第二十四話 決戦、剣と鎖の誓い
砦の上で、黒き甲冑の巨躯が歩を進めた。
王都近衛団長――ヴァロール将軍。
彼の持つ大剣は人の背丈を超え、振るえば風圧だけで兵を吹き飛ばす。
「辺境の犬ども……首魁はお前か」
鉄面の奥から響く声は重く、地を揺らすようだった。
「俺はアレン。ただの追放騎士だ」
剣を構えるアレンの瞳は揺らぎなく、真紅に燃えていた。
「だが今は、この地を守るための剣だ!」
刹那、両者の剣が火花を散らしてぶつかった。
轟音。
ヴァロールの一撃は大地を割るほどの重さ。
受け止めたアレンの腕が痺れ、砦の石が砕けた。
「貴様に勝てるはずがない!」
大剣が振り下ろされ、石畳がえぐれる。
アレンは身を翻してかわし、切り返した。
「力だけで勝てると思うな!」
剣閃が走り、ヴァロールの鎧に火花が散る。
だが傷は浅い。
「小賢しい!」
重い蹴りがアレンを吹き飛ばした。
その光景を見て兵たちが息を呑む。
「アレン様……!」
「持ちこたえてくれ……!」
その時、クラリスが叫んだ。
「アレン、左を開けて!」
紅の鎖が閃き、ヴァロールの足を縛り上げる。
「――《炎鎖》!」
炎が鎧を焼き、巨体が一瞬よろめいた。
「今だ!」
アレンは立ち上がり、渾身の斬撃を振り下ろす。
大剣と激突し、火花が夜空に散った。
一方、砦の他の部分では戦況が激化していた。
結界を支えるセリアは血を吐きながら叫ぶ。
「くっ……! あと少しだけ……耐えて……!」
彼女の魔力は尽きかけていた。
リリアナは負傷者に光を注ぎ続け、声が掠れていた。
「お願い……生きて……! ここで死なないで……!」
兵たちはその祈りを背に、何度も立ち上がった。
「聖女様がいる限り、俺たちは倒れねぇ!」
「砦は絶対に渡さん!」
絶望の中でなお燃え上がる声。
その熱が、砦全体を一つにしていた。
再び、アレンとヴァロール。
剣と大剣がぶつかり合い、火花が散るたびに兵たちの心臓が跳ねた。
「悪あがきを……!」
ヴァロールの力は圧倒的。
一撃ごとにアレンの足が石畳にめり込み、剣が悲鳴をあげる。
だが――アレンの瞳は折れていなかった。
「俺には仲間がいる。クラリスがいる!」
その瞬間、炎鎖が再び輝いた。
クラリスの鎖が大剣を絡め取り、炎が爆ぜる。
「二人でなら……!」
「負けることなどありません!」
剣と鎖、炎と鋼。
二人の力が交わり、ヴァロールを押し返した。
「馬鹿な……!」
鎧が裂け、血が噴き出した。
巨体が後退し、兵たちが息を呑む。
アレンが剣を構え直す。
「俺たちは追放された者、断罪された者……でもな、敗者じゃない!」
クラリスが紅い瞳で言葉を重ねる。
「世界を覆す“最強夫婦”よ!」
二人の声が重なり、剣閃と炎鎖が同時にヴァロールを貫いた。
轟音。
巨体が崩れ落ち、砦が揺れた。
沈黙の後、兵たちの咆哮が爆発した。
「勝った……! 本当に勝ったんだ!」
「ヴァロール将軍を……追放者と断罪令嬢が倒した!」
歓声が砦を揺らし、誰もが涙を流した。
アレンは肩で息をしながら剣を突き立て、クラリスと視線を交わす。
「クラリス……お前がいてくれたから、勝てた」
「私もです。あなたとだから、立ち向かえた」
互いの手が血に濡れながらも固く結ばれた。
その姿に兵たちは「最強夫婦!」と叫び、歓声が夜空を突き抜けた。
だが――砦の外。
討伐軍はなお健在だった。
将軍を失い混乱するも、数百の兵はまだ砦を取り囲んでいた。
遠くから新たな太鼓の音が響く。
援軍か、それとも……?
戦いは終わっていなかった。
だがその夜、辺境連合の名は確かに歴史に刻まれた。
――最強夫婦が王都の将軍を打ち倒した日として。