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第二十五話 砦炎上、希望の狼煙

 ヴァロール将軍が倒れた瞬間、砦を揺るがすような歓声が上がった。

 辺境連合の兵たちは涙を流し、互いの肩を叩き合った。

「勝った! 俺たちは勝ったんだ!」

「最強夫婦が将軍を倒したぞ!」


 夜空に轟く歓喜は確かに本物だった。

 だが、その熱気の背後で、砦を取り囲む王都軍はまだ沈黙していた。


 やがて、低く重い太鼓の音が闇を震わせる。

 残存の兵たちが整列し、再び進軍を始めたのだ。

 総勢四百を超える兵。将軍を失ってなお、その数は辺境連合の兵を圧倒していた。


「……まだ終わっていない」

 アレンが息を整えながら剣を握り直す。

 クラリスは紅の瞳を細め、冷静に状況を見極めていた。

「将軍を失っても、命令で動く兵は恐ろしい。士気が落ちても、数の暴力は脅威です」


 砦の上から見下ろす兵たちの顔にも、不安が広がっていた。


 夜半。

 敵軍は包囲を狭め、砦の四方から一斉に火矢を放った。

 炎の尾を引く矢が夜空を覆い、砦の屋根や倉庫に突き刺さる。

 一瞬にして火柱が立ち上がり、砦が赤く染まった。


「火を消せ! 水を運べ!」

 兵たちが走り回るが、炎は次々と広がっていく。


「セリア!」

 アレンが叫ぶ。

 セリアは蒼白な顔で頷き、杖を振り下ろした。

「――《氷嵐》!」

 冷気が吹き荒れ、火を覆い尽くす。

 だがその反動で彼女の体は膝を折り、血が口から滴った。


「セリア!」

 リリアナが駆け寄り、光の祈りで彼女を包む。

「無理をしすぎです!」

「でも……今やらなければ、砦ごと燃えていた……」


 声は弱かったが、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。


 敵軍は怯まずに突撃を開始した。

 破城槌が再び門を叩き、梯子が壁に掛けられる。

 盾を構えた兵たちが狭い通路を押し寄せ、砦の守りを削ろうとしていた。


「槍兵、前へ! 門を守り抜け!」

 アレンが先頭に立ち、剣で敵を切り伏せる。

「おおおおおっ!」

 兵たちが咆哮し、槍の壁を築いた。


 クラリスは砦の高台から指揮を振るう。

「弓隊、敵の後方を狙いなさい! 投石器を再稼働させる前に潰すのです!」


 矢が夜空を裂き、敵の後方を混乱させた。

 だが王都軍の数は尽きない。倒れても倒れても、新たな兵が押し寄せる。


 リリアナは祈りを捧げ続けていた。

「どうか……立ち上がる力を……!」

 光が兵たちの傷を塞ぎ、再び戦列へと戻していく。


「聖女様がいる限り……! 俺たちは負けない!」

「死んでも、すぐに戻れる気がする!」

 兵たちは笑い、血に濡れた槍を振るった。


 だがリリアナ自身の顔は青ざめ、手は震えていた。

「……もう少しだけ……皆のために……」


 彼女は自分の命を削るように祈りを続けていた。


 夜明け前。

 砦の壁の一角がついに崩れた。

 敵兵が雪崩れ込み、混乱が広がる。


「アレン!」

 クラリスが叫ぶ。

「ここは通さない!」

 アレンは剣を構え、流れ込む兵を次々と斬り伏せた。


 だが数は尽きない。

 アレンの鎧は裂け、血が滲み出す。

 それでも剣を振るい続けた。


「退くな! ここが砦の心臓だ! 俺たちが倒れれば全て終わる!」


 その背に、クラリスの鎖が迫る敵を焼き尽くす。

「アレン、私もいます! 一人ではありません!」


 二人の連携が戦線を支え、兵たちに再び力を与えた。


 しかし、その時だった。

 遠方から角笛の音が響いた。

 王都軍の後方が動き、新たな部隊が現れる。


「……まさか、増援!?」

 兵たちが絶望の声を上げる。


 だが、その旗を見てクラリスが目を見開いた。

 赤地に狼の紋章――辺境の北部を治める遊牧の民の旗だった。


「援軍……!?」

 アレンが息を呑む。


 馬に乗った騎兵が疾風のように現れ、王都軍の側面を切り裂いた。

「辺境連合に加われ! 我らも立ち上がる!」


 その声が戦場に響いた瞬間、砦の兵たちの士気が爆発した。


「仲間だ! 俺たちは一人じゃない!」

「辺境全土が立ち上がるぞ!」


 援軍の突撃によって王都軍の陣形が乱れる。

 砦の守備隊は一気に反撃に転じ、門から雪崩のように飛び出した。


 アレンが剣を振るい、クラリスが鎖で敵を絡め取る。

 セリアは氷の魔法で敵の足を封じ、リリアナは光で仲間を立たせ続けた。


 辺境と辺境が呼応し、戦場は逆転の熱気に包まれていった。


 やがて太陽が昇り、赤い光が戦場を照らした。

 王都軍は総崩れとなり、敗走を始める。

 砦の上から兵たちの歓声が響き渡った。


「勝った! 俺たちは勝ったぞ!」

「討伐軍を退けた!」


 その声は辺境全土に届くかのように大きかった。


 アレンは血まみれの剣を突き立て、荒い息を吐いた。

「……終わったのか」

 クラリスが隣で微笑む。

「いいえ。これが始まりです」


 紅の瞳が朝日に輝いた。

「辺境全てが立ち上がった。次は――王都です」


 アレンは頷き、剣を掲げた。

「最強夫婦として、俺たちは進む!」


 その声に、兵たちは歓声で応えた。


 ――この日、辺境の反乱は“解放戦争”へと姿を変えた。

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