第十八話 勝利の代償、燃え広がる炎
夕陽が沈む頃、辺境の村は静寂に包まれていた。
だがそれは安らぎではなく、戦の残響だった。
防壁は崩れ、家々は半ば焼け落ち、地には血と灰が散らばっている。
かすかな煙の匂いが鼻を刺し、呻き声があちこちで聞こえた。
「……終わったのか」
アレンは剣を地に突き立て、荒い息を吐いた。
周囲には敵兵の屍と、仲間の亡骸が横たわっている。
「勝ちはしました。ですが、代償は……」
クラリスの声は冷ややかで、しかし震えていた。
その紅の瞳には、倒れた兵の姿が映っていた。
広場に運び込まれた負傷者の群れ。
リリアナが光を注ぎ続けるが、全てを救えるわけではなかった。
「お願い……持ちこたえて……!」
光が弱まり、彼女は倒れそうになる。
「リリアナ!」
セリアが支え、必死に声をかけた。
「もう限界よ、あなたまで倒れたら……!」
だがリリアナは首を振った。
「癒せる命がある限り……私は祈り続ける」
その姿に、兵たちは涙を浮かべた。
「聖女様……」
「俺たちは、この人のためにも生き延びなきゃならねぇ……!」
夜。
村の中心で火が焚かれ、生き残った者たちが集まった。
疲れ切った顔、傷だらけの体。
だがその瞳には、確かに光が宿っていた。
「……俺たちは勝ったんだ」
「王都の大軍を、追放者と断罪令嬢が率いて……本当に勝ったんだ」
人々は互いに頷き合い、誰もが誇らしげに背を伸ばした。
クラリスが一歩前に出て、声を張った。
「皆さん、今日の勝利は奇跡ではありません。――あなたたちが信じ、立ち上がったからこその勝利です!」
紅の瞳が強く輝く。
「この日を忘れないでください。私たちはもう、ただの農民でも、追放者でも、断罪者でもない! ――一つの軍勢として王都に抗う存在なのです!」
その言葉に、歓声が夜空を突き抜けた。
数日後。
隣接する村から次々に使者が訪れた。
「我らも加わりたい!」
「王都の圧政にはもう耐えられない!」
「最強夫婦の軍に従わせてくれ!」
アレンとクラリスは互いに視線を交わす。
かつて追放され、断罪された二人の名が、今や辺境全域を動かし始めていた。
セリアが地図を広げる。
「周囲の三つの村が合流すれば、兵は三百に届くわ」
「王都に並ぶ規模……」
リリアナが息を呑む。
「これはもう、ただの抵抗ではありません。――反乱の炎です」
夜。
丘の上で、四人は星空を見上げていた。
「……失った仲間も多い」
アレンが低く呟く。
「だが、無駄にはしない。彼らの死は、この炎を燃やす薪になる」
クラリスは隣に立ち、強く頷いた。
「復讐だけでなく、もう一つの使命ができましたわね」
「使命?」
「この国を変えること。私たちが“悪役”と呼ばれぬ未来を築くことです」
紅の瞳に炎が映る。
リリアナとセリアも、その言葉に静かに頷いた。
四人の影が重なり、星空に浮かぶ。
その姿は、小さな村を超えた“反逆の旗”だった。
遠く王都。
報告を受けた王太子は蒼白な顔で玉座に崩れ落ちていた。
「……また敗れた……? 二百の兵が、辺境に……!」
周囲の重臣たちがざわめく。
「殿下、このままでは……民心が辺境に奪われます」
「一刻も早く大軍を――」
だが老宰相だけは目を閉じ、低く呟いた。
(炎は広がった……もう誰にも止められぬかもしれぬ)