第十五話 籠城戦、開戦
夜明け前。
濃い霧に包まれた山道を、無数の松明が揺れ動いていた。
甲冑の音、槍の林立、地を揺るがす足音。
「数百……間違いない」
丘の上から眺めた斥候が、蒼白な顔で報告する。
辺境の村を包囲する王都の大軍。
百を超える兵列が、すでに村を取り囲んでいた。
広場に人々が集められる。
緊張で凍りついた空気の中、クラリスが一歩前に出た。
「皆さん、恐れることはありません!」
紅の瞳が強く燃える。
「確かに敵は数に勝ります。ですが私たちは結束し、知恵を持ち、信念を持っています!」
彼女の言葉に、兵たちの胸が震える。
セリアが続けた。
「結界はすでに三重に張り巡らせたわ。敵の突撃も容易には通らない」
リリアナは祈りを捧げ、光を広場に広げた。
「この光はあなたたちを守る。恐れるな。あなたたちは孤独ではない」
そして最後にアレンが剣を掲げた。
「俺たちが切り開く! ここで退けば、辺境は再び王都の奴隷になる。――だが、俺たちが立てば歴史は変わる!」
鬨の声が轟き、恐怖は闘志へと変わった。
間もなく、王都軍の先頭に立つ指揮官が姿を現した。
全身を鋼で固めた重装騎士。その傍らには王太子の旗。
「辺境の反逆者ども! ただちに武器を捨て、クラリス=ヴァルモンドとアレン=ローウェルを差し出せ!」
村の壁から、クラリスが紅の瞳で睨み返す。
「断罪も、追放も受けました。ですがもう屈しません!」
声が高らかに響く。
「私たちは、ここで未来を掴みます!」
怒号と共に、戦が始まった。
最初に動いたのは王都軍の弓隊だった。
矢の雨が空を覆い、村に降り注ぐ。
「防御陣展開!」
セリアの叫びと共に、村の上空に光の壁が広がった。
無数の矢が弾かれ、地に落ちる。
「はあああっ!」
アレンが門を飛び出し、前線に斬り込む。
槍を弾き、盾を打ち砕き、敵の列を切り裂いていく。
「くっ、止めろ! あいつはただの追放者ではない!」
「無駄だ。俺には守るものがある!」
剣が閃き、兵が次々に倒れていく。
一方後方では、クラリスが采配を振るっていた。
「第二列、槍を構え! 突撃は受け止めなさい!」
「第三列、矢を放て! 狙うは敵の騎馬!」
冷徹な指揮に従い、村人たちは恐怖を超えて動く。
矢が放たれ、敵騎馬が次々と倒れていく。
リリアナは負傷兵のそばに駆け寄り、光の祈りで傷を癒した。
「立って。あなたの槍はまだ必要です」
「聖女様……!」
兵士の瞳に涙が浮かぶ。
戦は激しさを増していた。
王都軍は数にものを言わせて押し寄せ、村の防壁は次第に軋み始める。
「持ちません!」
兵の悲鳴が上がる。
だがクラリスは微笑んだ。
「ここで崩れるわけにはいきません。――アレン!」
呼びかけに応え、アレンが再び剣を振り抜く。
炎の鎖がクラリスの指から走り、敵の突撃を縛る。
そこへアレンの斬撃が重なり、前線は一気に押し返された。
「な、なんだこの二人は……!」
「夫婦で戦場を支配している……!」
敵兵の間に恐怖が広がる。
だが戦いはまだ序章に過ぎなかった。
王都軍は陣形を立て直し、再び進軍を始める。
丘の上からそれを見下ろし、クラリスは小さく呟いた。
「ここからが本当の籠城戦です」
アレンが頷き、剣を構える。
「ならば、最後まで一緒に戦おう。俺たちは――」
「――最強の夫婦ですから」
二人の声が重なった。
月明かりに映る二つの影は、戦火を背に凛と立つ。
その姿こそが、辺境軍の象徴だった。