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記録28:託された運命

「そなたがこの世界に来た理由を伝えよう」


 そう精霊王は真っ直ぐ俺を見つめて言った。

 初めて声をかけられたときのように、緊張感が一気に高まる。思わずスライムに触れた手に力がこもった。

 二匹は俺を勇気づけるように、あるいは反射的に俺の手を包み込んでくる。その柔らかさが、いまは強い支えだった。


「この話題についても、我らには制約がある。ゆえに全てを語ることはできぬ。……よって、そなたは答えを探しながら、己の使命を果たさねばならぬ」


「使命、ですか……?」


「そうだ。我が伝えられることは三つだけだ」

 エリュシェールはゆるやかに片手を掲げ、指を折りながら言葉を紡ぐ。


「一つ。この世界はすでに崩壊の歩みを始めている。二つ。それを救う鍵を握るのは、異世界の魂を持つ者である。三つ。そして、そなたは全てを解き明かし、使命を果たさねばならない」


 威厳に満ちた声音が、静まり返った神殿に響き渡る。

 冗談でもはったりでもない。エリュシェールの真剣な眼差しが、その言葉が厳然たる事実であることを告げていた。


「崩壊……って、そんな……」


 信じられない。世界滅亡の危機に瀕した場所に転生してしまったなんて、あまりにも運がなさすぎる。

 衝撃が大きすぎて、肝心の話が頭に入ってこない。

「崩壊といっても、まだ世界が軋みを見せている段階にすぎぬ。変化を察しているのは、我ら神子のような存在だけだろう」

 エリュシェールは少しだけ口調をやわらげた。

「だから、そう絶望することはない。……もっとも、聞こえておらぬかもしれんがな」


 冗談めかした響きが耳には届く。だが俺の心にはほとんど入ってこなかった。

 ――そんなことよりも。

 この世界に来て、ようやく望んでいたスローライフが始められると思っていた矢先に、世界崩壊の危機だなんて。


 未知の生態系に感動して、研究計画まで立てて……ようやくスタートラインに立ったところだったじゃないか。

 結局俺は、自分のやりたいことをとことん潰される運命なのか。


「……これほどまでに神子が繊細とはな。おい、世界樹よ。本当にこやつで間違いないのか?」


 エリュシェールの視線が俺ではなく、遥か頭上の天蓋のない空へと投げられる。

 ざわめく木々の音が遠くから届くが、いまの俺にはBGMにしか聞こえなかった。

 今日から俺は、あの洞窟で練っていた研究計画を捨て、世界の崩壊を止めるために動かなければならないのだろうか。

 ぐるぐると回り出した思考は絡まり合い、収めようとすればするほど激しく渦を巻いていく。


 ふと視線を落とすと、スライムに包まれた自分の手が目に入った。

 もう少し、こいつらの研究をしたかったな――そんな感傷に沈みかけた、そのとき。

 アルが体を伸ばし、俺の頬をぶった。

 柔らかな体からは想像できないほどの衝撃。

 だがその痛みは、思考の渦に沈みかけていた俺を一気に現実へ引き戻すには十分だった。


「っ……!」


 思わず視線を痛みを与えた存在へと向けると、俺をぶった張本人であるアルの体が揺れていた。

 何を思ってそんな行動に出たのかはわからないが、人の姿になっていなくても、怒りが込められていることは確かだった。

 ――それだけで、乱れていた焦点はしっかりと定まった。


 あまりに突然の出来事だったからか、エリュシェールも驚いたように目を見開いていた。

 頬に残る熱がじんじんと響いている。

 ……そうだ、こんなところでうずくまっている場合じゃない。


 俺は顔を上げ、精霊王――エリュシェールを見据えた。


「……でも、俺だってこの世界でやりたいことがあるんです」


 声はかすかに震えていたが、確かに口から出ていた。

 驚いたように彼女の目が細く見開かれる。


「研究だってまだ始めたばかりで、やり残したことばかりだ。スローライフなんて大げさかもしれませんが……少なくとも俺は、この世界を楽しみたかった。

 その自由を全部放り出して、使命だの崩壊だのって言われても、すぐには納得できません」


 言葉を重ねるほどに胸の奥に溜まっていたものが吐き出されていく。

 彼女の前で臆することなく、こんな主張をできていること自体が驚きだった。

 これまでの自分だったら絶対に考えられないことだが、ようやく自分のやりたいことに近づいたからか、自分も変わっているのかもしれない。

 エリュシェールはしばし俺を見つめ、ふっと目を細めた。

 その仕草は冷笑ではなく、むしろおかしさを堪えているように見える。


「……なるほど。世界樹の言う通り、アリシエルの子はそなたで間違いないようだな。なんとも面白い魂を選んだものだ」


 からかうような声音だったが、そこに棘はなかった。むしろ俺の言葉を否定するどころか、きちんと受け止めている。


「良いだろう。そなたの望みを抱いたままで構わぬ。使命とは、己の自由を捨てねば果たせぬ類のものではない。むしろ――己の歩みを重ねるからこそ、辿り着ける答えもあろう」


 そう告げると、彼女の纏う圧力のような気配が少し和らいだ。いや、これは俺が勝手に過去に重ねて恐怖を感じていただけなのかもしれない。

 自分の中にある確かな研究欲と、それを阻害される恐怖心を。

 だがそれはもうない。この人はあの教授とは違うんだ。


「ただ一つ、覚えておけ。この世界は確かに緩やかに崩壊へと傾いている。それを見極め、どう行動するかは――そなた次第だ。わらわは導くのみ」


 彼女の視線は強くも優しい。それは試すようでありながら、背中を押す親のようでもあった。

 この人の思いに応えたい。そう強く思った。

 俺は姿勢を正し、拳を握りしめて真っ直ぐエリュシェールを見つめると、俺の気持ちを察したらしい彼女は話し始める。


「この世界に来たそなたが感じているかわからぬが……この世界は崩壊へと進んでいる。最もわかりやすい例をあげれば……かつて溢れんばかりだった精霊も数を減らしている。今はそんな些細な変化でももう間もなくすれっば森の木々は芽吹かず、海は潮の満ち引きを忘れ、大地はひび割れて命を拒む……。生き物にすれば、心臓が脈打つのを止めていくような――そんな世界に変わっていくだろう」


 その声には恐怖を煽る響きはなかった。けれど静かな言葉の一つひとつが、俺の胸に重く沈んでいく。

 

 「やがてその歪みは広がり、世界そのものの『死』となろう。――この世界を守る三柱の神々はそれを回避するべく自身の配下である存在――神子に『使命』を下した。我は均衡の神、オルフィナ様より賜った『使命』により、精霊を使い、この世界の変異を記録している」


 エリュシェールの視線が再び俺に注がれる。神の配下であると告げられたとたん、王の威厳だけではない神聖さに説得力が増した気がした。

 その圧倒的なオーラにおもわず喉がごくりと鳴る。


「だが神子だけでは世界の崩壊をどうすることもできなかった。……だから神々は我らではなく、異世界の魂に命運を預けたのだ。過去現れた異世界の魂は確かに使命を全うしたが、どれも根本的な解決はなされずに終わっている。そこで創造神アリシエルは傍観するのをやめ、異世界の魂にこの世界を救うという使命を与え顕現させた――それがそなたのことだ」


 エリュシェールの瞳からは悔しさがにじみ出ていた。

 神の子として生まれた自分は何もできずに、外の世界の存在に大切な世界を託すしかなかったとなれば、その思いはとても簡単に形容できるものではないだろう。

 だが俺だって突然異世界に連れてこられて、急に世界の命運を握らされて、文句が出ないわけない。


「……どうして俺なんでしょうか」

「アリシエルが見染めた存在だからだ」

「だからといって俺がそれをする理由にはならないでしょう」

「『使命』は神との契約だ。それを違えれば魂は二度と輪廻しないだろう」

「っ……横暴だ」

「その点については同意しよう。しかし今すぐ解決しろというわけではない。先も言ったように世界の崩壊は幸い神子が気づく程度だ。それにそなたにはアリシエルの加護がある。ほぼ永遠の時を過ごせるだろう。その長い人生の中で、最後の時までに使命を果たせばよいのだ」


 その言葉に、思考が一瞬で凍りついた。

 死ねない? 永遠? 俺は――。

 アリシエルという強引な神の加護のせいで俺は不死になってしまったらしい。その衝撃は喉元まで出かかった言葉を失わせるほどだった。

 世界の崩壊のぎりぎりまで好きに過ごしていい。それは喜んでいいのか悲しむべきなのかわからない条件だった。

 

次回は番外編を予定しています。

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