6 カミングアウト
良くんがいなくなって、数分、俺はやっとショックから立ち直って、彼を追いかけた。
彼は男の子だし、そんなに遅い時間でもない。
だけど一人で帰らせるなんて、できない。
追いかけて数分、体の大きな外国人に絡まれている良くんを見つけた。
「This is my brother. What do you want?」
なけなしの英語で話しかけてみると、何かごちゃごちゃ言いながら消えた。
よかった。
暴力的な外国人じゃなくて、
「良くん!」
どこかに行こうとしていた良くんを慌てて捕まえる。
「何もしない。達也に誓う。だから、一緒に帰ろう。本当に悪かった」
「………」
良くんは僕を睨んだままだけど、逃げようとしなくなった。
上目目線も可愛い。
そう思ったが、そんなこと言ったら引かれてしまうし、にやって笑うとまた警戒されそうだから、無表情を装った。
「ありがとうございました」
良くんは一定の距離を保ちながら、俺と歩き、俺たちに家にたどり着いた。
家の前で別れて、とりあえず彼が扉の奥へ消えるまで姿を見送る。
良くんが振り向くことはなかった。
はあ、本当、俺、なんっていうか馬鹿だ。
焦ってしまった。
余りにも可愛くて、信頼を失ったな。
嫌われたかもしれない。
とぼとぼ家に帰ると、両親からなんで早く帰ってこないと小言をもらった。達也からは何も言われることもなかった。幸奈ちゃんは気にしないでというように微笑みを浮かべていた。
とりあえず用意していた誕生日プレゼントは幸奈ちゃんに渡せた。
達也はきっとアクセサリー、指輪とかだったら引くな。
可能性はある。
とりあえずアクセサリー以外、彼女の好きな犬のヌイグルミを上げた。目立つと達也が嫉妬心を拗らせそうだったから、小さいサイズにした。
喜んでもらってよかったあ。
とりあえず、これで家のことは片付いた。
問題は、彼だ。
俺はもう二度と彼を話すことはできないかもしれない。
だけど……
彼の唇、柔らかかった。
なんでか甘かったし。
思い出すと、顔が緩む。
変態だよな。
だがそう思い至って、後悔に身を焦がした。
☆
「兄ちゃん!」
翌日学校から戻ってきたら、めちゃくちゃ怒った達也に怒鳴られた。
「良の様子がおかしい。昨日、なんかした?」
達也との関係もギクシャクしたのか。
まあ、俺たち顔似てるしな。
ってことは、達也の顔を見て、俺のことを意識したってこと?
もしかして脈あり?
「俺のこと避けてるみたいなんだ。兄ちゃんが何かしたんだろ!」
「してないよ。何も。そういうお前、お前の態度がよくないんじゃないか。良くん、放って幸奈ちゃんといつもイチャイチャ。良くんを大事にしろよ」
「大事にしている!だから、兄ちゃんに怒ってるんじゃないか!昨日帰りも遅かったし。まさか、」
「まさか?なんだよ」
達也が言葉を止めた。
まさか、こいつ俺の性癖をしっているのか?
「な、なんでもない。とりあえず何かしたなら謝った方がいい」
「何にもしてないから」
本当はしてるけど、キスしたなんて言えるわけない。
ばれてはないが、疑わしいと思われているらしい。
達也は俺を睨みながら、用事があるとかでまた家から出て行った。
幸奈ちゃんは今日は部活のようだ。
しっかし、達也まで避けるとは相当ショックだったのかあ。
もしかしてファーストキスだったかもしれない。
いや、そうだ。きっと。
良くんってきっと達也一筋だっただろうし。
ああ、俺は本当になんてことを。
昨日の俺を殴ってやりたい。
☆
「兄ちゃん、ちょっといいか」
二日後、沈んだ様子の達也が部屋にやってきた。
珍しいな。
「いいぞ。中に入れ」
「ありがとう」
怒っていたのはなんだったのか。
落ち込んだ様子だった。
「どうした。達也」
「……俺、とんでもないことしていたかもしれない」
それから達也は良くんに問いただして、良くんに告白されたと言った。
はあ、追い詰めたんだな。こいつ。
「それで、どう思った?嫌か?」
「嫌って言うか、びっくりした。まさかそんな風に思われてるなんて知らなかったから」
「そうだろうな」
「兄ちゃんは、もしかして知っていたのか?」
「知ってたぞ」
「だったら、なんで言ってくれなかった?」
「言うわけないだろう。人の気持ちだ。他人が伝えていいものではないだろう」
「……そうだな」
「それで、お前はなんでショックそうなんだ。やっぱり嫌だったんだろう」
「良に元の関係には戻れないって言われて。幸奈と一緒にいるのを見ると心が痛いって」
良くん、そこまで言ったんだな。
俺のせいか。もしかして。
「……そうか。なあ、達也。実は俺もお前に言ってなかったことがある。俺、ゲイなんだ。女じゃなくて、男が好き」
「は?だって、兄ちゃん、彼女いたことがあっただろ?」
「あれはカモフラージュ。頼んでやってもらった」
「そうなんだ」
「ショックか?」
「う、ん。正直」
「気持ち悪いか?」
「それはない」
「よかった。お母さんたちには内緒な。びっくりさせたくないんだ」
「うん。わかった」
「達也。お前は良くんが好きか?」
「うん。好きだよ」
「それは恋愛として?」
「違う。俺は好きなのは幸奈だけだ」
「そうだよな。だったら、俺が良くんをもらう」
「は?なんだよ。それ」
「良くんのこと、俺ずっと好きだったんだよ。可愛いだろ。良くん」
「確かにそうだな。弟がいたらあんな感じかも」
「弟か。本当、そういう好きじゃないんだな」
「そうだよ。俺が好きなのは幸奈だけ」
「じゃあ、弟に遠慮することはないわけだ」
「良に変なことはするなよ。……まった。もしかして、あの日、良に何かしたのか?兄ちゃん」
「いや。何も、全然」
「嘘つくな。絶対に。もしかして、キスしたとか?」
「なんでわかんだよ!」
「ひでぇ!それ犯罪だ。警察呼ばれてもおかしくない!」
「わかってる。二度と無理にしない」
「良が俺の顔を見なくなったのは、絶対にそのせいだな。馬鹿兄!」
「こら、殴るな。痛いだろ」
「馬鹿だから殴るんだ。明日、良に謝って。俺も一緒に行っていいから」
「お前が一緒にきたら余計話がこじれそうだ。俺一人で謝ってくる」
「うん。わかった」




