第六話 魔獣の襲来
夜の静寂を破ったのは、地鳴りのような唸り声だった。
村の外れの森から、不気味な振動が伝わってくる。
「……来ましたね」
クラリスの紅い瞳が月明かりを映す。
「ただの獣じゃない。これは……魔獣だ」
アレンは剣の柄に手を添え、鋭く目を細めた。
地面を踏み砕きながら現れたのは、牛ほどの巨体を持つ狼。
漆黒の毛皮に覆われ、背には棘のような骨が突き出ている。
「黒棘狼……!」
セリアの声が緊張に震える。
「辺境でも滅多に見ない高位の魔獣よ!」
村人たちが悲鳴をあげ、戸口から飛び出す。
「だ、誰か! 助けてくれ!」
「子供がまだ外に――!」
混乱する人々を背に、アレンは一歩前に出た。
「クラリス、セリア。ここで食い止めるぞ」
「ええ、指揮は私に任せてください」
「了解!」
黒棘狼が咆哮を上げ、疾風のように突進する。
その動きは巨体に似合わず速く、鋭い爪が空気を裂いた。
「アレン、左へ!」
クラリスの指示が飛ぶ。
瞬間、アレンは地を蹴り、狼の爪を紙一重でかわす。
剣を振り下ろし、棘の間を狙う――だが硬い骨に弾かれた。
「クソッ、皮膚が固すぎる!」
「セリア、援護を!」
「任せて!」
セリアが杖を振ると、氷の槍が連続して放たれた。
狼の脚に突き刺さり、動きが鈍る。
「今よ、アレン!」
「おおおっ!」
剣が閃き、狼の肩口を深々と斬り裂いた。血飛沫が宙に舞う。
黒棘狼が怒号のような咆哮を上げ、暴れる。
「ぐっ……強いな!」
「落ち着いて! 彼はただの獣。動きを読めば勝てる!」
クラリスの声が鋭く響く。
狼が再び突進した。
しかしクラリスは冷静に手を掲げる。
「――《幻影の霧》!」
視界を覆う白霧が広がり、狼の動きが鈍る。
その隙にアレンが側面へ回り込む。
「セリア、右足を凍らせて!」
「わかった! ――《氷鎖》!」
氷の鎖が狼の足元を絡め取り、地面に縫い付ける。
狼がもがくが、動きは止まった。
「アレン、今です!」
クラリスの声に、アレンは渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
「これで終わりだあああ!」
刃が黒棘狼の首筋を貫き、深々と裂いた。
巨体が震え、やがて地響きを立てて崩れ落ちる。
――沈黙。
森を覆っていた威圧感が、嘘のように消え去った。
村人たちは茫然と立ち尽くし、やがて歓声が沸き起こる。
「す、すげえ……!」
「追放者の騎士に、悪役令嬢、それに魔導師まで……!」
「俺たちの村に英雄がいるぞ!」
歓声と拍手が夜空に響いた。
クラリスは静かに息を吐き、セリアと視線を交わす。
「見ましたか、セリア。これが私たちの力です」
「ええ……信じられる。あなたたちとなら、この村を守れる」
セリアの瞳は、炎と星空を映して輝いていた。
アレンは剣を収め、クラリスの隣に立つ。
「少しは村人たちの信用を得られたな」
「ええ……でも、これはまだ序章にすぎません」
クラリスの口元に浮かんだ笑みは、どこか凄絶で――だが確かに希望を孕んでいた。
こうして三人の初共闘は、村を守る勝利に終わった。
だが同時に、この辺境に眠るさらなる脅威の前触れでもあった。
――追放者と悪役令嬢、そして魔導師。
三つの影が並ぶ時、最強の物語は加速していく。