7 告白
涙が溢れて止まらない。
達也に見られなくてよかった。
ごめん。達也。
達也になぜ避けてるのかと問い詰められて、とうとう自分の気持ちを伝えてしまった。
避けている原因は和一さんにあるんだけど、達也の顔を見ると唇に目がいってしまって、どうしようもなかった。
達也って、和一さんによく似ている。
好きだって伝えた瞬間の達也の顔。
驚いてた。
だって、普通に友達と思っていたら、そういう感情を持たれていたなんて知ったら驚くに決まってる。
その後、前みたいにって言われたけど、戻れるわけがない。
きっと達也も前みたいに僕と話せないはずだ。
幸奈ちゃんと一緒にいるのを見るのが辛いとか、酷いことを言ってしまった。
これで終わりかな。
僕と達也……。
洗面所を顔を洗ってから、校門を出た。
太陽は沈みかかっていた。
「キミ、この間兄チャンと一緒にいた子!」
ぬっとおっきい人が目の前に立ちふさがった。
この間絡んできた外国人だった。
僕より頭二つ分高くて、ムキムキな男だった。
怖い。
僕は逃げ出そうとしたけど、腕を掴まれた。
「今日、一人?あそぼ?」
「放してください!」
「カワイイ!」
「放して!」
誰も助けてくれない。
僕は考えことしながら歩いていて、いつもとは違った道を歩いていたみたいだ。
繁華街から離れた場所。
なんで、
「カワイイ!」
男は僕の口を手で塞いで、引きずっていく。
怖い、怖い!
一生懸命抵抗するけど、何もできない。
鞄が落ちて、中身が散乱する。
だけど、傍に誰もいないから気づいてくれない。
助けて!
とうとう僕は暗がりに押し込まれて、カチャカチャとベルトに触れられた。
「ん、ん」
男の目が血走っていて、何かに憑かれたように僕を見ている。
「この野郎!」
鈍い男がして、男が力を緩めた。
頭を殴られたみたいだ。
「良くん、早く!」
和一さん!
現れたのは和一さんで、僕は男の下から這い出る。
手を差し伸べられて、迷わず掴んだ。
男が態勢を取り戻す前に、僕と和一さんは逃げ出した。
「ここまでくればいいだろう」
大通りの商店街まで出てきて、和一さんが僕の手を放した。
「大丈夫?大丈夫じゃないよな」
「う、ん」
胸がまだ早鐘を打っていて、力いっぱい掴まれ抑え込まれた口元、顎が痛い。
「良くん、ちょっと」
大通りでも人目を避けた道に連れて行かれそうになり、僕の体は固まった。
「あ、ごめん。ただ、ほら、ベルト」
和一さんに指摘され、僕は慌ててベルトを締めた。逃げることに精一杯で何も考えられなかった。
「良くん、とりあえず家まで送る。警察に届けるかどうかは親御さんと話してきめようか。俺も一緒に説明してもいい」
「お、お願いできますか」
一人でさっきのことを説明するのは怖かった。
冷静でいられるわけがなかったし、思い出すだけで体が震える。
男の血走った目はまるで鬼のようだった。
「いいよ」
和一さんが優しく笑う。
とたん、僕の感情の箍が緩む。
涙がぽろぽろ出てきてしまった。
和一さんにぎゅっと抱きしめられたけど、怖くなくて、逆に安心してしまって、その胸でしばらく泣かせてもらった。
「……もう、大丈夫です」
「あ、うん。悪かったね」
「いえ」
ぎこちなくお互いに離れて、僕たちは歩き出す。
家に戻ったら、お父さんも帰ってきていて、さっきのことを話したら警察に届けることになった。
こういうことは当日のほうがいいということで、近くの警察署に両親と一緒に行く。
和一さんも傍にいたからということで、一緒についてきてくれた。
キスされて、すごい嫌だったはずなのに、今は一緒にいてくれて、とても心強かった。
「和一くん、本当にありがとう」
警察署から家に戻ったのは午前2時近く。
両親が和一さんにお礼を言っている。
「ありがとうございます」
僕も深々頭を下げる。
和一さんが来てくれないと、もっと最悪なことになっていた。
「明日から、登校と下校は達也と一緒がいいかも。ダメな場合は誰か友達と。大通りを通れば大丈夫だけど、とりあえず念には念を」
「そうします」
「達也にも話しときます」
「あの、」
達也には知られたくない。
「わかった。達也には話さないよ。だけど、いつかばれると思う」
和一さんは僕の気持ちを汲んでくれる。
「僕から話したいんです」
人づてに僕に何かあったことが伝わるのは嫌だった。
だったら僕から話す。
「そう。わかった」
そうして和一さんは家に戻っていく。
僕たちは和一さんの背を見送ってから、玄関を開けた。
「良、何か食べる?疲れているでしょ?」
「ううん。いらない。シャワー浴びたら寝る」
「そう?明日はゆっくり1日休んで。学校には私から連絡しておくわ」
「うん。ありがとう。母さん」
「良。夜中もし辛くなったら私たちの部屋においで」
「お父さん、僕、子供じゃないから。でもありがとう」
両親はとても優しい。
本当に何もなくてよかった。
「じゃ、シャワー浴びてくる」
新しい着替えとタオルを部屋からとってから、浴室へ向かう。
浴槽もある浴室だけど、今日は疲れすぎていて、体の汚れを落としてさっさと眠りたかった。
シャワーを浴びている、あの男の鬼ようのな目を思い出し、震えが止まらなくなった。けれども和一さんを思い出すと震えが止まる。
そして彼が泣いている僕を優しく抱き留めている時の感触……。
じわじわっと気持ちが溢れてきて、自分でも訳がわからなくなった。
シャワーを切り上げると、浴室から出て体を拭く。着替えを済ませて、髪が濡れているにも関わらずに、すぐにベッドに横になった。
疲れはピークに達していたみたいで、すぐに眠けはやってきた。




