ひびのはいったガラス
それから私はミントと杏奈と楽しい日々を過ごした。
私達から灯台にいくこともあれば、杏奈が町まで来てくれることもある。ミントに案内してもらいながら町を巡ったり、杏奈が知っている他の景色がいい場所に行ったり。はたまた三人で行ったことのない場所に冒険しに行ったりもした。
私の毎日は充実していた。たまにちょっとだけ退屈かもしれないと思うことはあったが、三人でいろんなところに行くたびにそんなことは感じなくなった。
ここに来てから大体二週間が立った頃。
私はミントと杏奈と一緒に、隣町の中華料理店に来ていた。
目的はもちろん、三人でここの炒飯を食べるためである。
私が住む町の炒飯も絶品だったが、せっかくなら違う町のものも食べてみたい。そういって私が二人を誘ったのだ。
お昼時に歩いて町まで行く。空を飛べるというのに、最近の私は歩いてばかりだ。理由はゆっくり歩きながら三人でお喋りしたり、周りの景色を見たり、小さな自然と触れあうのがとても楽しいことに気づいたからだ。
そうしてたどり着いた和風の町で、私達はのんびり炒飯を食べていた。
「うん、ここの炒飯も美味しいね。私の町で食べた炒飯は食べなれた優しい味だったけど、こっちは少し味が濃い分すっごく美味しい」
「紫織はどっちの方が好き?」
「うーん。美味しいのはこっちかな。でも私の町のやつのほうが沢山食べれるかも。味が薄い分アレンジも効くし。胡椒とかね」
「紫織の町の炒飯は、確かにそうでしたね。ラーメンに合うのはこっちの炒飯ですけど、炒飯単体ならどっちも私は好きです」
そうやって自分の好きな味や、食べ物についての話題に花を咲かせる。
話しながら食べていると、食べ終わるのに随分時間がかかってしまった。時計の針はここに来た時から一周して、午後十四時を指している。
「ごちそうさま。私が一番食べるの遅かったね」
「いいんですよ、ゆっくり食べていても。それじゃあ、このあとはどうします?」
「せっかくだから、私この町を見て回りたいな」
私は夜までこの町にいたい。こういう静かな町は、夜になると虫の声だけが聞こえて、とても落ち着くからだ。
「じゃあゆっくり町を見て回って、夜まで時間をつぶそう!」
ミントはそう言って楽しそうにしっぽを振っていた。その様子に私も杏奈も自然と笑みがこぼれる。
三人で店を出て、町の中を探索する。何かを売っている店には看板があって、住宅には何もかかってない。それに住宅の大半は瓦屋根なので、とても見分けやすい。
「んーこの辺にはあんまりお店ないね。それにしても、この町の建物は私が住んでる町とは随分雰囲気が違うな。それなのにどこか親近感があるというか……」
『それはここが日本を模してるからだよ』
突然、どこかから声が聞こえた。ミントと杏奈にも聞こえたようで、私たちは辺りを見わたす。でも何も見つからない。
『紫織が住んでる町は、ゲームの世界を模している。後にバーチャルリアリティ世界で君が体験する町」
目の前に何かが飛んできた。蝶のようなそれは、よく見ると妖精だった。白い羽に花弁のような青い服を着ていて、見た目はとても可愛らしい。
「こんにちは。さっきの言葉はあなたが言ってたの?」
私が人と話す時と同じように親し気に話しかけると、妖精はその場をくるくると飛んでまわる。その様子を眺めていると目が回りそうだ。
『あなたは人に話しかけるのが苦手』
「え? 別にそんなことないけど……そう思った?」
『それはあなたの理想。あなたは今、理想の姿』
ずっと妖精がなにを言っているのかわからない。私は首をかしげる。けれども妖精の言葉をスルーすることも出来ない。何かがひっかかる。
『君の友達は死んでいる。それを見た君はここに来た。早く目覚めて、紫織』
妖精はそう言ってミントの元へ飛んでいく。それを見た瞬間、頭に何かが刺さったかのような激痛がはしった。
「うっ……」
「紫織、大丈夫ですか!?」
崩れ落ちた私を杏奈が支えてくれる。眩暈がして気分が悪い。ズキズキと頭を刺してくる痛みに混じってどこかの光景がちらつく。
(どこ……? 河川敷? 知ってる場所? 嫌だ、頭が痛い。考えたくない)
『ここは偽り。ここじゃ君は真に幸せになることはない』
「そんなことないよ。紫織はここに来てから毎日笑顔なんだ。ここは紫織が僕と一緒に暮らせる幸せな場所だ。理想郷なんだ! 君こそ紫織の幸せを邪魔しないでよ」
はっきりした口調でそういうミントの声が頭に響く。このままじゃ痛みにおぼれて意識を失ってしまいそうだ。涙が溢れてくる。
『……そう。なにを失っているのかも知らないくせに』
かろうじて妖精がそう言ったのを聞き取れた。次の瞬間、頭の支配していた痛みが一気になくなった。
突然頭が軽くなり、私は一気に脱力する。その瞬間、私の視界は闇に包まれた。
『紫織、まだ目覚めないの……? いつになったら目覚めてくれるの? あなたまでいなくなっちゃったら、私はもう……』
真っ暗な世界で、誰かの声が聞こえる。女の人の声だ。ひどく安心感のある声。
『紫織。まだこっちで一緒に遊ぼうよ。僕と遊ぶの楽しかったよね?』
後ろからミントの声が聞こえた。私はそっちへ行こうと手を後ろに伸ばす。
『そうだよね。まだ僕たちと一緒にいよう』
ふわふわしたミントの手が私に触れたとき、私の視界をやわらかな虹色が包んだ。
虹色の光が弱まると同時に、私の瞼は開いた。目に映ったのは白い天井だ。
「紫織! よかった目が覚めたんだね!」
「安心しました……! ずっとうなされていましたから」
耳元でミントの声がして、すぐに上から杏奈の声が降ってくる。私は体を起こして辺りを見わたす。私は布団に寝かされていたようで、周りには押入れの他にはテーブルとテレビしかない。簡素な和室だ。
「ここはどこ?」
「近くにあった旅館の部屋を借りたんだ。紫織が倒れちゃったから」
「そっか……。なにがあったのか、あんまり思い出したくない。また頭が痛くなったら怖いから」
ぼんやりと頭に思い浮かびかけた妖精の言葉を、思い出したくなくて頭を振る。
「……怖い。なんだったの、あれ。ミントや杏奈はあんな妖精見たことある?」
「私は見たことないです。なぜ紫織の前に現れたのかも分からないです」
「そっか」
妖精の言葉を聞いた時、頭が割れそうで本当に苦しかった。またあの妖精に会ったらと思うと、怖くて何も出来なくなってしまいそうだ。
「僕も詳しくは知らないけど、紫織に危害を加えようとしてたのは間違いなさそうだね」
ミントが慰めるように私にすり寄ってくる。私はミントを抱き寄せようとして、気づいた。私の手は小刻みに震えている。
「……どうして? どうして私が狙われてるの。怖いよ。またあんなことがあったらと思うと。外に出るのが怖くなる」
自分で言った言葉にどこか既視感を覚える。前にも外に出たくないと言っていた気がする。でももう既視感すら、私にとっては過去を思い出させるもので不快だ。
「紫織。妖精を追い払う方法を考えよう」
「え……?」
俯きかけていた顔をあげる。いつのまにか杏奈の膝の上に移動していたミントが、まっすぐに私を見ていた。
「対処方を考えたら、きっと怖くなくなる。妖精は、紫織がここでいかに幸せに暮らしているかを伝えたらいなくなったよ。だから妖精が現れたときに、同じようにすれば、妖精はいなくなるかもしれない」
私の心に一筋の希望が射す。確かに今回を踏まえて対策を立てれば、大丈夫かもしれない。
「そのためには紫織が今まで通り、幸せに暮らすことが大事だよ。また妖精が来ても、私は幸せだって振り払えるようになろうよ」
「……うん! そうするよ。ありがとうミント」
やっと笑顔になれた私を見て、ミントも嬉しそうにしっぽをふった。
そんななか、私は杏奈がさっきから喋っていないことに気づいた。杏奈は自分の手のひらを見つめて固まっている。
「杏奈? どうしたの?」
私が顔を覗き込むと、杏奈ははっとしたように顔をあげた。
「あっいえ、なんでもないです。紫織、行きましょう。楽しい思い出を作るんですよね?」
「うん。私はずっとここで暮らして、沢山思い出作るんだ」
私は嬉々として部屋から出た。その後ろをミントが上機嫌についてくる。
そんな私達を杏奈が何か言いたそうに見つめているのに、私は気づいていなかった。
読んでくださりありがとうございます。この話はここで半分くらいになります。




