第五話 辺境の魔導師
盗賊団を退けた翌日。
村はようやく落ち着きを取り戻していた。焼け落ちた納屋の後片付けを手伝う村人たちの目は、昨日までとは違っていた。
「あんたらがいなけりゃ、俺たちは全滅だったよ」
「助けてくれてありがとう、騎士殿。……いや、もう“殿”なんて呼び方は嫌か?」
照れくさそうに笑う農夫に、アレンは肩をすくめた。
「呼びやすいように呼んでくれ。俺はただの追放者だからな」
その隣で、クラリスは凛とした表情で言葉を添える。
「私たちも、この村で暮らさせていただきたいのです。力を尽くします。どうか受け入れてください」
しばし沈黙の後、村人たちは互いに頷き合った。
断罪された悪役令嬢に、冷たい視線を向けていた人々。
だが命を救われた事実は、誰も否定できなかった。
「……よそ者だが、信用しよう。しばらくここにいてくれ」
そうして二人は、辺境の村に居場所を得た。
その日の午後。
村の広場で剣を振るアレンのもとに、ひとりの少女が現れた。
「――あなたが、昨日の騎士ね?」
透き通るような声。
振り向くと、白銀の髪を肩に流した少女が立っていた。
年の頃は十八ほどか。ローブをまとい、杖を携えている。
「私はセリア。村の外れで魔導書を研究している者よ」
「魔導師か……」
アレンが目を細めると、セリアは真っ直ぐに見返した。
その瞳は、静かな湖のように澄んでいる。
「昨日、あの霧と鎖の魔法を見たわ。あなたたち、相当な力を持っている」
「褒め言葉として受け取りますわ」
クラリスが横から微笑みを浮かべる。
「けれど、辺境を守るにはそれだけじゃ足りない。この地は魔獣が徘徊し、盗賊以上に恐ろしい存在もいる」
セリアの声には切実さが滲んでいた。
「私も協力します。……あなたたちが本気でこの村を守るつもりなら」
その言葉に、アレンは剣を収めた。
クラリスと視線を交わし、短く頷く。
「――試させてもらおう」
村外れの草原。
アレンとセリアは向かい合っていた。
見守るクラリスの目は、わずかに緊張を帯びている。
「遠慮は無用よ」
「そっちこそな」
セリアが杖を振ると、青白い光弾がいくつも生まれた。
それらが一斉にアレンへ放たれる。
「速い!」
アレンは剣で受け流しながら駆ける。光弾が土を抉り、衝撃が草原を走った。
間合いを詰めるその動きに、セリアの瞳がわずかに輝く。
「やっぱり、只者じゃない……!」
だが次の瞬間、セリアの詠唱が完成した。
「――《氷槍》!」
地面から氷の槍が突き出し、アレンの足元を狙う。
咄嗟に跳び上がった彼は、逆にその槍を足場にして飛び込み、剣を振り下ろした。
刃はセリアの杖に止められる。
氷の盾が弾け、二人の間に火花が散った。
沈黙。
やがてセリアが小さく笑った。
「……いいわ。あなた、本気で戦える人ね」
「そっちこそ。これほどの魔導師が村にいるとはな」
互いに武器を下ろし、呼吸を整える。
クラリスが近づき、柔らかく微笑んだ。
「では決まりですね。――私たちと共に歩んでくださいますか?」
「ええ。あなたたちなら、信じられる」
セリアの澄んだ瞳が二人を映す。
こうして、新たな仲間が加わった。
その夜。
焚き火を囲んで三人が座る。
村人たちの笑い声が遠くから響き、辺境の夜空には無数の星が瞬いていた。
「これで、ようやく形になってきましたね」
クラリスが杯を掲げる。
「追放者と断罪者、そして魔導師。奇妙な組み合わせですが――きっと最強になれる」
アレンは杯を持ち上げ、セリアと軽く合わせた。
「ここからだ。まだ始まりにすぎない」
炎の赤が、三人の影を揺らす。
やがてこの小さな焚き火が、王都を揺るがす大火となることを――まだ誰も知らなかった。