表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

記録22:精霊満ちる森へ

「見てほしい物がある」


 そういったアルはさきほどのカグラの挑発は気にならないのか、それ以上に重要なことなのか、真剣な顔をしていた。

 ”シャーベット”なんていう初めて聞く単語が出たにも関わらず、自分の要求を真っ先に出してくるなんて、これまでのアルからは考えられない。

 カグラも同じ気持ちだったのか、不思議そうな顔でこちらを振り返った。この空気感は共に過ごしてきて味わったことがない。

「わかった、見てほしいのはどれだ?」

「ここにはない。ついてきて」


 いつも通り体の中にしまっているのかと思ったが、そうではないらしい。だとするとその場所自体が見せたいものなのだろうか。

 少し考えてから俺はただ一言わかったと返事をして、探索用の身支度を整え始める。


「なぁ、アイツおかしくないか?いいのかよ言うこと聞いて」

「確かにあんなアルは見たことないけど、間違いなく本人だし。それになにかあったとしても、あいつが一人で対処できないものなんてめったにないだろ」


 俺の行動に驚いたらしいカグラが急いで耳打ちしてきた。彼はついていきたくないらしい。

 たしかにこいつらは元が同じ個体だと思えないくらいに仲が良くないし、たまに互いにいたずらし合っているようだし……騙された経験でもあるのだろうか。

 アルは俺が初めて出会った時から助けてくれている存在だし、信頼している。だからついていく他に選択肢はない。

 俺の気が変わらない様子を見て諦めたのか、カグラは黙ってついてくることにしたらしい。もし何かあったら今度はこいつに助けてもらおう。


「お待たせ。準備できたぞ」

「ん、目的地はここから少し遠い。から、カグラ」

「ん?ああ。そういうことか」


 アルはカグラに目配せすると、自身の体の一部をスライムに戻し、ロープのように気に引っ掛けた。

 どうやら俺を気遣ってゆっくり徒歩でという計画ではないらしい。あっけに取られていると、急に体が宙に浮いた。

 目の前にあった木々は見えなくなり、見慣れた地面が広がっている。

「おい!?どういうことだ!」

「おっと、なにかを抱えては初めてだから暴れないでくれよ?」

 状況説明を求めたのに、注意を受ける。特に確認をとったわけでもなく、いきなりカグラに担がれてしまったようだ。

 いやな予感で冷や汗が流れる。制止する声も届かず、予想通り地面が離れていく。気圧の差に思わず目を閉じて耐える。

 カグラが大丈夫か?なんて聞いてくるが、大丈夫なわけがない。人間は単体で飛ばないと言わなかったか。……言わなくとも察せたかもしれないが。

 恐る恐る目を開くと、地面なんてものは見えず、あたり一面緑が広がっている。

 

「森の中は危ねぇからちょーっと高く飛ぶぞ」

「どっちにしろ危険だろ!」


 いつも見ている木々が小さく見える。遊園地とかにある急上昇急降下するあのアトラクションを思い出し、手汗がにじんだ。しっかり抱えられているとわかっているものの、カグラの服を握りしめた。

 高く浮いた体は想像に反してゆっくりと降下している。なんとか状況を確認しようと首を動かすと、カグラは俺を抱えていない方の手をハングライダーのように変形させていた。

 思っていた以上に不格好な姿に高所の恐怖も忘れ笑がこぼれる。カグラは暴れるなと叱責してくるが、羽を生やすとかもっとカッコいい姿があったはずなのに、片手ハングライダーというなんともおかしな姿を選ぶとは予想できない。

 幸いこのカグラのセンスのおかげで大空への恐怖が和らいで、景色を堪能する余裕ができた。


 住処にしている洞窟はもうとっくに見えなくなってしまった。生い茂る木々の間から時折水が流れているのか光が反射してきていた。

 体勢がゆえにほとんど真下の景色しか見えないが、それでも上空からの景色は新鮮で面白く、得られる情報はいつもの探索より多い。

「これだったら普段の探索もこの方式でやれるんじゃないか?」

「なんかいったか?」

「いや!なんでもないよ!」

 空気の音で声がかき消されたのだろう、カグラは普段より大きな声で問いかけてくる。

 重要な話をする体勢ではないなと思い直して、また景色に集中した。


「ならいいけどよ、そろそろついたみてぇだから舌噛まないように口閉じてろよ」

「え?」


 今の体勢では進行方向がみえないからどの地点なのかわからなかった。

 もう着いたのか、というあっけなさと”目的地”がどういう場所なのか見当もつかずに混乱する。

 そんな俺はどうでもいいのか、ゆったりと降下していた空の旅は、いきなり急降下へと方針を変えた。

 内臓すべてが重力に逆らって浮くような妙な感覚が襲う。昔から降下するエレベーターや飛行機は苦手だったが、それ以上だ。

 こんなもので探索をするのもありかもしれないなんて考えていた数分前の自分を恨みつつ、意識を手放さないように必死に耐えた。


 着地は案外あっけなく、衝撃も思ったほどではなかった。元はスライムのやつらだ。衝撃を吸収してくれたと思っていよう。

 まだ気持ち悪さの残る腹をなでつつ、カグラの肩から降ろされる。これ帰りも経験するのかと思うといまから恐ろしい。なんとか体勢の変更を提案してみよう。

 なんとか顔を上げると、そこは神秘的という言葉がよく似合う場所だった。


 巨木には苔がびっしりと這っており、その枝の隙間から指す光はまるでスポットライトのようだ。

 緑の舞台に降り注ぐ柔らかな光は、まるで時間そのものがここだけ遅くなったかのような錯覚を与える。


 耳を澄ませば、水音が遠くから細く響いてくる。それは川の流れというよりも、どこかで誰かが奏でる笛の音のように規則的で、静けさをさらに際立たせていた。

 湿った土の匂いと、苔の清涼な香りが混じり合い、肺いっぱいに吸い込むと胸の奥まで洗われるようだ。


 そして、何より異様だったのは――精霊の数だ。

 これまで見てきた数倍、いや、もしかしたら桁が違うかもしれない。大小さまざまな光の粒が、枝葉や苔の上を漂い、時にはふっと集まって渦を巻き、また散っていく。


 地面には人工物のようなものは見えない。けれど、どこか「人の手が触れてはいけない場所」という空気があった。

 ここだけが森の中でも特別で、自然と魔法が溶け合った別世界――そんな印象を受けた。

 普段は飄々としているカグラもこの光景は初めて見たらしく、ほんの一瞬だけ眉を上げた。


「こっち」


 そういうアルの髪は光に照らされ、銀色に輝いている。

 アルは無数の精霊たちを気にも留めずに進む。精霊たちもアルをよけていて、それはまるで道を譲るようだった。

 ……そういえば、アルからは精霊の話を一度も聞いたことがない。アル自身も魔法が使えないし、カグラの理論からすればきっと見えていないのだろう。

 どうやって彼女はこの場所をみつけたのだろうか。見てほしい物とはいったいなんなのか。

 

「おい、いくぞ」

 

 カグラに声をかけられるまで、その光景に目を奪われていた。慌てて先を行く二人を追いかける。

 腹の奥にいた気持ち悪さは、すでにこの場所に飲み込まれてしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ