第十一話 討伐軍、辺境へ
夜明け前。
村の門番が血相を変えて駆け込んできた。
「大変だ! 王都から討伐軍が来るぞ!」
その言葉に、広場は騒然となった。
農具を手にしていた男たちが顔を見合わせ、女たちは子供を抱き寄せる。
恐怖の色が再び広がろうとした時、クラリスがすっと立ち上がった。
「落ち着いてください。恐れることはありません」
その声は凛として広がり、ざわめきを鎮める。
「私たちはすでに王都の密偵を退け、魔獣を討ち取りました。今日ここで証明するのです――“辺境は無力ではない”と」
村人たちの目に、次第に闘志が戻っていく。
午前。
討伐軍が姿を現した。
数は五十。鎧に身を包んだ正規の兵士たちが、整然と行進してくる。
その先頭に立つのは、アレンがかつて仕えていた騎士団の同僚だった。
「……マーカス」
アレンの瞳が鋭くなる。
敵将マーカスは高らかに声を上げた。
「王命により、反逆者クラリス=ヴァルモンド、追放者アレンを捕らえる! 村人ども、従えば命は助けてやる!」
その言葉に、村人たちの顔が強張った。
だがクラリスは迷いなく前に出る。
「村人は関係ありません。狙いは私たちだけでしょう?」
「減らず口を……!」
アレンが剣を抜き、声を張った。
「俺たちはもう屈しない! この村は渡さない!」
戦端が開かれた。
王都の兵士たちが一斉に突撃する。
それに対し、村人たちは槍を構え、怯えながらも必死に立ち向かった。
「セリア、前列を援護!」
「了解!」
氷の魔法が地を這い、兵士たちの足を凍り付かせる。
動きが鈍った敵を、村人の槍が突いた。
「リリアナ、負傷者を!」
「癒しの光よ――《聖なる祝福》!」
眩い光が広がり、倒れた村人の傷が瞬時に塞がっていく。
歓声が上がり、恐怖が希望へと変わった。
「……本当に軍になってきたな」
アレンは呟き、剣を構え直す。
戦場の中央で、マーカスが馬上から叫んだ。
「アレン! お前の裏切りは許されん!」
「裏切ったのはどっちだ、マーカス! 俺の功績を奪い、追放したのはお前たちだ!」
二人の刃がぶつかり合う。
激しい火花が散り、かつての仲間同士の戦いは凄惨を極めた。
「俺は出世した! お前は落ちこぼれ! ここで死ねば本望だろう!」
「……俺には守るものがある! 仲間が、そして――クラリスが!」
力強い剣閃がマーカスを弾き飛ばす。
その背後を、クラリスの声が支えた。
「アレン、今です!」
「おおおっ!」
渾身の突きがマーカスの鎧を貫き、彼は地に崩れ落ちた。
指揮官を失った兵士たちは動揺し、次々と武器を落とした。
村人たちの槍と剣が押し返し、やがて討伐軍は総崩れとなった。
「退け! 退けぇ!」
敗残兵たちが逃げ去り、村に静寂が戻る。
勝利の歓声が上がった。
「勝った……俺たちが王都の兵に勝ったんだ!」
「もう恐れる必要はない!」
人々の目に誇りが宿り、歓喜が広がった。
夜。
四人は焚き火の前に座っていた。
戦いの疲労を抱えながらも、瞳には確かな光があった。
「これで、村人たちはもう後戻りできませんね」
クラリスが静かに言う。
「ええ。今日の勝利は小さな一歩ですが――王都にとっては大きな脅威になるでしょう」
セリアが頷いた。
リリアナは祈りの手を組みながら微笑む。
「けれど恐れることはありません。私たちが共にいれば、必ず道は開けます」
アレンは剣を見つめ、力強く言った。
「俺たちはもう“追放者”でも“悪役”でもない。――最強の夫婦と仲間として、ここから王都に挑む」
炎が高く燃え上がり、夜空を赤く染めた。
その光は、やがて世界を揺るがす戦火の始まりを告げていた。