第一話 追放と断罪の夜に
王都の石畳を、アレンはふらつく足取りで歩いていた。
握りしめた剣の柄には、まだ戦場の血がこびりついている。だがその剣は、もはや彼にとって何の証明にもならなかった。
「アレン=ローウェル。お前の功績は騎士団長殿が引き受けた。……無能にふさわしい報いだ」
数刻前。宮廷の謁見の間で、彼はそう言い渡されたのだ。
死線を越えて討ち取った魔獣の首も、仲間を守るために流した血も、すべて上官の功績として横取りされた。
抗議したところで、返ってきたのは冷笑だけ。
――そして、追放処分。
騎士団の紋章を剥ぎ取られた肩が、夜風に冷たい。
無能。役立たず。裏切り者。
そんな烙印を押されたまま、彼は王都をさまよっていた。
一方、同じ夜。
王宮の大広間では、煌びやかな舞踏会が開かれていた。
しかしその中心で立たされていた令嬢の姿は、華やかさとは正反対の惨めさに満ちていた。
「クラリス=ヴァルモンド! 貴様との婚約を、ここに破棄する!」
王太子の声が響き渡る。
ざわめき。誰もが一斉に振り返り、嘲笑と好奇の眼差しを浴びせる。
「嫉妬深く、私の愛妾をいびり、王妃にふさわしくない悪女!」
「違います! 私はただ……!」
必死の声は、誰にも届かない。
仕組まれた証言と偽りの証拠が、彼女を断罪する。
王太子は、新たに選んだ令嬢の手を高々と掲げた。
拍手と祝福の嵐の中、クラリスはひとり、冷たい石床に突き落とされた。
(……私が悪役、ですか)
心の中で、ひび割れた笑みが浮かぶ。
すべてを奪われ、誰からも見放されたその瞬間。
運命は、二人を交差させた。
城を追い出され、薄暗い裏路地をさまようアレンの前に、豪奢なドレスを汚した令嬢が蹲っていた。
燃えるような紅の瞳。だがその光は、涙で揺れている。
「……大丈夫ですか」
思わず声をかける。彼女は顔を上げ、かすれた声で呟いた。
「あなたも……追放されたのですか」
なぜわかるのか。問い返すより先に、彼女の視線が彼の肩――剥ぎ取られた紋章に注がれていた。
「私は……悪役令嬢として断罪されました」
「俺は……功績を奪われ、騎士団を追われた」
二人の言葉が、重なる。
違う立場、違う罪名。だが背負わされた屈辱は、どこか似通っていた。
静かな沈黙ののち、クラリスが口元に微笑を浮かべる。
それは諦めでも絶望でもない――むしろ凄絶な光を秘めた笑み。
「ならば……一緒に、世界に逆襲しませんか?」
アレンは息を呑んだ。
復讐など、己一人で果たすしかないと思っていた。
だが、この令嬢の声は不思議と胸に響き、渇いた心を揺さぶった。
「……俺でいいのか」
「あなたでなければ、だめです」
差し出された白い手。
震えるそれを、アレンは力強く握り返した。
その瞬間、二人の運命は結ばれた。
追放された下級騎士と、断罪された悪役令嬢。
絶望の果てに出会った二人の誓いが、やがて最強夫婦の伝説を生み出すことになる――。
夜明け前の王都を、二つの影が並んで歩く。
振り返ることはない。
彼らの瞳はすでに、辺境の地へ――復讐と成り上がりの未来へ向けられていた。