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広がる曇り空

次の日、私とミントは杏奈の提案で、近くにある公園を訪れた。

 この公園は海に近く、いつも杏奈がいる灯台のすぐそばにある。私たちが公園についたとき、杏奈は公園のベンチに座って本を読んで待っていた。

「おはよう杏奈! あれ、何してるの?」

 杏奈は手に赤いシートを持っている。本の文字をよく見ると、赤い文字で書かれてる部分とそうでない部分があって、赤いシートをかぶせた部分は赤い文字が消えたように見える。

「おはようございます。ああ、これですか? ちょっと昔の癖みたいな感じで。ここでは必要のないものなのに、ついやってしまうんです」

「ふーん?」

 見慣れないようでどこかでみた赤いシートを、私は不思議に思う。私もこのシートを使って勉強をしていたような気がする。

「あっ紫織。無理に思い出さなくていいですよ。それより、今日は何をしましょうか」

 杏奈が慌てたように話題を変えた。私はミントと目を合わせて、にっこり微笑む。

「今日は、二人のことを描きたいんだ」

 持っていたスケッチブックを抱きしめて、私は公園の下にある砂浜に目をむける。


「私はキャラクターイラストを描くのが好きなんだけど、たまには違うことをやってみたくて。ミントと杏奈に海で遊んで欲しいんだ。その様子を私が描くから」

「僕、ボール沢山持ってきたよ。杏奈、遊ぼう!」

 ここに来るまでの間、ミントはずっとお気に入りのスイカ色のボールを咥えている。そのほかのボールは私がトートバッグにいれて持ってきた。

「分かりました。私たちは海辺で遊んできます。なにかあったら呼んでくださいね」

 そうして二人は階段を降りて砂浜へ向かっていった。


 私は海側を向いているベンチに座り、ボール遊びを始めた二人と海を描く。

 涼しい風に乗ったほんの少しの幸の香りに癒されながら、私は一心不乱に絵を描いた。

 そうして青い海を背景に、少女と犬が遊んでいる絵が完成した。どのくらいの時間がたったのか、自分でも分からないくらいに集中して描いていた。

「ふー出来た。……でもやっぱりキャラクターイラストのほうが好きだな私」

 完成した絵を見て真っ先にそう思った。今回は色鉛筆を使って背景の海もしっかり陰影をつけて描いたが、慣れない作業でとても疲れた。ミントと杏奈のほうも、デザインはキャラクターよりになってしまった。

 私はスケッチブックのページをめくり、前に描いた女戦士のイラストを見る。なにかのゲームで兵士団を率いてそうなかっこいい女戦士。こんな風に鎧のデザインや色塗りは出来るけど、景色はうまく描けない。自分の苦手分野を知れた気がする。


『紫織は絵を描くのが好き。それはいつから?』

 耳元で囁かれ、びっくりしてスケッチブックを落とす。

「あっ戦士のイラストが……」

 急いで拾い上げ、砂を払う。私はスケッチブックを抱えて自分の右側を見た。

『いつから紫織は絵を描くのが好きなの?』

 白い羽の妖精が、首をかしげて私を見ている。まるで母親に知らないことを訪ねる子供のような顔だ。それをみた私は、思わず妖精の質問に答えようとしてしまう。

「いつから……? ずっと昔からな気がするよ」

『小学生のころだよね。一緒に絵を描く友達もいた』

「小学生……?」

 その言葉の意味を考えようとしてはっとなる。あまり妖精と話をし過ぎると、また頭が痛くなるかもしれない。私は焦って立ち上がる。

『どうしたの紫織。昔のこと思い出そうよ」

「いやだ。そんなことする必要ないよ。あなたと話してたら、また頭が痛くなっちゃいそう」

 後ずさって妖精から距離をとる。そんな私に構わず妖精は輝く鱗粉を散らしながら、私に近づいてくる。


『なによ。私はちゃんと、紫織自身が思い出すようにしようとしただけなのに。私と話してもくれないの? 幸せになりたくないの?』

「あなたが何を言ってるのか私には分からないよ! 私は今すごく幸せだよ。邪魔しないで!」

 恐怖を抑えて精一杯叫ぶ。それでも妖精は全く怯んだ様子を見せない。

(ミント、杏奈……。誰か助けて)

 俯いてスケッチブックを抱きしめる。そのとき、スケッチブックが暖かくなった気がした。

『紫織はここにいてもいろんなものを失って……きゃっ」

 妖精の悲鳴が聞こえた。恐る恐る私は顔をあげる。

「えっ」

 そこには赤い髪に銀色の鎧をまとった女戦士が、私を守るように立っていた。

 その姿は、私がスケッチブックに描いた戦士と同じだ。

 戦士はレイピアを取り出すと、妖精に向かって突いた。妖精はひらりとかわしたけど、戦士の存在に危機感を覚えたのか、そのまま姿を消した。

「あっ……よかったぁ。戦士さん、ありがとう」

 私の前に立つ戦士はちらりとこちらを見ると、何も言わず絵に吸い込まれるようにして消えていった。

(妖精を追い払えたよ……! このままこうやってイラストの力を使ったり、前にミントが言ってたみたいに、私が幸せだってことを伝えれば大丈夫かも)

 妖精へ対抗する手段が出来て、私はほっと息をついた。

 

 それから数日、私たちはまたいろんな所に行って、徐々に行動範囲を広げつつあった。

 別の方向にある町には三人で飛んでいった。私が杏奈を抱えて、杏奈がミントを抱えて空を飛ぶのは、大変だけど楽しかった。

 別の日には、ここに来た時に私がいた花畑でピクニックをした。花の香りがとても心地よくて、そのまま三人で昼寝をした。

 私は着々と沢山の思い出を作っている。

 毎日が楽しくて仕方ない。

 今日も私たちは昼から出かけようと、私の家で待ち合わせをしている。

 私はミントと共に杏奈が来るのを今か今かと待っていた。


「あー杏奈まだかな」

「紫織。さっきからずっとそう言ってるよ」

「だって楽しみなんだもん」

 鏡を見なくても分かる。今の私はずっと笑顔が絶えていないだろう。

 わくわくする思いのまま待ちきれずに家の扉を開ける。すると向かい側の道に杏奈がいるのが見えた。

「あっ杏奈だ! おーい!」

 私は杏奈に向かって大きく手を振る。そのとき、目の前に何かが大きな虫のようなものが飛んできた。

「あっ紫織! 妖精が……!」

 杏奈のその声に私は血の気が引いた。ほどなくして私の目の前にあの時の妖精が現れる。

『紫織、そろそろ目覚める気になった?』

 輝く鱗粉のような光をまきながら、妖精はにこにこ笑ってこちらの様子をうかがっている。

 私は後ろを向いてスケッチブックを取りに帰ろうとする。けれども妖精はそれを阻むように私の目の前まで飛んできた。

「目覚めるって何? 私はずっとここにいるよ。ここが幸せなんだから」

 私ははっきりとそう言い切る。すると妖精はぴたりと動くのをやめて表情を消す。

『なんで? 早くこっちに来なよ。それとも誰も……』

 妖精の言葉はそこでさえぎられる。ミントが妖精に体当たりしようと飛び跳ねたからだ。

「黙ってよ。紫織はここにいることを望んでる。これ以上紫織の幸せを邪魔するなら、僕は全力で君と対立する」

 威嚇するようにうなるミントを見て、妖精はまた蝶のように飛び始めた。

『そう。君はここがなんなのか知ったうえでそう言うんだ。ならいいよ。後悔することになっても私は知らない。でも気が変わったらいつでも待ってるよ』

 からかうような笑いを響かせて、妖精は空気に溶けるように消えた。


「よかった……いなくなった」

 私がほっと胸をなでおろしていると、向かい側から様子を見ていたらしい杏奈が走ってきた。

「紫織、大丈夫ですか?」 

「うん。よかった、何事もなくいなくなってくれて。さっきの言葉を聞いた感じ、諦めてくれたのかな?」

「だといいね。でも大丈夫。またくることがあっても、紫織は僕が守るよ」

「ふふ、ありがとう」

 頼もしいミントの言葉に私は心が温かくなる。そのとき、私たちのことを杏奈がじっと見つめているのに気づいた。

「杏奈? どうしたの?」

「……妖精は来なくなるでしょうが、でも本当にそれでいいんでしょうか」

「えっ?」

 突然よくわからないことを言い出す杏奈に私は戸惑う。

「いいに決まってるよ。紫織がまた倒れちゃうこともないだろうし。あの妖精はここでの生活の邪魔だよ」

「……そうだよね。うん」

 杏奈は笑ったけど、その笑みはどこか複雑そうに見えた。 


 それから私たちは変わりない日々を送るはずだった。

 もう妖精は来ない。また誰にも邪魔されない平和な日々を送れる。そう思っていた。

 けれども妖精は現れた。なにも言わなくなったけど、遠くから私を見ていることがあった。

 それだけならまだよかった。でも徐々に、妖精がいなくても頭が痛くなることが増えた。

 どこを見わたしても妖精はいないのに、ただ普通に会話をしていただけなのに、頭が割れるような痛みが私を襲う。

 その痛みは私に知っているようで知らない光景を思い出させる。

 ここじゃない場所でミントと遊んでいる記憶。学校の門で写真を撮った記憶。

 でも私はそれがなんなのか分からない。分かりたくもない。

 私はここで幸せに暮らす。そのためにも、頭痛の原因を探さないと。

 頭痛は時間経過で消えることもあれば、私の意識を奪うこともある。その規則性を見つければきっと対策法が見つかるはず。ミントは私を励まそうとしてくれた。

 けれども唐突に、予兆なく現れる頭痛に、私の気分はどんどん落ち込んでいった。

 楽しい日々の中に、言いようのない不安を抱いている。そのせいで、以前に比べて心の底から日常を楽しめてない。

 私はこれからどうすればいいのだろうか。そんなことを考えながら、私は今日も眠りについた。


読んでくださりありがとうございます。

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