記録17:農学徒、名に応えし者のかたち
アルの分裂体から進化したスライムであるフレアスライムに『カグラ』という名前を付けることにして、高々と宣言をした。
名前を付けたからといって目に見えた変化はないし、なんなら動かなくなってしまった。鑑定をしてみると名付けは成功しているようなので、スライム自体の問題なのだと思う。
経験者であるアルは、覚えてない、気がついたらこの姿だったの一点張りで詳細なことは教えてくれなかった。
しばらくすれば動き出すだろうと、日課となった探索に繰り出すことにした。
「よし、カグラが動くまで採集に行くか」
「うん、いってらっしゃい」
普段ならついてくるはずのアルが俺を見送る姿勢を見せて、動揺した。
「ついてこないのか?」
「うん。今日はこの子の、カグラの様子みてる」
気になることでもあったのだろうか。アルは、静かに腕に抱いているカグラをじっと見つめて答えた。
理由を聞こうとしたが、アルはただただスライムを見つめている。アルにしか見えないものもあるし、彼女は自分の中で答えが見つかるまで質問には答えてくれないだろう。
探索に必ず二人で行く必要もないし、今の俺は魔法も使える。その上この地に来てそれなりの時間を過ごしているわけで、慣れもある。
俺は一言わかったとだけ伝えて、洞窟をあとにした。
――――
探索といっても足りなくなった野草を採取したり、目ぼしいものはないか鑑定をかけて回る程度のもので、大した時間はかからない。
けれども今日は新しい植物がいろいろと目について夢中になってしまっていた。いつもならアルに制止されるが、その制止する存在がいないとタガが外れる。
アルに小言を言われるかもしれないと思いながらもう住み慣れた洞窟に向かうと、そこには見慣れたアルの姿と、見慣れない大柄な人間がいた。
「なるほど?じゃあこうするのはどうだ?」
「それもいいと思う。でも前の方がいい。タクマの好みに近い」
「フゥン?主の好みに近づけるほうがよいと?」
「気にいられるに越したことはない。その方が面倒は減る」
「面白い考えだな。お、噂をすれば愛しのアルジサマがお帰りだ」
二人は俺に気づいたようで、大柄な男が手を振った。一つに結われた長髪は落ち着いた色合いの中で目立つ真っ赤な色をしており、肌はほんのりと焼けている。
アルと比較すると身長は170後半ほどだろうか?今の俺よりも大きい。上裸な男の体はほどよく筋肉がついており、男が憧れる男といっていいだろう。
「タクマお帰り。遅かった」
「え?ああごめん遅くなって……それよりこの人は?」
当たり前のように迎えられ、頭が混乱する。周囲を見渡すとあのフレアスライムが見当たらなかった。
この流れには覚えがある。まさかと男をみると、彼は屈託のない笑顔をみせた。
「親愛なるタクマ、初めまして、といっていいのか?俺はアンタにカグラの名をもらったフレアスライムだ。これからよろしく」
差し出された手を恐る恐る握ると、想像よりも強い力で握り返される。
アルのことがあったから人の姿をとることにもう驚きはないが、凛々しい姿、それも今の俺よりも背が高く強そうな男になっているとは。
たしか、アルのときはライブラリを覗いて俺好みになるようにしたといっていた。アルがついていたということはやり方をほとんど変えずに伝えたと予想できる。しかしこんなに大きな姿になれるものなのか?アルは魔素が足りないとか言っていた気がするが……。
「ふむ。この姿は気に召さなかったか?」
「だから言った。もう片方の方が気にいる」
俺が状況を把握する前に、スライム達は勝手に納得している。頼むから俺を置いていかないでくれ。状況を整理させてほしい。
そう口を開いた瞬間、目の前の屈強な男は歪んで、姿を変えた。
「こちらの方が好みだったかな?」
そう言ったカグラの姿は、女の姿に変わっていた。
伝えようとした言葉は喉で止まり、代わりに一つの言葉が脳を支配した。
『でかい』
そう。彼女の姿はすべてが、でかかった。
俺よりも高い身長はや手足の筋肉の発達具合は変わらず、腹筋は美しさを優先したのか薄っすら割れている。焼けた肌と赤い長髪は変わらず、眩しいほどの笑顔が同一人物なのだと痛感させる。
そんな情報をかき消すほどの圧倒的な存在感が、そこにはあった。
「!?お前、何して……!」
「あ、カグラ。その姿のときは上も隠さないとだめ。さっき言った」
「ん?ああすまない」
そう朗らかに笑い、上半身に布が生まれた。
研究第一勉強第一で生きてきていた俺には刺激が強すぎて、直視できないものが見えた気がする。
「ほら、こっちのほうがタクマの反応がいい」
「確かにな。オレはあっちのが好みなんだが……」
俺をよそに二匹は談笑している。まさか反応を見るためだけにこんな格好を?弄ぶなんてひどすぎる。
……実際は人外特有の認識違いなんだろう。最初の一回は許そうじゃないか。
改めてみると美しい造形をしている。アスリートだといわれても納得する筋肉の付き方だ。時代が時代なら彫刻のモデルになっていたかもしれない。
「タクマはどっちが好みだ?」
整った顔が視界いっぱいに近づいた。赤と黄色の綺麗なグラデーションがキラキラと輝いている。
自信満々な表情はときめかせるのに十分な要素だ。
「えーそうだな……できればさっきの方がいいなーって」
「なるほどな、了解した」
カグラはにこりと笑って離れるとすぐに男の姿へと戻っていた。
予想が外れたと残念がるアルに、希望があれば好きな時に好きな姿になるとカグラは笑った。その顔は女の姿のときより男らしいが、パーツとしてはほとんど変わりなく、俺をときめかせる。なるほど。好みの『顔』を学習したのか。
このスライムは溶け込ませるセンスもあるらしい。
「……というか、そんなに大きな姿にもなれるんだな」
「カグラはフレアスライム。スライムの上位種。だから魔素沢山持ってる」
「魔素って吸収すれば多くなるものじゃないのか?」
俺の純粋な質問にアルは少し不機嫌になった。最初の頃に俺が人の姿を嫌がったことを思い出したのだろう。
「潜在的にもつ魔素と吸収した魔素はちょっと違うんだ。吸収した魔素は生きるうちに消費するから毎日いるが、もともと持っている魔素は力の強さになる。この魔素はスキルの扱いだとか能力の使い方に影響があるが、進化すると大きくなるみたいなんだよな」
「みたいって……自分でもわからないものなんだな」
「まぁ自分の体を覗けるわけじゃないからな。それにオレはそういう繊細な考えが苦手でな。全部アル先生の考察だ」
そう言ってアルの頭に手を置いた。こうしてみると二人の身長差はかなりある。
アルは不服そうにしながら、焚火から木の枝を適当に取ると、地面に図を描き始めた。
「アル達スライムには核がある。それはタクマもしってる?」
「え?ああ、うん」
核なんて話をアルとしただろうか。ライブラリに保存されている知識だけでなく、俺のつけているスライムの記録にも目を通しているらしい。気づかないうちにアルはスライムにずいぶん詳しくなっていた。
アルが言うには、スライムの持つ核は心臓のように重要な役割をしている。核には魔素が膨大な量詰まっていて、その魔素を中心に吸収した魔素が動き、生命活動に使われるのだという。
魔素は普通であれば生命活動に必要ない分は吸収したいと思わないらしい。しかしそれを超えて魔素を吸収すると、疑似的な核として核を包むように存在するらしい。――正直ややこしい話だが、核という心臓を守るプロテクターとして余分な魔素が働いている、そう解釈することにした。
つまり核内の魔素量は生まれながらに定められており、どれだけ魔素を吸収しても変わらないという結論にたどり着いたらしい。
しかしカグラの進化の過程を観察して、進化の傾向が見られたあたりから徐々に核内の魔素が増えたことに気が付いたらしい。擬態スキルを使うのには核内の魔素量が影響するため、進化して核内魔素が増えたカグラは大人の姿に擬態できているとのことだった。
たしかにカグラが進化する前からアルはスライムの観察を熱心に取り組んでいた。てっきり自分の分身を可愛がっているのかと思っていたが、核内魔素の検証をしていたからなんて……。感心してアルの話に聞き入った。未知が解明されていくことの楽しさにその一時は夢中になった。
真剣に話すアルのその姿に、悩みが隠されていることに――この時の俺は、まだ気づいていなかった。




