記録19:農学徒、見えぬものに手を伸ばす
「お前見えてないのか。それはそうもなるな」
目の前の屈強な男――フレアスライムのカグラは何か納得したようにケラケラと笑っていた。
何か面白い要素でもあっただろうか?カグラとの会話を一通り思い出す。しかし考え直しても”見えてない”に該当するものの見当がつかないのだ。
「ちょっと待ってくれ、何が見えてないって言うんだ?話が全然つかめないんだが」
あるはずもないメガネを直そうと指が顔に向かう。もう異世界に慣れきったと思っていたが、やはり動揺すると習慣が出てきてしまう。
カグラは困惑する俺になんと説明しようか悩んでいるのか、腕を組んで考え出した。
まず、と悩みながら口を開き、手のひらを宙にかざした。その行動を目で追っていると、彼の手のひらから炎の玉が現れた。
「俺は魔法が使える。ここまでいいな」
「いや良くない!待ってくれ」
一瞬の出来事が飲み込めなかった。純粋なスライムのアルは魔法が使えないとはっきり言った。俺が成功した例を試させたがやはり無理で、スライムは魔法が使えない魔獣なのかと結論付けていた。
しかし目の前にいるスライム――正確にはフレアスライムだが――は平然と魔法を使った。『スライム』という種族には魔法の適性が無く、進化すると魔法操作が可能になるのか?
俺は必死にまとめたスライムについての研究ノート――ライブラリを必死に遡った。魔法の定義が何か違う?魔素が変異したものであることは確定しているのだが……。
「魔法は精霊を介して行われる儀式だ」
焦る俺と対照的にカグラは真剣に、そして冷静に言った。
精霊。その存在は前世の現実世界でもフィクション作品でも散々聞いたことがある。その定義は様々あるが、多くは属性をもち、自然に関わるものが多い。
一瞬冷静になった俺から質問がとびだすのを遮るように、カグラは続けた。
「精霊は魔素と同じようにそこら中にいる。どこにでも漂ってる。そして魔法を使おうとする対象を助け、魔法を実現する」
「……そこに、いるのか?」
「あぁ。だけどあんたには見えてない。どういう理屈なのかはわからないが……」
カグラは空気に対してそこに何かいるように接している。空気を撫でるような不思議な動きを見ていると、まるでパントマイムを見ているかのような気持ちになってくる。
目を凝らしてもこすっても景色は変わらない。精霊という概念を聞かされてもどう認識していいかわからないからだ。
試行錯誤を繰り返す俺を見て、カグラが手を伸ばしてくる。急な出来事に思わず目を瞑ると、頭に手が乗せられた。都合がいいからそのまま目を瞑っているように言われ、何が起きているのかわからないまま従う。
「……精霊はいくら存在を知っていようが、感じられなければ見ることができない。見えるよりももっと手前の段階を踏まないといけない」
カグラの手が触れている部分が熱く感じはじめた。じんわりとした熱がゆっくりと頭を覆っていく。暗闇の中何が起きているのかわからないが、受け入れるしかなかった。
「本来なら感じるってとこから体験させたいが、時間をかけるっていうのは苦手だからな。面倒な手順は飛ばして”見える”ようにしてやる。多少手荒だができた方が圧倒的に良いからな」
「え?ちょっと待てなんか熱くなってきたんだけど!?これ大丈夫だよな!?」
不穏な言葉が聞こえて、徐々に暖かい熱が上がっていく。地肌でカイロを触れ続けているような耐えがたさに、瞼に力が入る。俺の必死の問いかけにカグラは答えることなく、ずいぶん真剣なようだった。
もうやけどしてしまうのかと構えたが、熱はすんなりと収まり、いつも通りの感覚に戻った。
「……あれ?」
「おし。終わったぞどうだ?」
そのうち手の感触もなくなっていた。違和感はないし特に好調になったわけでもない。ただの遊び道具にされていたのではと疑わしかったが、目を開けるとたしかに世界は変わっいた。
いつも通りの空気、いつも通りの温度。いつも通りの洞窟の風景となんにも変わらない。しかしやけにキラキラと光が舞っている。まさかこれが精霊なのか?
「すごい……こんなにキラキラ光ってるんだな……これが精霊なのか?」
洞窟に舞う小さな光の粒たちを指さしてカグラに問いかける。すると気まずそうに笑って、言った。
「あー……それは、精霊の通った”跡”だな。さっきまではいたんだが……お前に見られるって隠れちまったみたいだ」
知らないうちに精霊に嫌われていたらしい。話したこともない後輩に勝手に嫌われているとわかったときのような複雑な気持ちだ。
精霊の性質なんて知らないし、関係を回復したいと思っても難しい話だろう。少しずつ関係を築けたらもう十分だ。
期待が外れ肩を落としてカグラに向き直ると、彼の背後からぼんやりと光が見えた。その光はゆっくりと移動し、俺の前に現れる。
「そいつが火の精霊だ。違いわかるか?」
テニスボールのようなサイズの光の玉は淡く光っている。光といっても眩しい光ではなく、何となく明るいと感じる程度だ。
……火の精霊と説明され改めてまじまじと見ると、たしかに赤くも見える。赤いといっても本当に淡いし、初めて見る精霊だからか実感がわかない。
火の精霊は俺にじろじろ見られたせいか、逃げるようにカグラの影に隠れてしまった。なんだか申し訳ない。
「あんたは本当興味があるやつへの視線がきついな……精霊が怯えてるじゃねえか」
「き、きつ……だれだって初めて見る存在は気になるだろ!」
「限度ってもんがあんだろ?あーあんたがいた世界では普通なのかもしんないが」
カグラの直球な言葉の数々が突き刺さった。昔から興味があるものにはすぐ夢中になってしまう質なのだ。決して俺が異質なのではなく、研究者を目指している人間はたいていそう……だと信じている。
精霊への申し訳なさと自分の行動の反省が襲い掛かる。そうしていると、カグラの背中からまた恐る恐るというように光の玉が近づいてきた。
やはり興味深い存在だが、先ほど咎められたばかりなので自重する。……この場合はどうしたらいいのだろうか。悩みながらそっと手を差し出した。
すると精霊は俺に答えるようにその手に近づいた。よかった。なんとか交流はできそうだ。……いや、精霊って話すよな?
精霊と触れ合ったまま何をしてよいかわからず静止する。じろじろ見つめればまたさっきのように怖がられてしまうだろうし……。
そう考えを巡らせて上を見ると、無数の光の玉が浮いていた。
今回の話で本文六万字を超えました!(本来もっとキリがよい数字でいうものですが……)
今後ともよろしくお願いいたします。




