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番外編:名もなき観察者

 最初の記憶は今も言葉にするのが難しい。

 その中に身を任せるだけの存在だった。動きもせず、思考もない。ただの魔素の塊。けれど、それがやがて、渦のような流れに巻かれ、形を持つようになった。

 意思があったわけではない。たまたま、そうなっただけ。

 魔素が密に満ちる場所、光すらも満たされるような、深い森の奥。そこで、ひとつの存在が形作られた。

 自分は何なのか、そんな問いはなかった。ただ、そこにいた。


 最初に動いたのは、空気だった。

 空気の揺れ、つまり音と呼ばれるものは、魔素に乗って振動する。それは、言葉や意味ではない。だが、なぜか、そこには感情のような“ゆらぎ”があった。

 風が語る怒り、鳥が歌う喜び、虫が放つ焦燥。意味はわからなくとも、それらの感情の残滓が、魔素の波に乗って伝わってくる。


 それらを浴びながら、何かが自分の中で膨らんでいった。

 魔素が空気に乗って流れていく。最初はただ、その流れを感じるだけの存在。たまに濃い魔素が出てきたり、突然消えたり。

 いつしか魔素を取り込むようになった。体が勝手に動いていた。今思えば、生きるために本能が働いていたのだと思う。ひたすら魔素が来る方へ進む。

 そのうち世界には魔素が溜まっているものがあり、それが自分と同じ生き物なのだと気が付いた。生き物は自分のように動き、様々なものから魔素を得るものと動かずに地中と空中から魔素を得ているものがいると知った。

 魔素は生き物と空間を循環している。生き物にたまった魔素が地中や水中、空中へと流れだす。そうして濃くなった魔素を吸収するように新たな生き物が生まれ、薄くなった魔素を補うようにどこかで生き物が消える。そうやってこの世界は保たれている。


 動くものは自分を襲うこともあったが、警戒や殺意が魔素越しに伝わり、行動を読むのが容易だった。そうしていつしか空中の魔素よりも、動く魔素の塊と動かない魔素の塊を吸収して生きるようになっていった。

 そうやって時の流れに身をまかせていきているだけだった。

 

 ――その日は魔素の動きがおかしく、何かを中心に渦を巻くように動いていた。

 多量の魔素から生まれる強い生き物だろうか。いや、そういった生き物が生まれる時はこれほど空気がざわめかない。

 他の生き物達は警戒するようにその中心から離れたり、害されたと殺意を高めたりしていた。何かが変わる気配がする。

 幸い自分には擬態というスキルがあって、他の生き物に紛れることができた。危険なときはそれでやり過ごせばいいと渦の中心に近づいていった。

 

 渦の中心には、生き物がいた。特に変わり映えのない動く生き物。ただ違うのは魔素に乗って伝わる感情が他とは違う、惹かれるものだった。

 動く生き物は警戒よりも明るい感情を持って、進んでいた。いつもならそうした生き物が魔素に還るのは何とも思わない。でも気になってしまった。森の異変、知らない感情。そのすべてを知りたくて、動く生き物のあとを追った。


 その生き物は敵意をむき出しにしたものを気づくことはない。自分が怪しい現象に不思議がられながらも虎視眈々と狙われているのに、気楽に過ごしている。

 襲われそうになって初めて、恐怖を感じていた。こうなるのも世界の流れだと思うのに、それより先に体が動いていた。

 襲ってきた生き物――魔獣を体で包むと、それは激しく暴れ始める。放してやりたいが、そうすれば観察対象がけがをする。体の一部を鋭く硬化させ、肉を引き裂いた。魔素が血液に混じって流れ込んでくる。観察したい気持ちもあるが、この魔素を無駄にするわけにもいかない。吸収し始めたらしばらく動けなくなるため、逃げられたら困るが、その時は運が悪かったと割り切ろう。

 そうして仕留めたばかりの魔獣から魔素を吸い出す。魔素以外の部分は……放置してもいいが、別の魔獣を呼び寄せてしまうかもしれない。そう思って別空間へとしまい込んだ。この空間は気づけば存在していたが、中身はもう把握しきれていない。

 そうやって魔素を吸収しているうちに、観察対象は歩きだしていた。魔素の動きを感知できない距離ではないことが救いだ。警戒されているわけではないようだが、バレてしまっているし隠れられても困るので、ついていくのをやめようとした。しかし観察対象が進む先は膨大な魔素を持った生き物がいる。自ら危険地帯に足を踏み入れるなんて、警戒心が無いのか、危機察知能力が欠如しているのか。一度助けた直後に死なれても気分が悪い。仕方なくついていくことにした。


 追いついた頃には観察対象は予想通り魔獣に襲われていた。最初に襲われてからそれほどたっていないというのに、愚かだとしか思えない。自分が間に合ったことに感謝してほしい。

 吸収したての魔素を凝縮して、スキルで酸へと変換する。一度で殺すにはかなり疲れるが、ちょうど気を引いてくれる存在もいるし、狙いやすかった。見事酸弾は魔獣の身体に命中した。

 激痛だったのだろう。苦しみがひしひしと伝わってくる。命中した箇所から魔素が漏れているのを感じる。できれば消費した分は摂取したいので、流れすぎても困る。

先程したように暴れる魔獣を全身で包み、自分の体で始末する。 消費した分より遥かに多い魔素で酔いそうだったが、吸収しきれない分は一度別空間にしまった。


 満腹で食傷ぎみの自分を見て、観察対象は何やら感動しているのか、困惑しているのか、複雑な感情が伝わってくる。

 危険は去ったとアピールするが、伝わったのか謎だ。それから、それがする行動を観察し、高度な知的生命体なのだと理解した。面白そうなので以前見た生物の真似をしてみる。

 ひとまず、洞窟周りの清掃を行う。膨大な魔素を持っていた存在の残り魔素は、自分で獲物を仕留められない同類にとっては最高の食事だ。そんな弱いやつが、この不思議な警戒心が薄すぎる存在に出会ったら襲いかねない。せっかくの娯楽を同類に奪われるのは不快だ。

 幸い観察対象は感動して色々興味深い行動を見せてくれる。

 この世に誕生したばかりというのに、自分がようやく判断できるようになった動かない生物を区別がつくようで、うまくそれを生かしていた。


 それから、そいつは色々と不思議なことをしていた。凶暴な存在の寝床で自分も休んだり、スキルには見えない形で魔素を利用したり。魔素のカラカラな生物を喜んで食べてたりしていた。この観察対象は、どうやら面白いものをたくさん見せてくれそうだ。しばらく、ついていこう。……そう思えたのは、たぶん、生まれてはじめてだった。



 観察対象はよく動く。魔素の流れを読むこともできず、危機感もないのに、危険な場所を歩き回り、疲れては魔素の形を変化させて何かをしている。だが、意味もなく動いているのではない。常に魔素を“読む”のではなく、“測る”ような動きをする。不思議な行動だった。


 それは時折、地面に文字のような跡を残していた。意味はわからない。けれど、繰り返される記号にはなにか意志のようなものがあった。その瞬間、自分の中に奇妙な感覚が生まれた。

 ――知りたい。

 この生き物が何を考え、何をしているのか。なぜこんなにも魔素の少ないものに惹かれるのか、自分でもわからなかった。だが、ただ観察しているだけでは満たされない衝動が、少しずつ膨らんでいた。様子を伺おうと近づくと、自分の体が浮きあがるのを感じた。歓喜の感情と高揚がひしひしと伝わってくる。

 観察対象の魔素の動きが変わっていった。見たことのない動きをみてあっけに取られていると、自分の形が変わって行くのを感じた。それまで曖昧で魔素越しだった感情が直接伝わってくる。重大な変化はそれまでの常識を覆した。

 それをすべて受け入れ、自分が名付けされたのだと気づいたころには、観察対象――ムラモトタクマはすでに眠りについていた。

 ぼんやりとした魔素の塊だった世界は彼の影響を受けて輪郭をもっていた。いつから生きていたかは定かではないが、生涯でこれほどの変化を感じた瞬間はない。


 この変化は自分の持っていた好奇心を刺激した。もっと知りたい、もっと理解したい――そう思った。

 するとそれに応えるように、名付けによって結ばれた従魔契約が相手のスキルを利用できると気づかせた。その中には好奇心を埋めるもの、ライブラリがあった。

 残りの鑑定や分析は目標が曖昧だとしてうまく使えなかった。この体では不可能ということだろう。

 

 そうして、ライブラリを開くと先ほどとは比べ物にならない知識があふれ出した。

 地球という惑星、大陸という場所、人間という生き物、それらが織りなす様々な文化。そしてそれらが異世界のものであるということ。

 魔素という概念はなく、魔獣は存在しない。ファンタジーという分類の中で生きる自分と似た存在が姿形を変えるところ――それはなんて魅力的だろうか。

 この知識は、自分の常識を覆す。

 その地になじみ、危険を避けるため生き物に紛れるだけの擬態スキルは、新しい形での生き方をするための魔法でもあった。


 ――試すために、擬態のスキルを使う。もちろんこれは自分が一度認識した魔素の形に自分を変化させるもの。知らない姿にはなれない。

 しかし今の自分には膨大な知識がある。

 観察対象、タクマ――彼の好みとして主人(マスター)と呼ぶべきなのだろうか――がこれまで見てきたキャラクタ-を基準にキャラクリエイトのイメージで形を作り上げる。

 持っている魔素の量には限度があるため、自由自在とはいかないが、思い通りの形になれた。


「あー……うん、声帯も問題なさそう。」

 細かな人間の構造は自分が触れた死体や、主人(マスター)の知識を参考に作る。元の姿では感じることのできなかった情報が新鮮だ。

 魔素の形だけは知っている生き物たちの姿、空気の温度、そして上空に広がる星々。

 洞窟と地面を行き来して足の裏に感じる違いをかみしめる。

「人間って面白いな。これまで擬態した生き物の中で一番情報量が多いや」


 体の動きを理解するために歩いたり走ったりを繰り返す。思ったような動きにならないこともあるが、それは元の体の柔軟性や俊敏性を生かす。

 水の質感、木々の雄大さ、緩やかな風……そのすべてが伝えてくる情報をただ受け止める。そうしていると魔素の動きや音で夜行性の魔獣が集まってくる。か弱い人間の姿の自分は格好の獲物だろう。試すには最高の条件だと、魔獣に向かって構えた。


――――


 気づいときには空が白んでいた。

 朝が来るのだろうと魔素の動きで理解した。そろそろ主人(マスター)が活動を始める時間だろう。

 夜のうちに試すだけと思っていたが、少し魔獣を狩りすぎてしまった気がする。一人分では多すぎるが、この姿をとったのなら自分も食べることができるだろう。

 初めての食事と、主人(マスター)の姿に心を躍らせて洞窟へと戻った。

皆様の閲覧数が日々のモチベーションとなっております。

一人でも見てくださっている方がいる事実をありがたく感じています。


今後も気が向いた際に見ていただけると大変うれしく思います。

あとがきの閲覧ありがとうございました。

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