第十六話 籠城戦の危機
戦が始まって三日目。
村の防壁は煙にまみれ、矢と血で染まっていた。
王都軍は数に任せて幾度も突撃を繰り返し、そのたびにセリアの結界と村人の槍列が押し返す。
だが疲労と消耗は確実に蓄積していた。
「……矢がもう底を尽きかけています」
広場で報告を受け、クラリスは眉をひそめる。
「保存食も、あと五日分が限界です」
物資不足。
それは籠城において致命的な問題だった。
「打って出るしかないのか……?」
アレンが険しい表情を見せる。
「いや、数で勝る敵に正面から挑めば潰されます」
クラリスは冷静に言い返す。
「だからこそ、知恵で勝たねばなりません」
その時、叫び声が響いた。
「負傷者を運べ!」
広場の中央で血まみれの兵が担ぎ込まれる。
リリアナが駆け寄り、祈りの光を放った。
「聖なる祝福よ……!」
眩い光が広がり、傷はふさがった。
だが兵は震える声で言った。
「敵が……内部に通じる抜け道を探っているようです……」
「抜け道……?」
セリアが険しい顔になる。
「この村にそんなものが?」
だがクラリスの脳裏には嫌な予感が走っていた。
夜。
見張りの兵が一人、こっそりと門の影を離れていく姿をセリアが目撃した。
「……待ちなさい!」
杖を構えて呼び止めると、男は血相を変えて逃げ出した。
アレンが飛び出し、剣の柄で叩き伏せる。
「何をしていた!」
捕らえられた男は震えながら吐き出した。
「お、俺は……王都軍に脅されたんだ! 家族を人質に取られて……!」
その場に重苦しい沈黙が落ちた。
裏切り。
それはどんな軍勢でも最も恐れるものだった。
クラリスはしばし黙し、やがて冷ややかな声で言った。
「あなたの罪は重い。ですが、あなた一人を責めても状況は変わりません」
紅の瞳が鋭く光る。
「今後は監視下に置きます。……二度と同じ過ちを犯さぬように」
男は涙を流しながら頷いた。
しかし、問題はそれだけではなかった。
「セリア、結界の維持は?」
「……魔力が限界に近いわ。あと二日が限界」
セリアの額には汗がにじんでいた。
結界を張り続ける負担は、彼女の体を確実に蝕んでいた。
リリアナが手を重ね、祈りを込める。
「少しでも癒せれば……」
「ありがとう。でもこれは私の役目。結界がある限り、村は持ちこたえられる」
その言葉に、クラリスの胸が痛んだ。
深夜。
丘の上で、アレンとクラリスは並んで王都軍の焚き火を見下ろしていた。
無数の松明が、まるで地上の星のように広がっている。
「……これが数の力か」
アレンが低く呟く。
「だが俺たちは折れない」
「ええ。数ではなく、意志で勝つのです」
クラリスの声は強い。だがその指はわずかに震えていた。
アレンはその手を取り、力強く握った。
「お前がいる限り、俺は戦える。……たとえこの村が焼かれても、俺たちの誓いは消えない」
クラリスは目を閉じ、深く息を吐いた。
「ならば――必ず勝ちましょう。私たち最強夫婦が、この戦を覆してみせます」
二人の影が夜空に伸び、焚き火の赤に染まった。
その姿は、希望と絶望の狭間に立つ戦士そのものだった。
そして翌朝。
王都軍が再び動き出す。
攻城兵器――巨大な破城槌と投石器が運び込まれ、村の防壁を狙う。
「……いよいよ本番ですね」
クラリスが冷ややかに呟く。
「ええ。ここを越えれば、真の勝敗が決まる」
アレンが剣を構えた。
セリアは血を吐くようにして魔力を注ぎ、リリアナは必死に祈りで兵を支える。
村全体が総力を挙げて、決戦の幕が切って落とされた。