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絶えない希望の光

 現実に戻りたい。夢から覚めたい。そう強く願ったとき、私の目の前は真っ白になった。

 最後に杏奈が「未来で会いましょう」と言ったのが聞こえた。私はもう見えない杏奈に向かって微笑みを返す。

 真っ白な世界に、透明に近い白の蝶が現れた。一匹、二匹、三匹と増え、私の周りを飛んでいる。

 すると、その中の一匹が見覚えのある青いドレスをまとう。

『紫織、やっと目覚める気になったんだ』

 それはずっと私に話しかけ、頭痛と共に現実を思い出させようとしてきた妖精だった。

「うん。現実に戻る理由が出来たの。杏奈に会いたい、未来を諦めたくない。もう少しだけ頑張ってみようかなって思えたの」

 それを聞いた妖精は、大きく安堵するようにため息をついた。

『よかった。そう思ってくれて。紫織がずっと目覚めないなら、私この世界を作った仲間を説得して、夢の世界を壊してまで目覚めさせようとするところだった』

「……どういうこと? 夢の世界は妖精が作ったの?」

 その途端、私の頭の中に疑問が沢山浮かんだ。夢の世界とはなんなのか。過去と未来の存在両方と話せるのはどうしてなのか。そもそも妖精とはなんなのか。

 黙り込んでいる私を妖精が青い瞳でじっと見つめていた。私は浮かんできた疑問を話そうとする。すると

『わかった。ここは夢の現実の狭間だから、どのみち忘れる仕組みなんだけど、紫織が知りたいんなら最後に教えてあげるよ』

 浮遊感に襲われる。直後、真っ白だった世界が淡い虹色に変わった。


『帰りながら話そう』

「うん……」

 水中を浮かんでいるような感覚のまま、私はゆっくりと前へ進んでいく。

『妖精は普段は人間に見えないだけで、沢山いるの。私は夢の世界と現実世界、両方にいける妖精。だから現実で紫織を待つ人のことを、ずっと気にかけてた。強引な手段を使ってでも、紫織を現実に戻そうって』

「そっか。私を待ってくれてる人って、お母さん?」

『そうだよ。もう何日も家に帰ってない。ずっと病院にいる紫織の隣にいるの』

 その言葉にお母さんからの愛情を感じて、心が温まる感覚を素直に受け入れられないような、不思議な感情が帰来する。

『ここは気絶した紫織を見た一人の妖精が、紫織の記憶を元に気まぐれで作り出した夢の世界。ミントはあの世を行き来出来る妖精が連れてきた』

 ずっと同じ景色が続いていたが、ふと前のほうに出口のような光が見えた。それをみた妖精は少し移動スピードを落とす。

 メリーゴーランドより遅い速さでゆっくり上下しながら、私たちは光を目指す。

『杏奈に関しては時間を移動する妖精が、未来の杏奈の意識をここに連れてきたから話せる。そうしていろんな妖精が紫織の夢の世界を作り上げたの』

「そうなんだ。とっても複雑だね……」

 ある程度は理解出来たけど、とても現実味のない話だ。そもそも夢の世界にいる時点で現実味はないのだけど。

「妖精がいるんだ。この世界に沢山。そのおかげで私はここにこれたんだね」

『そう。人間の身に起こる不思議な現象は、みんな妖精のきまぐれだよ』

 まるでおとぎ話のようだ。でも私はそういう空想は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。

「ありがとう、教えてくれて。ありがとう、夢の世界に連れてきてくれて」

『どういたしまして。さあ、もうすぐ出口だよ』

 真っ白な光が広がる前で、妖精は止まった。私は止まらず振り返って後ろにいる妖精を見る。

「じゃあね。ちゃんとミントとお別れして、杏奈と友達になるから! 夢より可能性に満ち溢れた現実でね」

 優しい光に包まれて意識が遠のく。その直前に、今まで一度も笑顔を見せなかった妖精の、笑った顔が見えた気がした。


 それからのこと。目をさましたとき、私は病院に居た。

 すぐにお母さんの声が聞こえて、私は抱きしめられた。ちょっと混乱したけど、少しずつ現実の記憶、そして夢の世界での杏奈とのやり取りを思い出して、私はお母さんを抱きしめ返した。

 私は現実に帰ってきた。お母さんは私の目覚めを泣きながら喜んでくれて、少し戸惑った。

 でも私が目覚めることを待っていてくれたこと。そして目覚めを嬉しく思ってくれていることは事実で、信じていいのだろうと思った。

 私は私が思っていたより、お母さんに大切にされていたのかもしれない。そう思うと、また少し心が暖かくなった。


 どうやら私は一か月近く眠っていたらしい。眠っていたというよりは、大きなショックで気絶したというほうが正しい。一か月という期間は、私が夢の世界にいた期間と同じだ。

 そのあと診察室に連れていかれて、いろいろ調べられた。そもそも一か月以上目覚めないことが普通はありえないらしいので、私がいくら大丈夫と言ってもすぐには家に帰れなかった。

 私が退院したのは、目覚めてから五日が経った頃だった。

 家に帰ったとき、私は勇気を出してお母さんに聞いた。ミントは死んだのかと。

 お母さんは答えなかった。多分私がミントの姿を見て倒れたからだろう。

 沈黙は肯定という。私はもう大丈夫だから、ミントに別れが言いたいとお母さんにお願いした。

 お母さんは家の庭に連れて行ってくれた。


 花壇の空いている部分に、ミントと書かれた札が立っている。多分ここがミントの墓だ。

「……悲しい。寂しいよ。でも大丈夫。ミントとの思い出は忘れない。夢でも現実でも、ミントと遊んだ時間はとっても楽しかった」

 墓に向かってそう囁き、目を閉じる。

『私、この小さい子がいい!』

『そう。じゃあその子にしましょうか。名前は決めてるの?』

『うん。私はエメラルドグリーンが好きで、チョコミントアイスも好き。だからそれに合わせてミントって名前にするの。エメラルドグリーンのスカーフとかつけたら、可愛いだろうなぁ』

 犬を飼いたいとお母さんに言って、ペットショップに来たとき。私は周りの子たちより小柄で、瞳が輝いていた犬を選んだ。それがミントとの出会いだ。

 すぐに手芸屋で布を買って、お母さんにスカーフを作ってもらった。

 当時小学五年生だった私は、しつけややってはいけないことを覚えるのに手間取ったけど、ミントのいる生活が楽しかったことは今と変わりない。

 今より活発だったころは、お母さんとミントと三人で遠出したこともある。たまに単身赴任から帰ってきたお父さんも交えて、家族みんなで笑いあっていた日々も懐かしい。

 中学生になって辛いことがあっても、ミントとだけは変わらず関われた。

 そんなミントと夢の中で会話していたなんて、話してるときは大して疑問にも思わず楽しかったけど、今考えるととても不思議なことだ。

『紫織。まだこっちで一緒に遊ぼうよ。僕と遊ぶの楽しかったよね?』

 あどけない少年の声で私と話していたミント。まるで小さな弟が出来たかのようだった。

 夢の世界での日々は何にも代えがたい貴重な体験だった。

 現実には、もうミントはいない。私が目覚めたことで、その魂もあの世へ旅だったのだろうか。安らかに眠っているだろうか。

「悲しいなぁ。寂しいよ。四年間ありがとうミント。本当に楽しかった。辛い時もミントと過ごしていれば、心が軽くなったの。そんなミントともうお別れだなんて、本当に寂しい。でも大丈夫。私があの世でミントと会うときに、楽しかったと言える人生を歩んで見せるから」

 目を開けて、ミントの墓をみる。なんの返答もないのに、ミントが優し気に笑っている気がした。紫織なら大丈夫と言っている気がした。

「おやすみなさい」

 最後にそれだけ告げて、私はその場を去った。

 私はもうミントの死に絶望はしない。

 これからは、未来で杏奈と友達になるために、頑張ろうと思う。

 私の心は希望の光で満ちていた。

 

 半年以上が経った頃。私は無事、隣町の通信制高校に入学した。

 今日は入学して初めての授業の日。私は早めに学校に行き、ほとんど人がいない教室にはいる。

 初授業はやはり遅れないように意識した結果、早すぎるくらいの時間に学校に着いてしまう。

 私はスマホを取り出し、好きなキャラのイラストを眺めて授業開始を待つ。

 十数分後、徐々に教室に人が集まってきてにぎやかになってきた。顔をあげてあたりを見渡すと、教室には既に三十人近くいるように見えた。

 うちの高校は一つの学年につき教室は一つだ。オンラインで受ける人もいるが、教室自体は五十人ほど座れそうなくらい広い。

「あの、お隣いいですか?」

 ふと後ろから話しかけられた。振り返ると、そこには杏奈がいた。

「あっ杏……えっと、どうぞ」

 とっさに名前を呼びそうになって、私は口をつぐむ。ここでは私たちは初対面だ。

 杏奈は軽く会釈して私の隣に座る。私はその横顔をまじまじと見つめる。

 高くまとめたポニーテール、日本人にしては珍しい薄い茶色の瞳、整った顔立ち。どこをどう見ても夢の世界で会った杏奈そのものだ。

(やっと杏奈に会えた……! でも、なんて話しかけよう。突然話しかけたら迷惑かな)

 せっかく杏奈に会えたのに、いつもの癖で話しかけるのを躊躇してしまう。

(いや、ここでためらったらだめだ。勇気を出して話しかけないと、杏奈と友達になれない)

「あ、あの!」

 私は意を決して杏奈に声をかけた。そのとき、杏奈のスマホに私の好きなキャラクターのキーホルダーがついているのを見つけた。

「なんですか?」

「そのキャラ、好きなんですか? 私もこのゲームのファンなんです」

 勇気を振り絞ってそう言うと、杏奈は夢の中で見た時よりも、一層輝いた笑顔を返してくれた。

 目の前に光が満ち溢れているかのようだ。私はそのまま勢いに任せて杏奈と喋る。

 会話ははずみ、私はこの世界での幸せを一つ見つけたのだった。

                                         (完)

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

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