第二十一話 広がる勢力、忍び寄る影
辺境軍が砦を落としてから半月。
その砦は今や「辺境の砦」と呼ばれ、補給拠点として賑わっていた。
周囲の村々から兵が集まり、鍛冶場では槍や矢が量産され、倉庫には穀物が積まれる。
広場では訓練の声が響き、兵たちは隊列を整えていた。
ただの農夫や猟師ではない。
今や彼らは“辺境の戦士”と呼べる存在に変わっていた。
「よし、その構えなら敵の突撃も受け止められる」
アレンが剣を手に歩き回り、兵の槍列を指導する。
「剣は力任せじゃない。守るものを意識して振るうんだ」
兵たちは汗を流しながらも真剣に耳を傾けた。
彼らにとってアレンは“追放者”ではなく、“最前線を率いる英雄”そのものだった。
一方、クラリスは砦の会議室で兵站を整えていた。
地図を広げ、補給線を示す赤い線を引く。
「北の村から小麦を、南の集落から塩と薬草を。輸送隊には必ず護衛をつけること」
「了解しました!」
兵站は軍の命。
その采配は王都の役人顔負けで、兵たちの信頼を集めていた。
「クラリス様がいれば、我らは飢えることはない!」
「断罪されたなどと、いったい誰が信じられるか!」
人々の声に、クラリスはわずかに微笑んだ。
(これが……私の居場所。追放されたからこそ、得られた力)
セリアは魔導師たちを指揮して結界を強化していた。
「砦の四隅に魔石を埋めるの。これで防御は三倍になるわ」
彼女の冷静な指導に、若い魔導師たちは驚嘆の眼差しを向ける。
「セリア様の知識があれば、王都の魔術師にも負けません!」
リリアナは祈りを捧げ、兵たちの心を癒していた。
「恐れることはありません。あなたたちの戦いは、この地の子供たちを守るものです」
その声に、兵士たちの顔に安堵が広がる。
こうして四人を中心に、辺境連合は着実に力を増していった。
だが――影もまた広がっていた。
砦の地下倉庫。
暗がりの中で、一人の兵が震える手で巻物を取り出していた。
「……約束どおり、王都に報せは送った。家族は……助けてくれるのだろうな……」
冷たい声が返る。
「安心しろ。ただし、お前の役目はこれからだ」
その場には王都の密偵が潜んでいた。
彼らは砦の内部にまで手を伸ばし、情報を掴もうとしていた。
夜。
丘の上でアレンとクラリスは並んで砦を見下ろしていた。
訓練の声、松明の明かり、兵の笑い声。
それは確かに“軍”の姿だった。
「ここまで来たんだな」
アレンが低く言う。
「ええ。でも、これはまだ序章。王都は本気で潰しに来るでしょう」
クラリスの紅の瞳が揺らめく。
「千か、それ以上かもしれない」
「数で圧されても、私たちには意志があります」
二人は静かに手を重ねた。
その誓いは、辺境全ての希望を背負うものだった。
数日後。
砦に届いた報告は、人々を震え上がらせた。
「王都が……本格的な討伐軍を編成したそうです。その数、五百を超えると……!」
兵たちの顔が強張る。
「五百……」
「俺たちの倍じゃないか……」
恐怖が広がりかけたその時、クラリスが壇に立った。
「確かに数では劣ります。ですが――私たちは既に砦を落としました。訓練を重ね、結束を固めました」
紅の瞳が兵たちを射抜く。
「王都の兵は命令で戦う。ですが、私たちは意志で戦う。勝つのは私たちです!」
兵たちが息を呑み、次の瞬間には歓声が爆発した。
「最強夫婦に従う限り、俺たちは負けねぇ!」
「辺境連合の旗の下に!」
その声は、恐怖を希望へと変えていった。
だが夜。
砦の片隅で、ひとりの兵が密かに地図を持ち出していた。
汗が頬を伝い、震える手で袋に隠す。
「……これを渡せば、家族は助かる。俺は裏切り者じゃない……家族のためなんだ……」
その背後に忍び寄る影に、彼は気づかなかった。
――砦の内部に潜む裏切りの火種。
それはまだ誰にも知られていなかった。