幸せそのものの理想郷
ミントはまずこのあたりに咲いている花の名前を教えてくれた。
白色の花はカスミソウ、桃色の花は菊、青色の花はバラらしい。どれも聞いたことのある花の名前だが、バラ以外は初めて見る。
そうして十分くらい話していると、ファンタジーゲームで見るような町が見えてきた。
「あれは、町?」
「そう。あそこにはいろんな人たちが住んでいるよ。人も動物も仲良く暮らしてる。それにみんなすごく優しいんだ」
ミントはそう言って誇らしげに笑った。そこで私はずっと聞きたかったことを聞く。
「ミントや動物達が、人間の言葉を話せるのはなんで?」
「僕が喋れるのは、ここが理想郷だからだよ」
「理想郷?」
あまり聞いたことのない言葉だ。私は首をかしげる。
「うん。こうだったらいいなっていう人々の願いが叶う場所だよ。だから僕は紫織と喋ってみたいっていう願いが叶ってるんだ」
「なるほど。なら私の願いも叶うのかな……。私の願いってなんだっけ」
まだ頭がぼんやりしている。けれども思い出そうとも思わないので、私は構わずミントと話を続けた。弾むように会話が続き、私はとても楽しかった。
やがて町に到着し、私はミントについていく形で町に入った。
「こんにちは紫織ちゃん」
「紫織さんだ! この町でもゆっくりしていってね」
すれ違う人々はそう言って私に暖かい言葉をかけてくれる。みんなが穏やかな笑顔を浮かべているので、私も自然と笑顔になる。
「みんな私のことを知ってるの?」
「うん。紫織が覚えてないだけで、みんな紫織と関わったことがあったり、これから関わる人なんだよ」
「そうなんだ……」
ミントはそういうけど、頭がぼんやりとしているのでよくわからない。けれどもずっとこんなふうに純粋な笑顔をむけられたかった気がする。それを素直に喜びたかった気がする。
「ほら、あれが紫織の家だよ。僕が用意したんだ」
ミントが向かう先には、オレンジ色の屋根の小さな家があった。
私が家の扉を握ると、鍵が開く音がした。
「ここは紫織の手が鍵の役割をしていて、紫織以外は開けられないんだ。もちろん、紫織が望めば鍵を無くすことも出来るよ。さあ、中に入って!」
言われるまま私は家の中に入る。
中は左手側にベッド、正面に机と椅子、右手側にテレビがあり、奥にはキッチンとお風呂があるワンルームハウスだった。壁や家具は水色や薄紫のパステルカラーの物が多く、とてもかわいらしい。
「ここに、住んでいいの?」
「もちろん」
ミントは当たり前という風に笑って、部屋の中にある椅子の上に乗った。
私は窓の外から町の景色を見る。すがすがしい青空と、青空と同じくらいに穏やかな人々の顔。争いごとが起きる気配もない、平和そのものの町だ。
「ねえミント。どうして私はここにいるの。前はどこにいたの? 私、何も思い出せない」
私はミントの正面に座って訊ねる。
「……今は何も思い出さないほうがいいよ。紫織はね、前はすごくつらい場所にいて、やっとそこから離れることが出来たんだ。ここが紫織のいるべき町。今は戸惑うかもしれないけど、すぐに気に入るよ。なんでも望みが叶うから」
ミントは優しくそう言って微笑んだ。正直まだ分からないことだらけだ。けれども世の中には知らないほうがいいこともあるって聞いたことがある。私はこれ以上の追及をやめた。
「ねえ、本当になんでも望みが叶うなら、空を飛べたりもする?」
「もちろん! 試しに外に出てやってみよう!」
私はミントと一緒にベランダに出る。
「紫織、空を飛びたいと願ってみて」
「うん」
(自由自在に空を飛んでみたいな。ゆっくりと飛ぶ高さを自分で変えれるような、ふんわりとした飛び方がいいな)
私が心の中でそう思った瞬間、風船のように自分の体が上へあがっているのを感じた。
足元を見ると、私の足は地面から離れていた。
「わっ、本当に浮いている! すごい、屋根の上に上れたりする?」
私が屋根のほうをむくと、すっと体が自然に動き、私を屋根の上まで連れて行った。
「わあー! すごい!」
屋根の上に降り立った後も、私はしばらく空中を移動していた。ミントはそんな私を微笑ましそうに見ている。
「ミントも一緒に飛ぼうよ!」
「紫織が抱えてくれるの? ありがとう!」
私は一度ベランダに戻った後、ミントを抱えて再び空を飛んだ。町の上を飛び、さっきまでいた花畑の上を通る。そして大きく旋回して自分の家まで戻ってきた。
「どう、紫織。この場所は気に入った?」
「すごく気に入った! とっても楽しいね!」
私はその日からこの場所に住むことを決めた。
それから数日、私はこの町で暮らした。
暮らしているうちに、町の人たちともどんどん仲良くなっていった。
出会う人たちの中にはどこかで見た覚えのある人がいたけど、特に気にしなかった。昔の私がどうだったかなんて、今の私にはどうでもいい。
今日は町の外に出てみようということで、朝から出かける準備をしていた。もちろんミントも一緒だ。
「紫織、準備できた?」
「うん。ミント、行こう!」
私はミントを抱えて家を出た。まずは町の外に出て、そこから空を飛んで近くを見て回ることにしたのだ。
この町は円形で、四つのエリアに分かれている。町への出入口も四つあり、私の家は南の出口に近い。そこまでは飛んでいかずにゆっくりと歩いていく。
大通りに出ると、そこから出口までは一直線だ。通りの両サイドに店が商店街のように立ち並ぶ。そこの人たちとも大体は顔見知りになった。
「おや紫織ちゃん。こんにちは」
「こんにちはおばさん。今から町の外を見てくるね!」
「いってらっしゃい。どこにいくか決めてるの?」
「ううん、決めてないよ。おすすめの場所あったりする?」
「そうだねぇ。このまま南に飛んでいけば、綺麗な海と灯台があるよ」
「そうなんだ! いってみるね、ありがとう!」
こうやって町の人たちと親しく話せるのはとても嬉しい。ここに来てから私の心は幸せで満たされている。こんなに純粋に楽しめるのは生まれて初めてかもしれない。
町の出口にたどり着くまでに沢山の人に声をかけられた。まるで有名人だ。けれども気分は悪くない。
ただ少しだけ喋り疲れてしまった。私がそう思うと、町の人たちは軽く挨拶を返すだけで、お喋りをしようとはしなくなった。本当に私が望むとおりに町が変化しているようだ。
その様子をほんの少し怖く思ったけど、今は楽しい思いのほうが強い。私は町を出て、ゆっくりと浮かび上がった。
言われた通りに私はひたすら南に進む。目線の下にはひたすら草原が広がっており、暖かい風が私を通り過ぎていく。ここの気候は春に近いのだろうか。
五分もしないうちに水平線が見え、真っ青でキラキラと輝く海も見えてきた。すぐに真っ白な灯台も見えてくる。
私は灯台の上まで飛んで行き、着地する。そのとき、向かい側に誰かいるのが見えた。
「こんにちは!」
「わわっこんにちは……どこからきたんですか?」
私がその女の子に声をかけると、女の子は飛び上がってこちらを向いた。彼女は高校生くらいの背丈に、ポニーテールと薄い茶色の瞳が印象的な美少女だった。
「空を飛んできたの。私は紫織。こっちは友達のミント。あなたは?」
「私、杏奈っていいます。よろしく、紫織」
私はミントをおろして杏奈と握手した。
「こんにちは杏奈。杏奈はここでなにをしてたの?」
ミントがそう言うと、杏奈は海のほうを振り返った。
「ここは一番海がよく見える場所だから。落ち着くためによくここに来ているんです。人もあまり来ないし、人と話したかったら町にいけばいいので、私はよくここにいますよ」
杏奈はそう言って微笑む。まるでアイドルのような微笑みに私は思わず見惚れる。
「そうなんだ。紫織はどう、ここは気に入った? ……紫織?」
ミントの声に私はやっと我に返る。
「あっごめん。ぼーっとしちゃって。うん、ここはすごく景色がよくて気に入ったよ。でも杏奈が見つけた穴場なら、私は退いたほうがいいかな?」
「いえ、大丈夫です。それに、私にはあまり同年代の友達がいなかったので、よければこれからもお話してくれたらいいなって思います」
伏し目がちにそういう杏奈に、私はぐっと親指をたてる。
「もちろん。なんなら今から私の住む町に来ない? みんな優しくて暖かい場所なんだよ」
「あっ行きたいです。紫織はそこに住んでいるんですか?」
「うん! 私とミントはちょっと前からそこに住んでるよ」
そうして私は杏奈と一緒に灯台を降りた。飛んで町に帰ることも出来たが、今は新しくできた友達と会話したい。
飛んでいくと十分もかからなかったが、歩くと町まで三十分くらいかかった。その間に私たちは沢山話をした。
二人ともファンタジーゲームが好きだということ。杏奈にも猫の友達がいるが、今は一緒にいないということ。
さらに私もミントも杏奈も炒飯が好きという共通点があったので、これから三人で町の中華料理屋さんに行くことにした。
そのあと私の家で話したりゲームしたりしていると、あっという間に夜になった。
けれども杏奈はあの灯台に一人で住んでいるらしいので、今日は私の家に泊まって行ってくれることになった。そこまで話したとき、ほんの少し距離を詰め過ぎかと感じたけど、ここは私の願いが叶う場所。なにも怖いことは起きないし、間違わない。
私は感じた些細な違和感を無視して、今日を終えた。
読んでくださりありがとうございます。もしよかったらなにか反応をくださると、とても励みになります。




