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第二十七話 黒き梟の影

 砦の修復が始まってから十日。

 辺境連合は戦勝の余韻に包まれていた。

 焼け落ちた屋根は葺き直され、野営の兵は訓練を繰り返し、補給も周辺の村から次々と届いていた。


 勝利の噂は辺境全土に広まり、遠方からも志願兵が集まってくる。

「最強夫婦の軍に加わりたい!」

「断罪された令嬢が、英雄に変わったと聞いた!」

 その声は誇りを与え、人々は笑顔を取り戻しつつあった。


 だが、アレンとクラリスの心は晴れなかった。

 あまりに犠牲が大きかったのだ。

 セリアは依然として眠り続け、リリアナも祈りの疲弊でやつれていた。


「このままでは……長くは持たないかもしれない」

 アレンの言葉に、クラリスは紅の瞳を細めた。

「ええ。王都は必ず次の手を打ってきます」


 王都――夜。

 月明かりの下、黒衣の男が兵を率いて出陣していた。


 カラム将軍。

 その異名は「黒き梟」。

 闇に潜み、獲物の心を啄む。


「辺境は力ではなく“意志”で立ち上がった。ならば、崩すべきは剣でも鎖でもない」

 冷たい声が夜風に溶ける。

「彼らの心を裂き、疑念を植え付ければ、自ら崩れる」


 彼の軍は正面攻撃を避け、密かに辺境各地へ間者を放っていった。


 数日後。砦。

 訓練を終えた兵たちの間に、不穏な噂が広まり始めた。


「聞いたか? リリアナ様が……王都と繋がっているらしい」

「まさか……聖女様が? そんなはず……」

「だが、王都にいた頃は高位聖職者だったんだろう? 本当は辺境を裏切る気じゃないのか?」


 根拠のない噂は、瞬く間に広がった。

 祈りで兵たちを救ってきたリリアナに向けられる、冷たい視線。


「なぜ……どうして皆、私を……」

 リリアナの唇は震えていた。

 彼女の背後に黒衣の影が潜んでいることを、誰も知らなかった。


 さらに別の村からは報せが届く。

「物資を輸送していた隊が襲撃された! ……裏切り者が出たのかもしれん!」

 村人たちが声を荒げ、互いを疑い始めた。


 アレンは報告を受けて拳を握った。

「……まだ敵が攻めてもいないのに、内部が乱されている」

「間者の仕業でしょう」

 クラリスの瞳が鋭く光る。

「黒き梟――噂に聞く男の手かもしれません」


 アレンは深く息を吐き、剣を見つめた。

「剣で斬れぬ“影”か……厄介な相手だ」


 その夜。

 砦の広間にリリアナが一人立ち尽くしていた。

 兵の冷たい視線を受け、膝を抱えるようにして座り込む。


「私は……裏切ってなどいない……みんなを救いたいだけなのに……」


 震える声。

 その時、そっとクラリスが隣に座った。


「……疑いは恐ろしいものです。人の心を簡単に裂きます」

 クラリスは淡々と告げる。

「けれど、私はあなたを信じます。どんな噂が流れようとも」


 リリアナの瞳に涙が溢れる。

「クラリス様……」

「私たちは“共犯者”です。追放され、断罪された者同士。だからこそ信じ合える」


 その言葉にリリアナは震える手を重ね、再び立ち上がった。


 翌朝。

 砦に一人の捕虜が連れてこられた。

 黒衣を纏い、梟の紋章を刻んだ短剣を持つ男。


「カラム将軍の手の者だ!」

 捕虜は血を吐き、冷笑した。

「……遅い……すでに種は蒔かれた……」


 その言葉に兵たちはざわめく。

 不和の種は砦の外にも広がりつつあるのだと。


 夜、アレンとクラリスは砦の高台に立っていた。

 風が旗を揺らし、遠くには松明の列が微かに見える。


「……敵はまだ攻めてこない」

「ええ。その代わり、じわじわと心を削っている」

 クラリスの紅い瞳が闇を睨む。

「黒き梟……直接戦場に立たず、人の心を崩す策士。厄介な相手です」


 アレンは剣を握り、低く呟いた。

「だが、俺たちは必ず打ち破る。たとえどんな影でも、お前となら斬り裂ける」


 クラリスが微笑み、手を重ねる。

「ええ。私たちが揺るがぬ限り、辺境は崩れません」


 だがその時、遠方から狼煙が上がった。

 赤く燃え上がる炎――辺境の村が襲撃された合図だった。


「……来たか」

 アレンが剣を抜き、クラリスが鎖を揺らす。

 影の戦いは、すでに始まっていた。

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