記録24:光に浮かぶ均衡
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巨木の根元は、思っていた以上に静かだった。
遠くで木の葉がこすれる音がするだけで、この場には余計な音が一切ない。
その静けさは、まるで巨木が周囲を支配しているかのようだった。
根はうねる大蛇のように地面を這い、苔や小さな草花をその背に乗せている。
樹齢の推測はできないが、1000年は軽く超えていそうなほど太い。
俺たちは圧倒的な存在感にやられて言葉を交わすこともなく、ただその間を縫うように歩いた。
ふと、幹の一部が影になっていることに気づく。
いや、影ではない――空洞だ。
そこだけ樹皮が裂けたように開き、中へと続く黒い口を覗かせていた。
これだけの巨木なら樹洞もさぞ大きいのだろう。覗き込むだけでは壁が見えないほどに広い。
アルが一歩前に出て、その闇の入口に手を触れる。
すると、ほんの一瞬だけ、木の内部から微かな光が漏れた。
それは、確かに俺の目が見間違えたのではなく――何かが中にある証拠だった。
「……入るのか?」
問いかけに、アルはこくりと頷く。
カグラもすでに足を踏み入れていて、迷う素振りなどまるでない。
躊躇している暇はない。
俺も後に続き、ひんやりとした樹皮の内側へと身を滑り込ませた。
薄暗い内部には、湿った木の香りと、かすかな金属の匂いが混じっていた。
足元は土ではなく、磨かれたように滑らかな木の床。木の中だとは思えない広さと清潔さにどこかに転移してしまったのかと疑うほどだ。
これほどの空間がつくられているのに、巨木はまだ生きているというのが信じられなかった。
三人入ってもまだ余裕がある樹洞の中は光が差し込むことはなく、唯一入口から差し込む光だけが輪郭を教えている。
高さは入り口から考えていたものよりも高く、カグラが屈むことなく立っていられる。まるで巨木全体が空洞だったのではと思えてしまうほどだ。
カグラが炎の魔法を応用したのか、やさしい明かりが中を照らす。蝋燭のような小さな光だが、状況を確認するには十分だ。
その明かりが壁を照らすと、なにか線が引かれているのがわかる。
獣がつけた傷跡ではない。何か意図を持って掘られたものだと一部だけでもわかる。
もう少し光が強ければなにがあるのかわかるのに……。そんなどうしようもないことを思いながら、カグラの手のひらに浮かぶ優しい光を見つめる。
このまま炎を強くすればいくら生木だとはいえ、燃え移る可能性がたかいだろう。
なにか広範囲に光を当てる手段があれば……。そこでふと浮かんできたのは、とある災害時のライフハックだった。
懐中電灯などの明かりを水の入ったペットボトルの下に入れることで、光が拡散し明るくなるものだ。
今回は懐中電灯でもなく、炎だから勝手が違うのは承知の上だが、試す価値はあるだろう。
本来のライフハックと同じように、水球で光を覆って拡散できればいいが、この炎が酸素を必要としていたら消火されてしまうだろう。
ならば他にできること、光の反射、拡散――ひとつ、アイデアが浮かんだ。
「カグラ、その光……少し貸してくれ」
彼が小さく頷き、炎をこちらに差し出す。
俺はそれを見つめながら、深く息を吸い、手のひらに魔力を集中させた。
――光を、もっと遠くへ。
単に照らすのではない。水面で受け止め、跳ね返し、部屋中に散らす。
頭の中で何度もその光景を描いて、精霊に伝わるように詳細に想像する。
やがて、空中に小さな水球がふわりと生まれた。
最初はただの水滴の集合体に過ぎなかったが、炎の光を受けると淡く輝き、その輝きが水面の内側で何度も反射した。
それを見届け、さらに数を増やす。二つ、三つ、十……。
だが、思ったように光は広がらない。
――もっと滑らかな面を。もっと透き通る水を。
額に汗が滲み、指先が震える。こんなに繊細な作業を何度も繰り返すのは想像以上に過酷だ。
魔法はイメージ。俺が考えたものをどれだけ精霊に伝えられるかがカギだ。祈り以上に今を表す言葉に合うものはないだろう。
次の瞬間、ひとつの水球が炎を受け止め、内側で虹色にきらめいた。
それが合図だったかのように、周囲の水球も輝きを増し、淡い光が樹洞全体に少しずつ壁の模様が浮かび上がってくる。
天井の節穴、奥まった陰影、床の曲線――すべてが静かに浮かび上がった。
「すごい……」
ぽつりとアルが呟いた。それは魔法による照明効果への感動なのか、この場所の異質さへの反応なのかわからなかった。
それだけ目の前の光景は衝撃的だった。
遙か彼方まで続いているように見える空洞は、全てを照らすほどの光源でも先を見ることはできない。
内側も外側と同じように頑丈そうな表皮がある。カグラが作ってくれた光で見ていた線の跡は、高く高く伸びて、一つの絵を作り上げていた。
その雄大さや細かさからは神聖なものだとはっきりわかる。しかし相当昔に掘られたらしく、巨木の成長によってひび割れや崩壊が進んでいる箇所が見られる。
この壁画は文明を思わせる重要な記録には違いないが、何を表現しているのか見当もつかない。
もしかしたらなんてことない日常の記録かもしれないし、妄想日記かもしれない。もし人の恨みだったら?恐ろしくて背筋が凍る。
上を眺めていると首がつかれる。これまで物を見上げることは少なかったから余計にそう感じてしまう。
休憩がてら視線を落とすと、壁画の中に人の形があることに気づいた。この世界には魔獣だけでなく、人がいることは確実なようだ。
人の形をとっているとはいえ、そばにいるこの二人はこの世界の生き物なのか疑問になるほど無知だ。だから余計に感動してしまう。
「なあ。あれはなんだ?」
俺の後ろで光源を掲げるカグラが指をさす。
今よりもかなり高い位置に何か見えるが、目を凝らしてもよくわからない。
水滴を増やしてさらに上に広げて、明かりを確保してみる。
一層明るくなった壁画のカグラがいうあれは、ファンタジーの代名詞とも言えるようなドラゴンの姿があった。
彫刻されているせいで随分と抽象的な表現になってはいるが、間違いなくドラゴンだ。
勇ましい横顔に、美しく広げられた羽。ずっしりとした体は重みを感じさせる。そのドラゴンは浮いているわけでもなく、何かの上に乗っている。
全貌を見ようと一歩引くと、ドラゴンが乗っているものの姿がわかった。
「……天秤だ」
「天秤?なんだよそれ」
「重さを量る器具。左右に物を乗せて比較する道具」
「ふぅん?お前よく知ってるな」
「『ライブラリ』で見たから。むしろいちいちタクマに確認取るほうが変。使い方忘れた?」
「オレは効率よく情報を得てんだよ。自己完結型はなんも発展しねぇぞ?」
「おい、喧嘩はやめてくれよ!お互いに喧嘩を売るな!買うな!」
何気ない呟きが争いの火種になってしまった。
どうしてこいつらは仲良くできないんだろう?同族嫌悪のようなものなのだろうか。スライムは集団で生きるものだと思っていたから変な感じもする。
強めの言葉が聞いたのか、二人はまだなにか言いたげに睨み合っているが、口には出さずにいる。
両脇からの凄まじい圧は空気を重くして嫌になるが、まだ口論よりはマシだろう。二匹のスライムから意識を移し、目の前の壁画に集中し直す。
ドラゴンが乗っているのは十中八九天秤の片皿だろう。
どちらに傾くでもなく見事に均衡の取られているもう片方には、人の姿があった。
身体の特徴といえば、ウェーブのかかった長い髪と長耳だろうか。いわゆるエルフと見ていいのかもしれない。
ドラゴンとエルフが乗せられた天秤が何を指しているのかわからないが、日常を表す壁画ではないことは確かだ。
和平や歴史の記録だろうか。エルフといえば森の種族というイメージがある。このあたりを探せば文明の手がかりくらいは見つかるかもしれない。
この壁画は記録に残す必要がある。
俺はライブラリを起動し、極力そのままを書き写していく。このスキルのありがたいところは、こうやって実際に書いて記録を残す事ができるところだ。生憎絵心は壊滅的にないが、生物学におけるスケッチは何度か経験している。
壁画の下部の方は成長に伴う破損の影響や汚れがひどく、何を書いているのか読み取れない箇所が多数ある。
それでもままを記録しておけば後々役に立つだろう。
後ろから記録されていくライブラリを見ていたのか、この怪物はなにかとアルが問いかけてくる。俺はしっかりと目の前の壁画を書き写しているのに、それほどにまで似ていないのだろうか。
……最悪大まかにでもわかればいいだろう。
少し傷んだ心を慰めながら、残りの部分を記録した。
次回更新は木曜19:30予定です




