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第二十八話 心を裂く声、揺らぐ連合

 辺境砦に狼煙が上がって三日後。

 報告は次々と届いた。


「北の村が襲撃されました!」

「南の集落では倉庫が炎上!」

「輸送隊が行方不明に――!」


 その全てに共通するのは、不審な内通者の存在だった。

 敵軍は大規模に攻め込むのではなく、村ごとに“疑心”を植えつけている。


「黒き梟の仕業ね」

 クラリスは地図を睨みつけながら低く呟いた。

「直接の戦力ではなく、人の心を裂いていく……最も厄介な敵です」


 アレンは拳を握り、歯を食いしばった。

「仲間同士を疑わせるなんて卑劣だ……だが、確かに効いている」


 砦の広場。

 兵たちの声が荒れていた。


「北部の村は裏切ったんだ! だから襲撃されたんだ!」

「違う、王都と通じているのは南の連中だ!」

「おい、リリアナ様の周りでまた怪しい動きが――」


 怒号と罵声。

 互いの不信が爆発し、兵士たちは今にも刃を交えそうだった。


「やめろ!」

 アレンが飛び込み、剣を地面に突き立てて声を張った。

「剣を仲間に向けるな! 本当に斬るべきは誰だ!」


 だが兵たちの瞳は濁っていた。

 疲労と恐怖、そしてカラムの間者が流す噂が、人々の心を削っていた。


 その夜。

 リリアナは祈りの場で、一人震えていた。

 兵たちの視線は明らかに冷たく、彼女を信じない者も増えていたのだ。


「私は……裏切ってなんかいない……信じてもらえないの……?」

 祈りの声はか細く、涙で掠れていた。


 そこへクラリスが現れた。

「リリアナ。信じる人がいないと思っているのですか?」

 紅の瞳が柔らかく揺れる。

「私はあなたを信じています。……あなたがいなければ、この砦はとっくに崩れていた」


 リリアナは嗚咽をこらえ、クラリスに抱きついた。

「……ありがとう……」


 だが、騒乱は続いた。

 翌朝、輸送隊の兵が斬られて発見された。

 その傍らに残されたのは――辺境軍の槍だった。


「仲間の仕業か!?」

「裏切り者がいるんだ!」


 兵たちは互いを疑い、怒りを爆発させた。


 アレンは剣を握りしめ、叫んだ。

「落ち着け! これは敵の罠だ!」

 だが、耳を貸す者は少なかった。


 クラリスは壇に立ち、冷徹に声を張る。

「皆さん。疑うのは簡単です。ですが、それこそ敵の思うつぼです」

「だが証拠が!」

「証拠は偽造できます。信じる心だけは、偽れません!」


 その言葉に兵たちは静まり返った。

 だが、不信の炎は完全には消えていなかった。


 同じ夜。

 アレンとクラリスは砦の高台に立っていた。

 風が旗を揺らし、闇の向こうから梟の鳴き声が聞こえた。


「……カラム将軍の仕業だな」

 アレンが低く呟く。

「ええ。人の心を裂くのが彼の戦い方」

 クラリスは瞳を細める。

「でも、私たちが揺らがなければ、連合も揺らぎません」


 アレンは剣を見つめ、決然と言った。

「俺は剣で敵を斬る。だが、この戦は剣だけじゃ勝てない。お前と共に、人の心を守る」


 クラリスは微笑み、彼の手を握った。

「私たちが揺らがぬ限り、辺境は崩れません」


 翌日。

 砦の広場に全兵が集められた。

 アレンとクラリスは壇に立ち、互いに頷き合った。


「皆!」

 アレンの声が響く。

「確かに、裏切り者がいるかもしれない。だが、剣を向けるべきは仲間じゃない! 俺たちが守るべきは、互いの背中だ!」


 続いてクラリス。

「王都は私たちを“追放者”“断罪者”と呼びました。今度は“裏切り者”の烙印を押そうとしています。……ですが、私たちが信じ合えば、その言葉はすべて虚ろです!」


 紅の瞳が兵たちを貫く。

「疑念は剣で断てません。ですが信念は、剣より強い!」


 兵たちが息を呑み、やがて一人が叫んだ。

「俺は信じる! アレン様とクラリス様を!」

「俺もだ!」

「辺境連合は一つだ!」


 鬨の声が広場を満たし、不信の闇を押し返していった。


 その瞬間、砦の外で爆発音が響いた。

 黒煙が立ち上り、悲鳴が夜を裂く。


「襲撃だ!」

「カラムの間者が砦に!」


 混乱の中、アレンが剣を抜いた。

「行くぞ、クラリス!」

「ええ、共に!」


 二人は並んで駆け出し、炎の中へ飛び込んでいった。


 闇の中に、黒衣の兵が潜んでいた。

 梟の紋章を刻んだ短剣が光り、兵たちを次々と斬り裂く。


「やはり……お前たちか!」

 アレンが叫び、剣を振るった。

 火花が散り、短剣が弾かれる。


「黒き梟の影兵……!」

 クラリスが鎖を放ち、敵を縛り上げる。

「ここで止めなければ、連合が崩れる!」


 炎と血の中、最強夫婦の戦いは続いた。


 やがて影兵は退き、砦に再び静寂が戻った。

 兵たちは荒い息を吐きながら、互いの無事を確かめ合った。


 アレンは剣を掲げ、声を張った。

「見ただろう! 本当の敵はあの黒衣の連中だ! 仲間じゃない!」


 クラリスも続けた。

「信じ合う心があれば、カラムの策略など恐れるに足りません!」


 兵たちが一斉に剣と槍を掲げ、歓声を上げた。

 その声は疑念を払う光となり、砦を満たした。


 夜更け。

 高台に立つアレンとクラリス。

 星空の下で、二人は互いに向き合った。


「揺らぎかけたが……俺たちは持ち直したな」

「ええ。でも、これは序章に過ぎません。カラムはもっと大きな罠を仕掛けてくるでしょう」


 紅の瞳が星を映し、誓いを灯す。

「でも私たちは折れません。あなたとなら、どんな影も斬り裂ける」

「俺もだ。……最強夫婦としてな」


 二人の手が重なり、星空の下で強く結ばれた。


 ――黒き梟との本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

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