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最愛の婚約者が真実の愛に出会ったとか言い出した件

掲載日:2026/07/09

「マリティーア、ぼくは真実の愛に出会ってしまった」



 婚約者であるマクリガル第一王子にそう言われて、私、ランドベルト侯爵家が娘、マリティーアは二度まばたきをした。

 王宮の薔薇園に設置された東屋。それぞれの背後に立つ侍女と護衛騎士を除けば二人しかいない簡易的な婚約者交流を目的とした小さなお茶会だ。

 そう思って気を抜いていたのに、なかなか重い話題が降ってきたものだ。


「まあ、マクリガル様。お相手は?」

「……」

「教えてくださらないの?」

「……母上達には言わないでほしい」

「お約束しますわ。王妃様にも、私のお父様たちにも、マクリガル様の乳母のサリー様にも言いません」

 そういって微笑むと、安心したように小さく笑みを浮かべ、ミリガン子爵令嬢だよ、と教えてくれた。


 メイニー・ミリガン。

 確か、最近王城に出入りしている雑用メイドだ。侍女や上級メイドですらない。

 よく知り合ったものだとは思うが、おそらくマクリガル様が勉強を嫌がり部屋を抜け出した時に裏口辺りで会ったのだろう。

 柔らかいピンクブロンドと赤い目をした可愛らしい女性だったと記憶している。


「それで」


 手元の紅茶を一口飲み、喉を潤す。

 この後、話さねばならぬ事がたくさんある。


「マクリガル様は、その子が好きなんですね」

「…ああ」

「では、どうしますか?」

「どうする、か……」


 眉間に皺寄せ、サファイアのような目を伏せて俯く。輝く金の髪がふわりと風に揺れて、ふとすれば上等な絵画を見ているような気持ちになる。しかしここで話を終える気はない。


「たとえば、彼女と結婚をしたいとか」

「え?」

「将来、子を産んでほしいとか」

「ええ?」


 私の質問にたびたび驚く。きっと何も考えてないのだろう。正直に言えば予想通りである。

 真実の愛なんて言うけれど、ただちょっと気になっただけなのに、大袈裟な言葉を使いたい年頃なのだ。

 私は手付かずの彼の紅茶に一つ、角砂糖を落としてやる。少し驚いた顔をしたあと、慌ててスプーンでかき混ぜて一口飲む様子は素直すぎて逆に心配になる。


「何も考えてなかった、けど、そうだな…」


 喉を潤し、少し頭が回ったらしい。


「花を、贈りたい。マスタードグリーンズの花が好きだと言っていたから」

「それから?」

「マリティーア、君に言うの恥ずかしいんだけどな…」

「何を今更、私とマクリガル様の仲でしょう? 小さい頃から、長い時間あなたと過ごしているんですよ」

「だから、姉のような君に言うのが恥ずかしいんだけど、でも、うん」


 悩む彼をよそに、焼き菓子を一つ口に運ぶ。とても美味しい。


 観念したように、小さな小さな声で


「一緒に、絵本とか読みたいかな」


 まだ椅子に座ると地面につかない小さな足を揺らしながら、マクリガル様はつぶやいた。


 彼の背後に控えた侍女の肩が小さく揺れたのを見なかったふりして、私は王子の紅茶にミルクを足す。

 わかりやすいほどに顔色を明るく変えて、ティーカップを手に取るマクリガル様。


 先月、王妃様の第二子御懐妊を聞いて「かっこいい兄になる」と宣言をしてから紅茶に入れるミルクと砂糖を我慢していた、まだ6歳の可愛い可愛い婚約者様。



「絵本は難しいかもしれませんが、お花は贈れると思います。庭師に聞いておきましょう」

「ありがとう、マリティーアはさすがだ。初級学園でも学年主席だし、なんでも知ってるんだな」

「なんでも、ではありませんが……そうですね、マクリガル様よりは年上の分多くを知ってるかもしれません」


 そう言いながら、近くの侍女に目配せをすると察したようにマクリガル様の皿にチョコの菓子がサーブされる。彼は少し驚いた顔をした後、とても嬉しそうに一粒を口にする。

 彼が一番好きで、今日の茶菓子の中で特に気にしていた一品だ。どうしてこれが食べたいとバレたのかわからない、という顔をしながらも満足そうに咀嚼をする姿は天使のようだ。


「マクリガル様なら、きっとすぐ私を追い越してしまうでしょう」

「そう、なれたら良いけれど、無理なこともたくさんあるかもしれない、から」

「飲み込んでからで良いですよ」

「……んぐっ。うん、だからマリティーアにずっと支えてほしいな。マリティーアができない事は私が頑張って勉強するからね」


 だから、よろしくねと無邪気に笑う。

 私の可愛い天使様。


 その後は悩みを話して満足したのか真実の愛はどこへやら、いつも通り無邪気に笑う彼と手を繋いで王宮の庭を散歩したり、新しい絵本を読んだりと穏やかな交流をした。

 帰り際に、ミリガン子爵令嬢にマスタードグリーンズの花を贈るから、マリティーアにはこの前新しく株を増やした真っ白な花で、あざれあ?っていうのを贈るよと言われた。



 帰宅してから、お父様にねだってミリガン子爵令嬢の情報を集めた。我が家の諜報部の調べによれば、幼馴染みで伯爵家長男の婚約者がいる。婚約者が領地経営の勉強を終えて現伯爵引き継ぎが終われば結婚をする予定らしい。

 良くも悪くも貴族らしくない面があり、おそらく雑用をさっさと終わらせるために物凄い速さで裏庭を駆けていく様子をたまたま見かけたらマクリガル様が「足が早くてカッコいい」と憧れたのが今回の発端らしい。

 因みにマスタードグリーンズの花は好きらしいが、観賞用ではなく食用としての「好き」だという。特に婚約者の領地の畑で取れる品種がおひたしにすると美味しいから、もっと売り出したいと同僚に言っていたーー。


 私は深いため息をついた。


 小さな王子様の初恋とも呼べぬ物はあっさり終わりそうだ。彼自身も深くは考えていなそうな所が不幸中の幸いだろう。

 そうと決まれば、私のやる事はひとつだけ。侍女を呼び、明日以降のスケジュールを確認させる。


「なるべく早めに運動の家庭教師をつけてちょうだい。少しでも強く、たくましく、速くかっこよく走れるように指導してくれる人を探して」


 齢8歳の私にはまだまだ伸び代がある。

 子爵令嬢に負けないようにマクリガル様の心を射止めるために、強く強く心に誓ったのだ。



 私の身体能力と機動力に感度したマクリガル様が「やっぱりマリティーアが一番だ!君が真実の愛だよ!」と言ってくれるのは6ヶ月後。


 そんなやり取りを思い出して

「そんな昔話、もう忘れてくれよティア…」

と顔を赤くするのは10年後。


 可愛い息子と娘たちにそんな子供時代の昔話がバレて、

「黙っていてくれと言っただろう!」

と半泣きで元乳母で今は侍女頭になっているサリー様に詰め寄りうまく躱されるのは、20年後のお話。

子供の無邪気さというより「ガキ可愛い〜」スレッド系のノリで。

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― 新着の感想 ―
いつもの婚約破棄の流れかと思いきや絵本辺りで頭がクエスチョンだらけとなりましたが、まさかこんなオチだったとは。 侯爵令嬢が子爵令嬢の情報を調べるのに父親に頼むのではなくねだるという表現が大人びている侯…
ん?・・・絵本を一緒に読みたい? Oh・・・8歳と6歳の時の会話か・・・ う~ん可愛い会話ですね。
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