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記録03:農学徒、再びスライムに救われる

 陽射しが和らいできた頃、川辺に腰を下ろした。

 草の葉はまだ露を抱えている。

 鑑定が使えることに興奮しつつも、脳裏では別の可能性が渦巻いていた。


「とりあえず、試してみるか」


 鑑定スキル。

 初級とはいえ、これだけの情報が得られるならば、活用の幅も広がるかもしれない。実際に異世界すると超チートスキルで無双……というわけにもいかないようだ。俺がチートスキル持っていたとしても宝の持ち腐れだからよかったのかもしれないが。

 明らかにチートじゃなかったとしても、この鑑定スキルが有用であることは変わりない。使えば何とかなるものでもないし、今後のためにもスキルの性質や限界を把握するには、検証が不可欠だ。


 まずは、生体以外への適用が可能かどうか。


「鑑定。……水」


 川の水面を見ながら声に出すと、視界に淡く光るウィンドウが現れた。


 ---


 鑑定結果

【対象:水(自然流水より採取)】

 魔素含有率:高

 残留性:低(流動性により拡散・薄化傾向)

 --------------------


「……高い、っておい……」


 さきほど、軽い気持ちで飲んでしまった。

 今のところ身体に異常はない。だが、これが危険なものだった場合、手遅れになりかねない。

 俺が見てきたフィクションの作品たちは、対外魔素や「魔」がつく対象は毒扱いだった。だからこの世界でも危険なものである可能性は高いが……。


「いや……少量だったからセーフ? それとも、種族……?」



 思い返すのは、自分自身への鑑定結果だ。

『ヒューマン(?)』の文字。そして『魔素適応性・極高』という特性。

 魔素がヒューマン種に対して影響があったとしても、俺がヒューマン種じゃないとすれば。そして魔素適応性という特性から考えれば考えられる仮説は、「この身体だからこそ、無事だった」これに尽きるだろう。


「……とりあえず、今は平気そうだな」


 恐る恐る自分の手を見下ろし、肩を回してみる。どこか痛むこともなく、むしろこれまでよりスムーズに動いている。異常なんて程遠いようだ。


 次に、別の対象にも試してみる。


「鑑定。……空気」


 反応なし。

 どうやら、あまりにも曖昧な対象には作用しないようだ。もしかしたら、さっきの水のように一部空間に対してだったら機能するのかもしれない。個室のような空間があれば試す価値はあるだろう。


「じゃあ……草」


 目の前に生えている草に目を凝らしながら唱える。一見すると向こうでもよくいる種類の単子葉類だ。生活しているだけでは影響もないし、雑草と呼んでいいものだと思う。

 雑草という名の植物はないといった人がいるように、その辺に生えた植物一つ一つには名前があるが、このスキルではどう扱われるのだろうか。


 ---


 鑑定結果

【対象:ユユツミ草】

 分類:単子葉系植物

 魔素含有率:微量

 備考:植物種未登録。新規登録候補として仮指定中。

 ------------------------


「ユユツミ……草? なるほど、ちゃんと固有名詞があるんだな。食用の野草なのか、はたまた有害なのか……いや、全ての植物がちゃんと分類されている環境なのかもしれないな」


 この世界について考察が進む。面白くなってきた。

 次に、周囲の草の塊全体を見渡して試してみる。


「鑑定。……草の群生」


 ---


 鑑定結果

【対象:複数種混合植生】

 構成:多数の植物種を含む。主構成種は単子葉系雑草。

 魔素含有率:個体差あり。

 ------------


 なるほど。細かい植物種一覧はでないのか。どうやら細かい対象ほど精度が高く、広範囲や抽象的な対象は情報が簡略化される傾向があるらしい。


「もっと対象を広くするなら……例えば……そうだな、森は?」


 ---


 鑑定失敗。

 対象が広範すぎます。

 ----------


 思わず吹き出した。どうやらスキルの許容量には限界があるようだ。スキルの認識範囲については検証しがいがあるな。論文にする価値が高い。



「まずい、熱中しすぎたな」


 そうして夢中になってしばらく検証を続けていると、気づけば日が傾き始めていた。

 ここは過ごしやすく、水もあるが、夜露と風を防げる場所ではない。

 最低限、壁と屋根が必要だ。となると――


「どこか平地……洞窟か、最悪木の(うろ)でもいいな」


 言いながら周囲を見回す。ぱっとみても都合のいい空間はなさそうで、洞があるような太い木も見当たらない。

 仕方なしに川沿いを上流側にたどると、小高い岩場の影にぽっかりと開いた穴が目に入った。


「あれ、洞窟じゃないか……?」


 実に幸運だ。しかし川辺でのうさぎのような魔物の件を思い出し、慎重に近づいていく。

 洞窟に近づくにつれで、湿った空気と獣のような臭いがどんどん強くなっていく。

 安易に近づくべきではない。


 ふと思い出して洞窟に対して目を凝らす。


「鑑定。……洞窟」


 ---


 鑑定結果

【対象:洞窟(生物利用痕あり)】

 状態:定期的に利用されている形跡あり

 魔素反応:中程度(壁面部に残留)

 危険度:不明(視認範囲外)

 備考:大型魔物の営巣可能性あり

 ---------------


「……やっぱりか」


 無事に鑑定は洞窟を対象に反応した。しかし鑑定の結果は喜ばしい物ではない。そりゃあこんなに豊かな自然あふれる場所だ、さすがに無人とはいかないか。

 引き返そうとした、その時。


 ――ぐわっ!


 草むらが激しく揺れた。大型の影が飛び出してくる。


「くそっ、まずいっ……!」


 体高は自分の背丈を優に超えた、熊のような大型の四足の魔物が、牙を剥いて飛びかかってきた。

 目測でも2mは超えている。そんな大型動物の攻撃を食らえば最低でも瀕死、しかし即死の確率の方が高いだろう。

 武器もない。手持ちのスキルで有用なものは存在しない。逃げる暇もない。背を向けた瞬間死だ。

 異世界に降り立ってわずか数時間でまた俺は死ぬのか……そう覚悟を決めた瞬間、背後から顔の横を何かがかすめていった。


 じゅっ。


 焼けるような音とともに、魔物の肩がただれていく。魔物は咆哮を上げ、痛みに苦しみもがいている。腕を振ろうとしても思うように動かせないようで、胴体の横にだらりと垂れたままになっている。

 瞬きを繰り返しても幻覚ではないようだ。粘液のようなそれが肉を溶かし、骨にまで達しているのが見えた。計り知れない痛みが体力すら削るようで、耳をつんざくような猛獣の叫びも次第に小さくなっていった。


「……酸?」


 先ほどの攻撃は、硝酸や硫酸ともこの肉の溶かし方は比べ物にならないほどの強い酸が使われているに違いなかった。

 獰猛な大型の生き物を一瞬で殺してしまうような恐ろしい存在、それがすぐ後ろにいる。それだけで手足が震えるのがわかった。


 思わずごくりと喉を鳴らし、恐る恐る振り返ると、ちょうど背後の茂みから一匹のスライムがぴょんと飛び出してきたところだった。

 色も大きさも、川辺で見た個体とよく似ている。しかし、うさぎのような生き物のときとは違う攻撃の仕方だ。

 まさか俺もろとも打ち抜いて殺す気だったのかもしれない。思わず震える手を握りしめ、臨戦態勢を整える。


 そんな俺の心配を杞憂だと笑うように、スライムは俺を無視して魔物の死骸に近づくと、静かに体を波打たせて全体を覆い始めた。

 その様子は川辺でみた流れと全く同じだった。また消化しているようだ。


 それにしても無関心だ。まるでそこ俺がいることなど、どうでもいいとでも言うように。



「……ついてきてたのか?ついてきたとしてもなんでだ? いや、それなら別個体ってことか?」


 判断はつかない。ただ一つわかるのは、自分に対して攻撃してくる様子はないということだけだった。もしかしたらこの世界のスライムは人間に無害な存在なのだろうか。

 色も大きさも、川辺で見た個体とよく似ている。だが、それが同じものかは確証がない。


 何にせよ、ここは危険だ。

 別の場所を探すべきかもしれない。だが、夜が来る前にそう遠くまでは行けない。

 悩みながら、もう一度洞窟の入り口に目をやった。


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