第二話 初めての共闘
夜が明けきらぬ頃、二人は王都の北門を抜け出した。
人目を忍び、荷馬車も持たず、徒歩の旅。
だが、アレンの足取りは迷いなく、クラリスの瞳には揺らぎがなかった。
「まずは辺境へ向かいましょう。追放者と断罪者には、王都に居場所などありませんから」
「……ああ。あそこなら鍛錬もできるし、戦の気配も多い。実力を示すには都合がいい」
クラリスは歩きながら小さく笑った。
その笑みには苦味が混じっていたが、それでも確かな決意が宿っている。
「それに、辺境には“居場所を失った者”が多い。私たちと同じように」
「……なら、俺たちの軍勢も作れるかもしれないな」
「ふふ、それは先の話。まずは生き延びなければ」
冷たい風が頬を撫でる。
二人の旅路は始まったばかりだった。
王都を離れて二日目。
森を抜ける街道の途中、アレンの耳が鋭く反応した。
「……待て」
「どうしました?」
カサリ、と不自然に揺れる草むら。
瞬間、影が飛び出した。
「出せ! 金目の物を全部!」
粗末な鎧に剣を携えた山賊が、三人。
血走った目で二人を取り囲む。
「……典型的ですね」
クラリスはため息をつき、ドレスの裾を持ち上げて立ち上がった。
「俺が前に出る。……後ろは任せるぞ」
「ええ。試してごらんなさい、下級騎士さん」
次の瞬間、アレンの剣が閃いた。
一人目の山賊の斬撃を軽やかに受け流し、その勢いを利用して肩口を切り裂く。
呻き声をあげて倒れる敵。
「な、なんだこいつ!」
二人目が斬りかかる。だがアレンは一歩踏み込み、敵の懐に潜り込んだ。
肘で鳩尾を打ち据え、剣を弾き落とす。
鮮やかな一撃。
「あと一人……!」
残る山賊が怯えたように剣を振りかざす。
その瞬間、クラリスの声が静かに響いた。
「――《拘束の鎖》」
白い光が走り、空中に魔法陣が浮かび上がる。
鎖のような光が山賊の足元から伸び、たちまち全身を絡め取った。
「ぐっ、動け……!?」
「残念。あなたの自由は、もう私の掌の中です」
クラリスが指を軽く振ると、鎖が締め上げ、男は地面に倒れ込んだ。
すべてが終わったあと、森には静寂が戻った。
倒れ伏した山賊を見下ろし、アレンは短く息を吐く。
「……お前、魔法も使えるのか」
「侯爵家に生まれたからには、嗜みとしてね。もっとも、王太子は“悪女の密術”と呼んで恐れましたが」
皮肉を込めて笑うクラリス。
だがその魔法の精度と威力は、決して嗜みなどではなかった。
「正直、驚いた。俺一人でも対処できたが……お前がいれば、もっと戦える」
「褒め言葉として受け取っておきます」
クラリスは裾を払って歩き出した。
アレンも横に並び、剣を鞘に納める。
不思議なことに、心は軽かった。
誰も信じてくれず、一人きりで戦うしかなかった自分。
だが今は、隣に肩を並べる存在がいる。
「……一緒に戦えるのは悪くない」
「そう思うなら、これからも手を貸していただきますわね、騎士殿」
二人の影が、夕暮れの街道に並んで伸びていく。
小さな共闘。だがそれは確かな第一歩だった。
辺境の地は、まだ遠い。
だが追放された騎士と、断罪された令嬢は、もう孤独ではなかった。
その足取りの先に待つものは――最強夫婦への道。