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記録26:精霊王エリュシェール

 白い石造りの神殿は、静寂そのものだった。

 神殿――といっても柱と床だけが整備され、天井はあえてなのか崩壊したのか定かではないが、存在しない。

 一部が崩れている柱があることから、この地は古くから残っている場所なのだろう。

 異質なのは精霊の数だ。俺たちが先ほどまでいたはずの森の中もかなりいたが、ここはレベルが違う。

 精霊はみな淡い光で小さな存在だと思っていた。しかし目の前の精霊を形容するには『カラフル』が最適だと言えるほど、鮮やかな精霊達が漂う。


 目の前の存在は突然現れた俺にも、空間にも当たり前と言いたげに悠々とこちらを見据えていて、より一層異質さを掻き立てている。

 いつからいたのだろうか……いや、俺は目の前の存在(スライム)に気を取られすぎていたのだろう。

 それほどまでに周りを見えていなくても、彼女の声は強い存在感を持っていた。

 佇まいから彼女は間違いなく偉い存在であることが伝わってくる。


「表情に不安がにじみ出ているぞ?」


 耳朶を打った声は、澄んだ鈴の音のように柔らかい。

 しかし同時に、全身の毛穴が粟立つほどの威圧を帯びていた。

 心臓がどくどくと鳴り、音が鼓動に支配されていく。目の前の女性は顔色一つ変えることなく、俺の出方を伺っているようだ。

 初めて魔獣と対面したときのような恐怖が俺を襲う。この人の目の前で下手なことはできない。戦力であるアルとカグラはこの状況が見えていないだろう。

 魔素の流れで状況が伝わるとは到底思えない。二匹の柔らかな体を傍によせながら、視線は真っ直ぐ彼女に向ける。


 彼女はいったい誰なのだろうか。

 立派な神殿に侍らせた精霊の数は尋常ではない。それだけ彼女を守る必要があるということだろう。……この世界の王、いや神の可能性だってある。

 どちらにせよ慎重に、真剣に見据えなければ。自然とスライムを掴む手に力が入る。

 そんな俺を見かねたのだろうか、一匹の精霊が俺の傍から彼女の方へと飛んで行った。


 その精霊は彼女の目の前で静止した。

 精霊は意思を動きや輝きで伝えてくるものだと思っていたのだが、目の前の存在はまっすぐ光の玉を捉えている。まるで話を聞くように。

 

 しばらくして、彼女が頷くと精霊は目の前から飛んでいく。

 女性がゆっくりと瞬きをすると、その場の空気が和らいで、表情もパッと明るくなる。


 「すまないな、アリシエルの子よ。なにぶん精霊としかやり取りをしないものでな。不快にさせたのであれば詫びよう」


 そう言って彼女は立ち上がり、ひらりと優雅な動きで何かをすくうかのように手を上げた。

 それは合図だったのか、彼女の周りをただよっていた精霊が数匹俺のもとに近づく。その微笑みが本心なのか、試されているのか判断できなかったが、頭上をフワフワと舞う精霊の動きに従って、俺はゆっくりと立ち上がった。

 離れた位置にいる彼女は表情を変えることなく、ただ俺を見て静かに微笑んでいる。こんな明らかに尊い身分の人を前に勝手な行動をするのはまずかったかもしれないが、彼女の様子を見るに特に問題はなさそうだ。

 不安が隠しきれず抱え上げてしまった二匹のスライムを盾にするように抱きしめたまま、俺は恐る恐る口を開く。


「お手を煩わせ申し訳ありません。その……気がついたらこの場所にいて、ここがどこだかわからず……無礼でしたよね?」

「気にするな、この地に招いたのは我らなのだから。勝手に入ったとして、アリシエルの子を無下に扱うことはせん」


 ゆっくりと目の前の階段を下って近づいてくる。真っ白な光沢のある布が歩くたびにきらきらと輝いていて、周囲が彼女によって照らされているかのようだった。

 栗色の柔らかな髪は透け、金色の光を放っているかのようだ。

 洋服の白銀と、髪の金の光が彼女をより一層神々しく見せている。

 その一つ一つの動きに目を奪われる。目の前に立った彼女は俺よりも頭一つ分ほど大きく見える。


 彼女の挙動と、おそらく自分を指している『アリシエルの子』という呼び名は俺を混乱させるのに十分な要素を持っている。


「……そういえばまだ名乗っておらぬな。……我が名はエリュシェール。この世界の精霊を統べる精霊の王――」


 よろしく、アリシエルの子よ。そう微笑んだ彼女を称えるように周囲の精霊がより一層光輝いた。

 星々をこの場に落としてきたかのように煌めく姿は、精霊達が彼女をどう見ているかが痛いほどに伝わる。


「せ、精霊の王……そんな偉い人がどうして……それに、アリシエルの子っていうのはいったい……」

「ふむ。聞きたいことが山ほどあるようだな。……アリシエルの子がそこまで無知とは。やはりオルフィナ様の力が弱ってるというのだろうか」


 彼女――精霊王エリュシェールは考え込むように顔に手を添えて、何かを呟いていた。

 袖に入れられた銀糸の刺繍が美しく輝いている。

 ……アリシエルの子というのに心当たりが無いのはよほど問題だったのだろうか。難しい顔をしている。

 アリシエルの子――それが俺のことなのは理解した。『子』というのだから『アリシエル』というのは俺の親のことだろうか?

 あいにくこの世界に来た時からこの姿のままだし、両親と思われる存在も確認していない。


 気がついたら森の中だったし、来る前に何かと会話したわけじゃない。

 この人は俺が何者なのかわかっているというのだろうか。


 探り始めた俺に気が付いたようで、エリュシェールは微笑みを向ける。

 若芽のような優しい緑の瞳は母の存在を思い起こさせた。


「そうだな、我だけで考えても何も変わらないだろう。ついて参れ」

 

 そういって最初に座っていた玉座の方へと階段を上っていく。

 するすると波打つ彼女の衣服を追いかけて、俺も階段を上る。白い石造りの階段は彼女のためを思ってなのか、一段一段が低めに作られている。

 ゆっくりと優雅に登る彼女を視界に入れつつ、周囲を見渡してみると、この場には対象に飾られた数本の柱と、彼女の玉座と思われる豪華な木製の椅子が置かれているだけだ。

 精霊王の城だというにはあまりにもそっけなく、なによりこの空間には壁も天井もない。城というには不完全なはずなのに、異質な真っ白の空間を囲むように生えた木々が、神聖さを際立たせ妙な説得力をつけている。


「この場所は素晴らしいだろう」

「え?あ、はい。すごく不思議な……感じがします」

「この地は精霊しか住むことが許されぬ。それゆえにこの景色が保たれている」


 あまりにもキョロキョロとしていたのだろうか、彼女がこちらを振り返っていった。

 精霊しか許されない土地……だからアルもカグラもスライムのままにされているのだろうか?

 彼女は玉座の裏に回り、そこに生えた木々に手をかざした。ここは崖に作られた場所なのだろうか。

 精霊しか住めず、その精霊も光の玉のような姿をしているということは、人型である精霊王が住む場所だけ確保された形なのだろうか。


 ――彼女が手をかざした木々が歪んでいく。まるで水面に移された景色のように波打っている。

 エリュシェールはそのままゆっくりと手を通し、俺についてこいと言った。


 言われるがまま怪しい壁を通り抜けると、先ほどまで木々に囲まれていたとは考えられないほど開けた空間が現れた。

 そしてそこにはたった一本だけの巨大な木が生えていた。


「ここからの話は、我とそなた、そして世界樹とともに話そう」


 精霊王のその言葉に答えるように、巨大な枝がゆっくりと揺れた。

間が空いてしまい申し訳ないです


ゆっくり更新で行きます。。。。。

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