第十七話 炎上する村、総力戦
朝日が昇ると同時に、王都軍の咆哮が大地を震わせた。
破城槌がうなりを上げ、防壁に叩きつけられる。
石壁がきしみ、砂塵が舞った。
「持ちこたえろ! 結界を強めろ!」
セリアの声が張り裂ける。
彼女の杖から走る光が防壁を覆い、ひび割れを必死に繋ぎ止める。
だが額には血のような汗がにじみ、呼吸は荒い。
「セリア!」
アレンが駆け寄る。
「大丈夫よ……! でも長くは……持たない……!」
その時、投石器から放たれた巨岩が火の尾を引いて飛来した。
轟音と共に結界を突き破り、村の屋根を粉砕する。
炎が広がり、悲鳴があがった。
「火を消せ! 水を運べ!」
クラリスが冷静に指示を飛ばす。
だが矢の雨が容赦なく降り注ぎ、村人たちは次々に倒れた。
王都軍の指揮官は笑みを浮かべていた。
「見ろ! 炎に包まれる村を! 奴らはもう持たぬ!」
彼の目に映るのは、確かに混乱する辺境軍。
だが次の瞬間、反撃の狼煙が上がった。
「突撃――ッ!」
アレンが雄叫びを上げ、兵たちを率いて門を打ち破った。
炎を背に駆け出した槍兵の列。
セリアが氷の魔法で地を凍らせ、敵の進軍を止める。
その上をアレンが駆け抜け、剣を振るった。
「ここで退けば全てが終わる! 俺たちの居場所を守れ!」
剣閃が敵の盾を砕き、血飛沫が舞う。
仲間たちの咆哮が続き、戦線が膨れ上がった。
後方では、クラリスが采配を振るう。
「第二列、左翼へ回れ! 火矢を撃ち落とせ!」
「弓隊、敵の投石器を狙いなさい!」
彼女の冷徹な指揮に、兵たちは恐怖を忘れて動く。
矢が唸りを上げ、投石器を操る兵を次々と撃ち倒した。
混乱する敵陣。
リリアナは負傷者を次々と癒し、倒れかけた兵を立たせる。
「立って……! あなたたちはまだ戦える!」
光に包まれた兵士が再び槍を握り、咆哮を上げた。
「聖女様がいる限り……俺たちは負けねえ!」
だが戦場は過酷だった。
防壁の一部が崩れ、敵兵が雪崩れ込む。
「アレン!」
クラリスの声に応え、彼は剣を構えて立ちふさがった。
「ここは通さない!」
怒涛のように押し寄せる敵兵。
アレンの剣が閃き、幾人もの鎧を貫いた。
だが数は尽きない。
その瞬間、クラリスの鎖が輝き、敵の一団を縛り上げる。
「――《炎鎖》!」
燃え盛る鎖が敵兵を拘束し、炎に呑み込んだ。
「クラリス、助かった!」
「私とあなたは一つです。……共に戦うと誓ったでしょう?」
二人の背中が重なり、戦場を押し返していく。
夕刻。
戦はまだ続いていた。
村の至るところから煙が上がり、瓦礫が積み重なる。
セリアは血を吐きながら結界を支え、リリアナは手を震わせながら祈りを続ける。
兵たちは声を枯らし、それでも槍を握り続けた。
「……アレン」
クラリスが血まみれのドレスで隣に立つ。
「これが限界かもしれません」
「いや、まだだ。俺たちは……まだ折れていない!」
アレンの声は枯れていたが、その瞳は燃えていた。
「ならば――共に最後まで!」
二人は互いに頷き合い、剣と鎖を再び振るった。
その時だった。
村の外れから角笛の音が響いた。
王都軍の後方がざわめき、次々に声が上がる。
「な、何だ!? 別の軍が……!」
敵の背後から現れたのは、辺境の別の集落の兵たちだった。
彼らは武器を掲げ、叫んだ。
「最強夫婦の軍勢に加われ! 俺たちも戦う!」
その瞬間、辺境軍の士気は爆発的に高まった。
「増援だ! 俺たちは一人じゃない!」
「勝てる、勝てるぞ!」
敵陣が揺らぎ、戦況が逆転し始める。
炎と煙に包まれた戦場で、アレンとクラリスは並んで立っていた。
互いの手は血に濡れ、息は荒い。
だがその瞳は同じ未来を見据えていた。
「クラリス……」
「アレン……」
二人は短く微笑み合い、再び剣と魔法を掲げた。
――辺境の村はまだ燃えていた。
だがその炎は、破滅の炎ではない。
反逆の狼煙として、確かに王都を照らし始めていた。