第十二話 王都の動揺、辺境軍の胎動
敗報は、王都へ瞬く間に届いた。
「な……に? 討伐軍が、追放者と断罪令嬢に敗れただと……!?」
玉座の間に響く王太子の叫び。
重臣たちがひざまずく中、顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。
「わずか百にも満たぬ村人どもが、五十の兵を打ち破るなど有り得ぬ!」
「殿下……報告によれば、彼らは“軍勢”を築き始めているようです。追放された聖女リリアナも加わったとか……」
「聖女まで!? くそっ、どうしてあの女どもは私の足を引っ張るのだ!」
王太子は机を叩き、荒々しく立ち上がった。
「辺境を見せしめにする! 次は百だ、いや二百だ! 必ず叩き潰せ!」
その背後で、冷静な老宰相が小さく目を細めた。
(殿下……感情で動けば、かえって国を揺るがす火種になるぞ……)
一方その頃、辺境の村。
討伐軍を退けたことで、人々の心に誇りが芽生えていた。
だがクラリスはその熱を冷まさず、確かな形へと育てようとしていた。
「この勝利を偶然で終わらせてはいけません」
焚き火を囲む会合で、クラリスは堂々と語る。
「軍を整え、指揮系統を作るのです」
「軍勢……か」
アレンは腕を組み、真剣に考え込む。
セリアが紙に魔法陣を描きながら提案した。
「まずは三十人ずつの小隊に分けましょう。訓練を効率よく進められます」
「いい案です。私は補給と財務をまとめますわ」
クラリスの瞳は強く光る。
「私は祈りと癒しを担います。兵たちの心を守るのが役目です」
リリアナが穏やかに告げた。
村人たちの間から安堵の声が広がる。
「……なら俺は前線を率いる」
アレンが剣の柄を握り、低く言った。
「剣を振るうだけじゃなく、全員を守るためにな」
翌日。
村の広場では初めての“軍事訓練”が始まった。
槍を構える若者たちに、アレンが声を張る。
「突撃! 一歩前へ!」
地響きのような足音が揃い、槍が一斉に前を向いた。
不揃いながらも、その姿は確かに兵の列だった。
クラリスは後方で書類を広げ、兵站を整えていく。
「食糧と武具の管理はここで一元化します。盗賊に奪われぬよう厳重に」
その冷徹な采配に、村人たちは真剣な顔で頷いた。
セリアは魔法陣を刻み、結界の練習を指導する。
「この陣を村の周囲に張り巡らせれば、防御力が格段に上がるわ」
リリアナは負傷者の回復を行いながら、静かな祈りを捧げる。
「大丈夫。あなたたちには“守られている”と感じてもらうことが、力になるのです」
――こうして、辺境軍は少しずつ形を成していった。
夜。
丘の上から村を見下ろしながら、アレンとクラリスは肩を並べていた。
村の広場には松明が灯り、訓練に励む人々の声が響いている。
「……すごいな」
アレンは思わず呟いた。
「数日前まで、ただの農民だった人たちが……今は兵士に見える」
「人は変われるのです。居場所を与えれば、希望を与えれば」
クラリスの紅い瞳が、夜空の星を映す。
「だから私たちは、この村をただの村では終わらせません。――王都に匹敵する力を持つ、独立の拠点に育てます」
その言葉に、アレンは黙って頷いた。
彼の心にはもう迷いはなかった。
「……必ず守るさ。お前と、みんなと、そしてこの未来を」
クラリスは微笑み、彼の手に自分の手を重ねた。
遠く離れた王都では、また新たな陰謀が生まれていた。
王太子の命を受け、さらなる大軍の準備が進められている。
その数は数百。もはや辺境の村一つで受け止められる規模ではない。
だが――辺境軍もまた、確かに成長していた。
追放された騎士、断罪された悪役令嬢、辺境の魔導師、追放された聖女。
そして彼らを信じる村人たち。
小さな火は、やがて炎となり、王都を揺るがす日が来る。