第十三話 初遠征、広がる伝説
辺境の村で軍整備が始まってから一週間。
人々の動きは確かに変わっていた。訓練を重ねた槍の列は揃い始め、兵站も整えられ、村全体が一つの砦のように引き締まっていく。
そんな折、隣村から駆け込みの使者が現れた。
衣服は泥にまみれ、息も絶え絶え。
「た、助けてください……! 盗賊どもが、村を――!」
広場に緊張が走る。
セリアがすぐに使者を支え、リリアナが癒しの光でその体を包んだ。
「隣村ですって……?」
クラリスが低く呟く。
「ええ。これを放置すれば、私たちも同じ標的になる」
アレンの瞳に決意が宿った。
「……初遠征だな」
夜明け。
辺境軍は総勢五十。槍を構える村人、魔法陣を刻むセリア、祈りを捧げるリリアナ。
そして最前列にアレンとクラリスが立っていた。
「皆、恐れるな!」
アレンの声が響く。
「俺たちはもうただの農民じゃない。訓練した兵士だ! この剣で、仲間を守る!」
続いてクラリスが紅の瞳で全員を見渡す。
「勝てば、あなたたちは“王都に抗う力”を証明できます。誇りを胸に戦いなさい!」
兵たちの胸に炎が灯り、鬨の声が夜明けを震わせた。
隣村は炎に包まれていた。
粗末な家々が燃え、住民たちは縛り上げられ、盗賊団が酒をあおりながら嘲笑っている。
「ここはもう俺たちのもんだ!」
「女も家畜も、全部好きにしろ!」
その時――轟音と共に槍の列が突撃してきた。
「な、なんだ!? 兵士だと!?」
「辺境に軍なんてあるはずが――ぐあっ!」
アレンが剣を振るい、敵をなぎ倒す。
セリアの氷の魔法が道を塞ぎ、敵の逃げ場を奪う。
クラリスの鎖が指揮官を拘束し、リリアナの光が人々を守る。
村人たちは驚愕し、やがて歓声を上げた。
「助けに来てくれたんだ!」
「俺たちは見捨てられてなかった!」
戦闘は一刻と経たずに終わった。
盗賊団は壊滅し、隣村は救われた。
縛めを解かれた老人が震える声で言った。
「……あんたたちは一体……?」
アレンが剣を収め、胸を張って答えた。
「俺たちは追放された騎士と、断罪された令嬢。だが今は違う。――辺境軍だ」
クラリスが微笑み、紅の瞳を輝かせる。
「最強の夫婦が率いる軍勢、とでも呼んでくださいな」
村人たちがどよめき、やがて拍手と歓声が広がった。
遠征から戻った辺境軍を迎えたのは、故郷の村人たちの大歓声だった。
彼らの勝利はすぐに辺境一帯へと広がり、「追放者と断罪令嬢が軍を率いて盗賊を退けた」という噂が伝説のように語られ始めた。
「……評判は一気に広がりますね」
セリアが呟くと、クラリスは静かに頷いた。
「はい。これは王都にとって、最も恐ろしいこと――人々が私たちを“希望”と呼び始めたことです」
リリアナは祈りを込めて言った。
「この光を消さぬよう、私たちが導いていかなければ」
アレンは焚き火を見つめ、拳を固く握った。
「必ず王都に届く。俺たちの声も、剣も、そして……この絆も」
その夜。
遠く離れた王都。
密偵の報告を聞いた王太子は顔を歪めていた。
「辺境に……軍勢? それも人々の支持を得ているだと……!」
苛立ちが玉座を震わせる。
だがその声は、やがて恐怖にかすれていった。
「放っておけば……やがて王都を脅かす……!」
辺境の小さな火は、確かに広がり始めていた。
そして誰も、その炎を止められなくなりつつあった。