「恋愛小説好きに見えますか?」
「見えません」
「ですよね。普段読書なんてしない奴なんで、雫さんが好きな小説読みたいなあ」
「私の好きな小説でいいんですか? 恋愛小説だったらどうします?」
「もちろん読みます。雫さんが好きならば」
「恋愛小説も好きなんですけど、現実のほうが恋愛小説より恋愛してるので、読んでる暇ないかな」
こ、これは…….!? 今世紀最大の、デレ……!?
「じゃ、じゃあ雫さんの今読んでる本はなんなんですか」
「えー? 秘密です」
「秘密はやめてください。嫉妬してしまいます、本に」
「あはは、冗談ですよ。今年の芥川賞受賞の本です」
「おのれ、芥川! 雫さんを独り占めしよってからに」
「いや、この本の作者は芥川じゃないよ……」
そうか、じゃあ芥川賞受賞したら雫さんの時間を独り占めできるのか?
「俺、いつか俺らの小説書きますわ。そんで芥川賞を取る! そしたら雫さんの時間は僕のものだ」
「ふふ。期待せず楽しみに待ってますね。ラブレター」
ズキューン! こ、これは……! 本当に書かねば。その日から、俺の小説の勉強が始まった。待ってろよ、芥川!
## ツインテールは世界を救う(彩花)
ツインテールは正義だ。三十のおばさんがやることじゃないとか、そんな意見は気にしなくていい。自分がよければいいんよ。突き抜ければ、それはもうオシャレだ。いや、私がオシャレだ。オシャレの擬人化になる。
「お前、またツインテールかよ。よく考えろ、三十だぞ」
そう、こんなやつの意見など聞かなくていいのだ。私は私を貫く。ツインテールは世界を救うのだ。
「みとけよ、ツインテールで世界救ってやっからよ、覚えとけよ!」
「こいつは何と戦ってるんだ?」
今日は雫と雄大が来る日だ。まあ、ダブルデート? お家デート? ってやつだ。
お、喋ってる間にインターホンがなった。
「雫ー! 久しぶり。会いたかったよ。ついでに雄大も久しぶり」
「俺はおまけかよ」
「まあまあ、一旦落ち着こうや。翔太がケーキ作ってくれたからよ。それ食べながらだべろうや」
「お前のせいで落ち着けてねえんだよ」
翔太曰く、四人で集まる時はラズベリーケーキらしい。なんでや? まあ、ええか。うまいし。四人でテーブルを囲んでケーキを食べる。
「それにしても、雫は本当に綺麗になったなあ」
「いやいや、彩花ちゃんのおかげだよ。昔はオシャレに興味がなかったし」
「雫さん、俺は? 俺に可愛く見られたいがためにオシャレしてるとかないの?」
「うーん……。それもあるかもしれないけど、きっかけは彩花ちゃんかなぁ」
「はっはっは。勝ったな!」
「やめろよ、しょーもない争いすんの」
「これは仁義なき戦いだぞ! ん? 争い? 争いをおさめるいい案があるぞ!」
「はあ、嫌な予感……」
私は雫の手を取って無理やり洗面台に連れて行く。
「俺の雫さんの手を取るな、無理やり連れてくなよ」
聞こえない、聞こえない。
私はいつもの手際で雫の髪をいじる。どこか雫は恥ずかしそうだ。
「あのー、彩花ちゃん。こんな髪型私には似合わないかな……」
聞こえない、聞こえない。
きた! やっぱり雫は原石やな。私の目に間違いはない。男二人に見せてあげようじゃないか。
「じゃーん! こんなに可愛い子が出来上がりました。雄大、惚れたやろ? 惚れ直したやろ?」
「惚れ直しました。この雫さんも、いいな。うん、いい」
「いや、ちょっと恥ずかしいよ……」
「恥ずかしがってる雫さんも、可愛いいいいいいいい」
ふふ、わたしにかかれば新たな雫を見つけ出せるんや。
「な? ツインテール、世界救ったやろ?」
「ちっせえ世界だな。まあ、いいか。こんなに喜んでるやついるし」
## ラズベリーピンクは赤色(雫)
鏡に映る私は私じゃないみたいだ。なんというか……馬子にも衣装だ。
「素敵ですよ。とってもお似合いです」
店員さんの言葉がどうにも薄っぺらく聞こえる。
すると彼と目が合う。
「雫さん……。世界で一番綺麗だ……」
私は単純な女だ。それだけでさっきまで似合っていなかった衣装が、ピッタリに思えるのだから。
「本当ですか? なんだか私には勿体無いかなって思ったんですけど」
私はなんでこういうことを言ってしまうんだろう。返事はわかっているのに。言わせたがりのいやな女。
「そんなわけないじゃないですか! 雫さんに似合わないドレスなんてありませんよ。とても綺麗です」
「そうかな? じゃあこのドレスにしようかな」
「とってもお似合いですもんね! こちらのドレスがおすすめの理由は……」
店員さんがドレスのこだわりを語っているが、全く話が入ってこなかった。
きっと、他のドレスを一番に着たって、同じように褒めてくれたんだろうな。そう思ってしまった。彼はいつだって褒めてくれる。それなのにこんなことを考えるなんて、ほんっとに最悪の女。そういうところがこのドレスに似合ってないのだ。
「やっぱり、ちょっと考えてもいいですか? 私には派手すぎる気がして」
彼がどんな顔をしているかわからない。だって全く彼の方を見れなかったから。
「……..って言ってしまったの。どう思う? どうしよう、やっぱり結婚やめましょうとか言われたら…….」
彩花ちゃんはメロンソーダを飲みながら、頭を掻いている。器用だ。
「雄大に限ってそれはないからダイジョーブ。でもなあ、普通ウエディングドレス着たら気分盛り上がるんじゃねえの? 他に嫌なことでもあったか?」
「嫌なこと? うーん、特にないかな……。彼と釣り合ってるのかっていう不安がまだあるのかな?」
「なるほどー。どうすっかなあ」
「……ってことがあったんだよ! どう思う? 俺のこと嫌になったのかな? 結婚が嫌になったとか!?」
翔太は頭を掻きながらビールを飲んだ。器用な奴。
「うーん、押してダメなら引いてみろ作戦とかは?」
「俺にできると思うか?」
「そりゃそうだ。困ったなあ」
「……って雄大に相談されたんだよなあ」
「それ私も同じ相談雫にされたわ」
「ってお前も同じ相談受けたんかーい! 何が足りねえんだろうな。押してダメならどうする?」
「押してダメなら……押せ!」
「はあ。また変なこと考えてねえだろうな?」
「「「サプライズ!」」」
いつものように四人で集まるって聞いて、とりあえず2人きりじゃなくて良かったとか思っていたら、扉開けた瞬間クラッカーがなった。ど、どういう状況…….?
「あ、あの、誕生日は半年後だけど……」
「四人だけでプレ結婚式や! 急いで準備するぞ雫」
「プレ結婚式っていうの俺のセリフー!取るなよ」
わけがわからないが、私のこの間のドレス事件から、三人がサプライズしようとしてるのがわかった。非常に申し訳ない気持ちになる。
「申し訳なく思ってる暇はない! 主役は急いで着替えるぞ!」
そこからは忙しなかった。この間のドレスが用意されていて、なんだか苦しい気持ちになった瞬間に、ツインテールにされた。え、ウエディングドレスでツインテール?
机に座ると、目の前にお寿司ケーキとラズベリーケーキが出される。しかもメロンソーダでケーキ?
「ケーキ入刀です!」
「え、どっちのケーキ?」
結局どっちも切った。ど、どういうことなの……。
「じゃあ、お色直しな!」
次はドレスをまた着替えさせられるのかと思ったら、彩花ちゃんがネイルを出した。ラズベリーピンクだ。
すると彼女が雄大くんにそのネイルを渡した。
「塗ってくれるの?」
「うん、これからは俺が塗らせてもらいます」
なんだかわからないが涙が止まらない。
「ずるい、ずるいよ…….。ばかばかばかばか」
みんなのせいだ。全部、全部みんなのせい。みんなのせいで涙が止まらない。
「雫さん。雫さんがずっと恋のフリしてるんじゃないかって不安だと思ってること知ってますよ。でも、フリじゃなくってほんとだって、毎日でも言います。だから、信じてください」
「ほんとに……?」
人差し指が塗り終わった。ネイルがはみ出てる。私の手が震えてるから?
「本当です。僕も信じてます。雫さんの俺への愛は本物だって」
中指もネイルがはみ出てる。なんだ、雄大さんも手が震えてる。
「1日でも欠かさず愛してくれますか?」
「もちろんです。だから、だから結婚してください」
小指は綺麗だ。コツを掴んだみたい。
「こんな卑屈でいやな女でも?」
親指が終わった。あと一つだけ。
「そうです。いっぱい考えて、可愛くて仕方がない女の人と馬鹿な俺が結婚するんです」
「薬指でそんな震えないでよ。馬鹿で、不器用で、でも愛おしいあなたと、私が結婚するんですね?」
彼が、指輪をわたしの薬指に。ピッタリ。いつ買ったんだろう。そして手紙を出した。
「これ、短いけどラブレター。俺と雫さんの小説の一文目です」
そこには、結婚してくれますか? とだけ書かれていた。
こんな素敵な人に出会えるなんて、奇跡だ。
「喜んで」
泣き顔が、ほんとに綺麗だ。
しわくちゃな顔でも、美しい人。
「ラズベリーピンクだと思ったやろ? 赤色やでそれ」
はは。全く、騙された。でも、彼となら、彼だからこそ、赤色で、もう大丈夫。
だって、これが愛じゃなかったら、なんだって言うの。




