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記録11:農学徒、名を与えし者のかたち


「おはよう。もう朝だよ。まだ起きないの?」


 そうか。もう朝か。確か昨日は分析スキルについて学んで、それから研究するって意気込んで寝たんだっけ。


「マスターの好きなホーンラビットも狩ってきた。火をつけてくれないとやることなくて困る。」


 ホーンラビットは好きと言うか、食べるものがそれしかないってだけなんだけど。

 ゆらゆらと揺れる感覚がある。眠りから覚める前兆だろうか。異世界に来てからというもの、体力の限界まで活動することが増えて、気絶するように寝ている。

 若返っているのもあるのだろうが、起きると前日の疲れは取れている。その感覚の心地よさは懐かしく、生涯この状態でいられたらと願うばかりだ。


 ……だんだんと揺れが強くなってきた。まどろみからくるものではないらしい。外的要因で揺られている。地鳴りか、いやもっと激しい揺れだ。きっとこれは……断定づける前に、冷たい感覚が俺を一気に現実へと引き戻した。

 

「あ、やっと起きた」

 溺れるほどの水が顔にかけられた。飛ぶように起き上がり、せき込む。油断していたから少し鼻に入って痛い。寝起きと水のせいでまだ焦点の合っていない視界を瞬きを繰り返していつも通りの視界を手に入れる。

 この乱暴な起こし方をした元凶は、探さなくても目の前にいた。

「おはようマスター」

「は……誰?」

 

 細い手足に、白銀の長い髪。夜の闇にも溶け込むような薄衣をまとい、深海のように深い青の瞳でこちらをじっと見ている少女。座っているから正確な身長は確認できないが、顔立ちからしておおよそ10から12歳だろうか。現代社会なら一歩間違わなくても犯罪だろう状況に体が硬直する。

 状況が理解できない。誰だ、こいつ。いつの間に? ていうか、ここ森の中だぞ!?目の前の少女は動揺する俺を気にするそぶりもなく、無表情で俺を眺めている。

 付近に人間がいたことにも驚きだが、害をなすものはすべて消すような強い味方のスライム(アル)をすり抜けて現れるような存在ということになるのだ。今は水をかけられただけで無事ではあるが、油断ならない状況なのは確かだ。

 俺は相手の機嫌を損ねないように気を付けながら、鑑定を発動した。

 ----

 《対象名:スライム(アル)》

《契約済み:従魔/名付け済》

《魔素構成:高濃度変異体/擬態能力:稼働中》

 --------------------

 信じられなかった。目をこすり、瞬きをして鑑定をかけ直す。それでも鑑定結果は変わらない。

 つまり目の前にいるこれは、アルだ。姿形も体の反応も間違いなく人間のそれなのに、鑑定結果はモンスターなのだと突き付けてくる。痛くなってきた頭を押さえながら、にじむような言葉を吐き出した。

 

「お前、ほんとに……アルなのか」

「うん。そう。どう?うまくできてる?」

 

 少女は瞬きひとつせず、静かに頷いた。

 うまいかどうかというのは人間の擬態のことだろうか、それはそれはとてもうまい仕上がりだ。もし仮にこいつはモンスターなんだといってくるやつがいたら、まずそいつの頭がおかしくなったのかと疑う程度にはきれいにできている。しかしこいつは何を対象に擬態をしたのだろうか。俺を対象にしたのなら少女の姿をしていることが不思議で仕方ない。俺の寝ている間に人間を見つけていたのだろうか?そうすると今度はその人間がどこにいったのかが気になってくる。もしやこいつは俺の知らないところで人間を殺しているのかもしれない。

 怖くなって恐る恐る問いかけた。

 

 「……その姿。どうしたんだ」

 

 俺の声に、アルが小さく首を傾げた。質問の意図が理解できないと言いたげな顔をしたので、どうやってその姿になったのかと言い換えてみる。すると納得したように顔を上げ、少し誇らしげに言う。

「マスターのスキルを使ってみたらあった。多かった。だから、組んだ」

「スキルって……」

「ライブラリ。興味深い情報が沢山あった。その中でマスターの好きな形。たくさん見ていた。似たのも。だから、選んだ」


 その言葉に、ゾッとした。

 確かに——確かに俺は、好きなデザインがある。理想のキャラ像とか、好みのバランスとか。好きなゲームもあって好きなキャラクターだっていたんだ。けどそれって、二次元だから、フィクションだから好みだったのであって。現実の好みはまた話が違う。それに決して幼児趣味があったわけじゃない。大人のクールで美しい女性が好きなのだ。小さい子がかわいいのは否定しないが、それをこうやって突き付けられると焦りや恐怖で胃が痛くなる。


「お前なぁ……それ、完全にアウトだからな。国が国なら俺が捕まる。事案ってやつだ」

「事案?」

「……そんな背丈で、『マスター』なんて呼び方されて……なんならお前裸足じゃねえか!虐待まで疑われるだろ!」


 アルはきょとんとしたまま、首を小さく傾げる。

 

 「この姿、嫌い?」

「だから、好きとか嫌い以前の問題なんだって。とりあえず戻れるか?」

「え……」

 

 アルは少し考えるようなしぐさを見せて、立ち上がった。その身長はやはり小さかった。

 兄弟がいたわけでもないし、親戚に年下の子がいたわけでもないので予想でしかないが、どれだけ高く見積もっても140cmくらいじゃないか?

 スライムの形のときは程よいサイズで可愛らしかったのに、人型になるとこうなってしまうのか。

 

「アルはこの姿好き。気にいった。だから戻らない」

「はぁ!?お前俺の言ったことわかるか?もう一度言うが……」

「その話は理解した。アルがこの姿でいることはマスターに危険が生じる」

「……あぁ、その通りだ」

「でも元の形になったらアルはなにもできない。見ることも、聞くことも……だから戻らない」

 

 伏し目がちにそういう顔はなんだか悲しそうに見えた。

 確かにスライムには目がないし、耳もない。でもどうにか受け取ってきたんだろう。意思疎通が図れる程度にはまわりを理解しているのだろう。ならば、元の姿に戻ったっていいじゃないか。そう言いかけて思い出した。色がわかりにくい人が初めて色を認識したとき。音が聞こえない人が初めて音を聞いたとき。それはどれほどの感動があるのか、生まれながらに持っていた俺にはわからない。目の前にいる初めてを喜び手放したくないといっている存在に、俺はこれ以上強く言えなかった。

 

「……わかった。スライムに戻れとは言わない。ただ!その背丈でいるのがまずい。せめて俺と同じくらいの大きさになれないか?」

 

アルは今の少女の姿が気に入っているのだろう。本当は男の姿になってもらってもいいのだが……俺の好みを探ったなんて愛情がないと出ない考えだ。それで選んだ姿を否定するのも鬼畜すぎるだろう。せめて同い年の少女(この世界においてだが)に見えたらかなり心が軽くなる。

 

「魔素不足。現在の形態が限界。これ以上の変化は不安定」


 相変わらず悪びれず答える様子に俺は肩を落とすしかなかった。

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