実践日々のハラヘリズム ――「腹が減った。そうだ革命をしよう。」――
このどうしようも無い日常への愛着が、秩序だった混沌である今日を支えている。
私たちにできるのは、今〈日常〉を認めながらも、漸進的に明日を作る姿勢なのかもしれない。
大学三年の秋、冷蔵庫には麦茶しかなかった。
佐原ユウは六畳一間の床に寝転び、天井の染みを見つめながら空腹に耐えていた。スマホには「ガクヒ」引き落としの通知。財布の中には七十三円。コンビニのおにぎりすら遠い。
「腹が減った……」
その瞬間、彼の脳内に雷のような言葉が走った。
「そうだ。革命をしよう」
翌朝、ユウは大学の掲示板に奇妙なビラを貼った。
『学食値上げ反対・空腹学生同盟結成』
『主食を取り戻せ』
『唐揚げ定食五百円防衛戦線』
最初は誰も相手にしなかった。だが昼休み、四十四円の味噌汁だけをすすっていた学生がぽつりと声をかけた。
「……参加していいですか」
それを皮切りに、人は増えた。
仕送りが減った地方学生。研究室に泊まり込みで食費を削る院生。サークル費で破産しかけた一年生。彼らは皆、静かに腹を空かせていた。
同盟の活動は奇妙だった。
学食の余り物情報を共有し、安いスーパーのタイムセールをマッピングし、余ったレトルトを交換する。「革命」と呼ぶにはあまりにも地味だ。
だが、人数は増え続けた。
「我々に必要なのは暴力ではない!」
ユウは学生会館前で叫ぶ。
「必要なのは、満腹だ!」
拍手が起きた。
誰かが炊飯器を持ち込み、誰かが畑を借り、工学部が壊れた冷蔵庫を修理した。文学部は「空腹と近代国家」という謎の講演会を開き、法学部は「学食価格と公共性」の討論を始めた。
大学側は最初、呆れていた。
だが、学園祭で同盟が出した「百円カレー」が三千食を完売した時、空気が変わった。
学長は記者会見で言った。
「これは……新しい学生自治の形かもしれません」
翌年、大学には正式に「フードシェア制度」が導入された。余剰食品の配布、低価格食堂、学生農園。ニュースはそれを“静かな革命”と呼んだ。
けれどユウ自身は、案外どうでもよかった。
冬の夜。部室で湯気を立てる鍋を囲みながら、仲間たちが笑っている。
「結局さ、お前なんで革命とか言い出したの?」
そう聞かれ、ユウはしばらく考えた。
窓の外では、都会の電車が鉄の音を鳴らして走っている。
「……いや」
ユウは鍋の肉をつつきながら答えた。
「腹が減ると、人間って孤独になるだろ」
部屋が少し静かになった。
「だから、一緒に飯食える場所を作りたかっただけだ」
誰かが「くっさ」と笑った。
笑い声が広がる。
鍋の湯気が白く立ち上る。
革命は、案外こんな匂いがした。




