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記録20:農学徒、精霊と歩む

 無数の光の玉――精霊は俺たちの様子を伺うように、頭上を漂っていた。

 精霊と聞いた時から妖精のような羽が生えた存在をイメージしていたが、実際の存在はこうも夜空に輝く星々のような優しい光を持っているのか。


 その光達はゆっくりと俺の目線の高さまで下ってくる。

 ふわふわと浮かぶそれらは様々な色を持っていた。俺の手のひらで浮かんだ一匹の精霊は単体で見るとほんのり色づいているとしか感じられなかったが、他の精霊たちと並ぶとはっきりと赤色をしているとわかる。そのほかの精霊たちは赤や緑、青に黄色と確かな色で俺の周りを舞っている。

 なぜかじっくり観察されているような気がして恥ずかしく思えてきた。しかし先ほど俺も赤色の精霊に同じことをした身だから何も言えない。


「こいつは炎の精霊なんだ」

 カグラが赤い精霊を指さして言った。たしかに炎の魔法が使えるというカグラの近くにいたことを考えれば納得がいく。

 炎の精霊たちはカグラの周りに集まってきている。その動きはまるでカグラを遊具にして遊んでいるように見える。その動きが何だか面白くて思わず笑ってしまう。

 そんな俺を窘めるように軽く咳ばらいをしたカグラは続けた。


「……本来は適性のある属性の精霊しか集まらないはずなんだが、お前には他の属性の精霊が集まっていた。つまりは他の魔法も使えるはずだ」


 そう言われてみれば、カグラとは違って俺の周りには色とりどりの精霊たちがいた。

 目を向けてみると、精霊たちは各々アピールするように動き回っている。

「他の属性がいるんだとしても、実現できる属性がいるとは限らないだろ?俺からすれば何属性なのかわかんないし……」

「そんなのわかるわけないだろう。感じ方次第で何とでもなる。お前も魔法はイメージだと言っていただろ」

「いやそんなこと言われても……」

 

 精霊の種類によっては不可能なことだってあるだろう。たとえば炎の精霊しかいないのに水を出したい!なんてイメージしたってうまくいくはずない。

 こういった魔法の属性についてはファンタジー作品において種類がまちまちだ。一番メジャーな考え方で言えば四元素か五元素だろうか?火はどちらにも含まれているし、可能性は高い。

 他に含まれている元素というと……。

 幸い目の前には色とりどりの精霊がいる。試してみるのは悪いことではないだろう。

 そうして俺は水滴を思い浮かべる。俺のいた世界の古代の人々は、地、火、風、水で世界が構成されていると考えたらしい。現代を生きた俺からしてみれば信じられない話だが。

 五元素はこれに空という概念を含んだ考え方。この中で俺が想像しやすく可能性も高いと考えられるのは水だった。


 集中して手のひらに水滴が生まれるように願う。そういえば最初に成功した魔法も小さな種火だった。そう考えると初めは小さな水滴がいいだろうと想像のサイズを小さめにしてみる。

 それに効果があったのかはわからないが、青色の精霊が俺の手のひらに近づいた。

 俺がその動きに気を取られていると、いつの間にか想像通りの水滴が生まれていた。


「……成功した?」

「おお!確かに水だな。思っていたよりも地味だが悪くない」


 まだ実感が持てていない俺にカグラは力強く肩を組んできた。炎と比べたらそりゃ地味だろうと半ばあきれつつ、炎のときと同じようにさらにイメージを広げる。

 一度成功したからか変化はスムーズにできた。存在が怪しいような小さな水滴は手のひらサイズの水球になり、さらに俺の顔よりも大きなサイズへと変わる。量の調整は問題ないようだ。

 次に試してみたいのは形態変化だ。生きてきた中で最も馴染み深い、水の蒸発や凝固……それらをどう再現するのか。

 熱の強さでは炎の魔法で色々と試したが、水の精霊はどこまでの力があるのだろうか。


 俺は目の前の水球に対して、水が沸騰するイメージを念じてみる。

 青色の精霊はふわふわと浮かんだまま水球を眺めては様子を見るように回ったりしている。やはり水の精霊だけでは不可能なのだろうか?

 あきらめようとしたとき熱のイメージが火に直結していたからだろうか、炎の精霊が水球に近づいた。

 あっという間もなく、水球はボコボコと音を立てて、一部は気体になっていった。

 検証の成功に喜びが沸き上がる。熱湯の水魔法はあまりイメージにないが、この手法がうまくいくのなら生活が豊かになることは間違いないだろう。


 喜びを分かち合おうとカグラに顔を向けると、いつの間にか距離をとったようで怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


「お前、なにしたんだ?」

「俺はイメージしただけだよ!水が沸騰する……ってわかるか?鍋で水をあっためたときと同じ現象をここで再現したんだよ」

「ふぅん。現象は理解するが魔法として使われると違和感があるな」


 ものすごい勢いで熱されたのだろう、顔ほどの大きさだっだ水球は一回り以上と小さくなっていた。

 

 ……それから、俺は魔法の検証を繰り返した。

 その結果、俺の周囲にいた精霊は四種類で、それぞれ火、風、水、土の特性を持っていたことが分かった。

 水と火の関わりで熱湯が使えたように、火と風で熱風が起こせたし、土と水で粘土のようなものを再現することができた。

 精霊たちは俺のイメージに好印象を持ってくれたようで、最初隠れていたとは思えないほど傍にいるようになった。

 カグラは精霊が最初からついて回っているのを見て、もしやと思っていたがまさか多属性の魔法を使えるとは思わなかったと笑っていた。


「じゃあこれが最後の検証だ」


 まだやるのかという呆れ顔のカグラを払って、これまでと同じように手のひらを差し出す。

 すると精霊たちはまだ付き合うというように手のひらに集まった。


「正直最初と似たような検証になるけど、難しいのは覚悟してる。でもこれができたら相当役に立つぞ」

 そういうと精霊たちの動きが少し激しくなる。喜んでくれているようだ。


 目を閉じて集中力を高める。俺が最後に試したかったこと、それは氷の生成だ。

 これまで炎の精霊には”熱を与える”現象をさせてきた。今回はその逆、”熱を奪う”ことが必要になる。

 水の精霊が手のひらに近づくと、小さな水滴が手のひらに生まれた。このビー玉のような小さな水滴を氷にできるのか。緊張で汗が背中を伝った。

 火と水の精霊以外は自分たちの役目ではないと理解してくれたようで、離れて見守っている。


 氷の生成……正直言ってイメージするのはかなり難しい。温度が下がれば自然と生まれる――そのことに違いはないのだが、炎の精霊は燃え盛る熱しか実現していないだろう。

 俺だって温度が下がる現象について深く考えたことはない。熱の変化を身にしみて感じるようななにか……。


 考えを巡らせていると、頭の中で何かが反応した。

 瞬時に浮かんできた『吸熱反応』という言葉。そこで、俺はライブラリが起動したのだと気づいた。

 ――そうだ、昔の理科の実験でアンモニアの合成をしたときのことだ。

 化学物質を混ぜただけなのに、ビーカーの外がひんやりと冷たくなった。あの感覚を、今でも覚えている。

 熱エネルギーが化学エネルギーへと変わり、周囲の温度が下がる。

 つまり、“周囲の熱を吸収する”。……これだ。水球から熱を抜いていくイメージ。

 原理がわからない精霊にも伝わるようにと熱の概念を伝えていく。


 炎の精霊がより赤く光ったかと思うと、手のひらの水滴が微かに震えた。

 そこからはまるでスローモーションのようだった。

 最初は、手のひらが少し冷たいと感じた。だが次の瞬間、水滴の中に白い筋が走り、結晶化が始まったのだとわかった。

 その白い筋はまるで生き物のように広がり、あっという間に水滴全体を覆った。


 カチリ、と乾いた音がした。もう片方の手でその塊に触れる。

 ――冷たい。

 間違いない、氷だ。水だったはずのものは、氷球へと姿を変えていた。


 「……やった」

 思わず、声が漏れた。

 精霊たちは、くるくると宙を舞うように喜びを表現していた。

 カグラはそんな様子をみて安全を確認したからか、恐る恐る俺に近づいてきた。


「成功したのか?その小さな球がなにになるんだ」

「氷をなめるなよ?冷やされたものへの感動は間違いなくあるんだからな」

「ふぅん?期待しないでおくわ」

「おい」


 氷の生成という快挙を成し遂げたのはかなり大きい。

 冷風に氷室、食料の保存にも使えるだろう。果汁の多い果物なんかでシャーベットを作ったりしたら楽しそうだ。

 一人今後に思いをはせて気分が高まっている俺に対して、カグラはつまらなそうにあくびをしていた。


 今は小さな氷でも実用化が進めばきっと肝を抜かすだろう。

 ビー玉のような白い粒は新たな可能性の塊だと言わんばかりに輝いている。

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