第十話 追放の聖女、辺境に降り立つ
軍勢を組織する決意を固めて数日。
村は慌ただしくも活気に包まれていた。畑の合間に木槍を削り、若者たちは剣の稽古を始め、女たちは食糧庫を整える。
追放者と断罪者の集団は、確かに「軍勢」の形を帯び始めていた。
「悪くないな」
アレンは広場で木剣を振る若者たちを見守りながら呟いた。
「まだ粗削りですけれど、まとまり始めていますわ」
クラリスが満足げに頷く。
そのとき――村の門番が叫んだ。
「来客だ! 白い衣の女が、村に!」
現れたのは、一人の女性だった。
陽光を受けて輝く金の髪、雪のように白いローブ。
手には聖印を握り、瞳は澄んだ碧をたたえている。
「……聖女リリアナ?」
セリアが驚きの声を漏らす。
その名は王都でも知らぬ者はいなかった。
癒しの奇跡をもたらす聖女。しかし二年前、突然王宮から追放されたと噂されていた。
「あなたが……クラリス様、ですね」
リリアナは柔らかく微笑み、深く頭を下げた。
「噂を耳にしました。追放された騎士と、断罪された令嬢が辺境で軍勢を率いていると」
「……その噂は、王都にも届いているのですね」
クラリスが目を細める。
「ええ。そして私は……あなた方に力を貸したいのです」
焚き火を囲み、四人は向かい合った。
リリアナは静かに語り出す。
「王太子の側近たちは、私の力を恐れました。“民の心を掴みすぎる聖女”は不要だと。私は追放され、行き場を失って……」
彼女の声には悲しみが混じっていた。だが、その瞳は揺るがなかった。
「けれど今ならわかります。王都に仕えるための力ではなく、人々を救うための力を使うべきだと」
セリアが頷き、声を重ねる。
「あなたがいてくれれば、村人たちはきっと心強いはず。魔獣にも盗賊にも怯えずに済む」
アレンは腕を組み、慎重に問いかけた。
「……本気で俺たちと共に戦うつもりか? 相手は王国そのものだ」
「ええ。本気です」
リリアナは真っ直ぐに言い切った。
その瞬間、クラリスは微笑んだ。
「なら歓迎します。――聖女リリアナ、あなたを仲間として迎えます」
その夜。
村人たちの前でリリアナは祈りを捧げた。
聖印から柔らかな光があふれ、病の子供の顔色が瞬く間に戻る。
人々の驚きと歓声が広がり、やがて熱狂的な拍手となった。
「聖女さまだ!」
「私たちの村に奇跡が来た!」
村人たちの目は輝き、恐怖の色は消えていた。
彼女はただ癒しを与えるだけでなく、心を救っていたのだ。
「……すごいな」
アレンが呟く。
クラリスはリリアナの背を見つめ、静かに言った。
「彼女は“光”ですね。私のような“影”とは対照的に」
「影も光も必要だ。お前がいたから、俺たちはここまで来た」
アレンの言葉に、クラリスはわずかに頬を赤らめた。
星降る夜、四人は広場で誓いを交わした。
追放された騎士、断罪された令嬢、辺境の魔導師、そして追放された聖女。
それぞれが居場所を失った者たち。
だが共に歩めば、最強の軍勢となる。
「王都は、私たちを恐れている」
クラリスの声が焚き火の炎に溶ける。
「ならば証明しましょう。――私たちこそが、新しい秩序を築く存在だと」
四人の影が重なり、夜空に映る。
最強夫婦を中心とした物語は、いま確かに“軍勢の誕生”へと進み始めていた。