記録21:氷菓と帰還者
――言ったからには、やってやろうじゃないか。
氷魔法の成功にまだ胸を弾ませながら、俺はカグラのほうを振り返る。
「なあカグラ。この間とった木の実って、まだあったよな?」
「ん?ああ、崖の方に生えてたやつか?あるぞ」
そう言うと、カグラは迷いなく体に手を入れて、房状に実った果実を取り出した。
……アルが物を取り出すときも同じようにしているが、人間の形をしているとどうしても驚いてしまう。
見た目は筋肉で覆われた体なのに、まるで手が刺さっているかのように見えて恐ろしい。今度からはどうにか手段を変えてもらわなければ、これだけで寿命が縮んでそうだ。
ただ工程はともかく、いつでも保管して置けるっていうのは素晴らしく便利だ。そこには感謝しよう。
「……やっぱスライムって便利だよな」
「ほめてるのか?」
「もちろん」
カグラは怪訝な顔をしている。間違いなくスライムは便利でありがたい生き物だと思っている。ただただ俺がこの世界に慣れていないというだけなのだ。
カグラから果実を受け取って、俺は地面に座り込む。今こそ、俺の知識と魔法の応用力の見せどころだ。
果実はグラムベリーといって、味としてはラズベリーとかブルーベリーに近く酸味も甘味もしっかりある。放置して完熟してしまうと命を奪うほど危険なトラップになるらしく、通りそうな箇所はすべて回収した。まだどんなトラップなのか見たことはないが、味がいいから見つけたら回収するし、早々悲惨な目には合わないだろう。
俺はグラムベリーを房から取り石の器に集め、潰していく。
赤黒い実から果汁が染み出し、香りが広がった。この状態にレモン汁や砂糖なんかを加えて温めればジャムにも使えそうだ。……砂糖があるかはわからないが。
俺は炎の精霊を呼び、石器を冷やすように頼む。石器の周囲ごとひんやりとするほどの威力はやはり驚きがある。
温度の低下が果汁にも伝わったようで、周囲が凍り始めた。それを見計らって完全に凍りきる前に混ぜていく。ぐちょぐちょと水っぽい音を立てていたそれは次第にしゃりしゃりと軽快な音を立て始めていた。
「こんなものかな。食べてみるか?」
「これは……なんだ?」
「んーなんちゃってシャーベットかな?俺も正しいレシピは知らないからさ」
カグラは俺が溶けるからと急かすまでまじまじとシャーベットを眺めて、ようやく半信半疑といった様子で一口食べると、目を丸くした。
「なんだこれは……冷たく、甘い……!この風変わりな食感も……おもしろいな!」
「だろ?だから氷が作れるようになるのは偉大なんだよ。ちなみにこれだけじゃないからな」
カグラは夢中になって食べている。試作でもあったからそんなに多くは作らなかったがここまで好評だとやっぱり嬉しい。
グラムベリーシャーベット、初めてのわりにいい感じじゃないか、と食べてみるが、冷やされている分甘味は感じにくかった。もしかしたらさらに砂糖を加える必要があったのかもしれない。
改良が必要ではあるが、炎の精霊の可能性を探れたし、新しい楽しみもできたしいい事づくしだ。
真剣に味の分析をしている俺に対して、カグラはよっぽど気に入ったのか勢い良くシャーベットを食べている。
お試しで作ったにしては少し多かったかもと考えていたが、杞憂だったようで、ほとんど食べてしまった。
……それにしても、頭が痛くはならないのだろうか。元々がスライムだから関係ないというのだろうか。
「それ気に入った?」
「ん?そうだな、気に入った。これはグラムベリーじゃないとできないものか?」
「えぇ?いや、果汁が多くて甘い果物なら行けると思うけど……」
カグラはアルと違って、食事に対する興味関心が高い。
進化した故の産物なのかはわからないが、俺は自我が芽生えてすぐ人間の姿になったことで、人間のように振る舞うのが当たり前になりつつあるのだと考えている。
スライムの特性として違いがあるわけではないから、本来魔素を吸収できれば栄養については問題ない。しかし、魔素を吸収するだけして満足してしまうアルとは違って、カグラは俺と同じように食事を摂る形で魔素を吸収している。正直効率はかなり悪い筈なのだが……本人が気に入っているなら口出す必要はないだろう。
カグラはいつのまにか自分の懐にしまっていたのか、見知らぬ果実たちを地面に並べてああでもないこうでもないと考えていた。
炎魔法が使えるカグラにとってはこの使い方は想定外で衝撃的だったのだろう。一度コツをつかんでしまえばどこの炎の精霊にも伝えやすくなるだろうし、ぜひとも頑張ってほしい物だ。
ここまで熱心になれるのなら、食事のデザート係とかにしてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら魔法に苦戦しているカグラを眺める。カグラのはしゃぎ方は小さい子が新しいおもちゃを手に入れて一人遊びしているような微笑ましさがある。
――ふと視界の端で浮いていた精霊が急に動いた。
突然の動作を反射的に目で追うと、洞窟の前の茂みが微かに揺れていた。
……魔獣か?
この世界に初めて来てから現在まで、この洞窟には魔獣は一切現れていない。それは初めに倒したバルグリィの匂いや気配、縄張りの痕跡があったからだ。
それを気にも止めずに近づくとなると、バルグリィより遥かに強い魔獣と言うことになるだろう。俺は護身のためと腰に下げたザクルの葉に触れ、襲われないようにと構えた。
後ろにいるカグラはまだ果物と向き合っているのか、何かブツブツと言っている。こいつの方が圧倒的に強いし、感知だってできるのになんで気づかないんだ!
いや、もしかしたら“その必要がない”からなんじゃないか?
改めて茂みに目を凝らすと、そこから現れたのは見慣れた人影だった。
「アル……!」
背の高い草に紛れてほとんど全身隠れてしまっていたようだ。
カグラとのやり取りでどこかに行ってしまっていたアルが戻ってきた。強い魔獣じゃなくてよかったと安堵しつつ、初めて作ったシャーベットという衝撃的な食事はつい先程なくなってしまったことを思い出した。
アルは食事についてさほど興味はないが、珍しい物や初めての体験への興味はすさまじい。カグラも初めての食感だと楽しんでいたし、可哀想なことをした。
そんなことを考えていると、俺の声で気づいたらしいカグラが、アルのもとへと歩み寄っていた。
「よう、遅かったなぁ?もう少し早ければおいし~いしゃーべっとがあったんだが……ちょうど全部なくなった」
空っぽになった石器を見せびらかして挑発している。アルがこの場を立ち去ったのもカグラの絡みが原因だったというのに、また余計なことを。
またアルとの言い合いになってしまうだろうと宥めるたいせいでいたが、予想は裏切られ、アルは静かに聞いているだけだった。
一瞬の間に何があったというのだろう。
「ん?どうした?」
カグラもその異変に気付いたようで、アルの表情を見ようと覗き込んでいる。何も知らずに見ればガラの悪い大柄な男が幼い女の子に声をかけている。完全に事案だろう。
しかし幼い少女の姿をしているだけで、アルはスライムだ。怯えるわけでもなくただ真っ直ぐこちらを見ていった。
「見てほしい物がある」
洞窟の奥で氷魔法を試していたのか、ひんやりとした空気が漂っていた。




